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【言語】『Sethian』異言語を探ることは世界を広げるということ。 “宇宙人の言葉を探る”ゲームは、ここ10年の架空言語から別世界を知るゲームの流れを先行していた。
▼シーズンテーマ『言語』で特集中のテキストです▼
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架空言語をテーマとしたビデオゲームがこの数年で目立つようになってきた。どこが皮切りになったのかははっきりとは言えないが、さまざまなゲームを振り返ってみれば、2016年の『Sethian』がひとつのターニングポイントだったのではないか。と思う。あらためて、本作を振り返ってみることで、見えてくるものもあるだろう。
構成 / 葛西祝
執筆 / 龍田優貴
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『Sethian』は、我々が住む世界のどこにも存在しない「架空言語」をモチーフとしたSFパズルゲームだ。プレイヤーは謎に秘められた惑星「Sethian」に降り立ち、考古学者の視点から何世紀も前に起こった知的生命体の失踪事件を解き明かすべく、単身で調査に乗り出す。
本作を起動すると、幾何学的な図形が並ぶ入力端末が画面に大きく表示される。この端末はセティアンの知的生命体によって作られたものであり、プレイヤーは調査を円滑に進めるためにも、この端末を使ってデータベースにアクセスし、謎の解明に必要な情報を引き出さなければならない。
こうしたゲームプレイのフローは、『Heaven's Vault』や『Chants of Sennaar』といった言語解析ADVを先行していたといえる。いま振り返ると『Sethian』の場合、ゲームプレイはまったくの架空言語の文字のみでやりとりする点において、ビデオゲームで言語を扱うことの意味について考えさせるだろう。
本作の具体的なフローは、「ゲーム側が提示した質問内容を確認」→「質問文を架空言語に翻訳」→「翻訳した文章を端末に入力」というものだ。『Sethian』には固有の意味を表す100種の記号が登場する。それらの意味を解読し、記号と記号を組み合わせて文章に直す……といった作業を含め、本作は架空の言語習得をメインに据えたパズルゲームとしての体裁を成している。
また、ゲーム中に別の考古学者によって記された(という設定の)メモを参照することもできる。攻略時はこのメモに書かれた情報をプレイヤー自身の目で読解し、架空言語の翻訳作業だけでなく、Sethianの文化体系を理解することも求められる。
このプロセスで体験できることは、プレイヤーがある言語を覚えていくことで一つの世界観を獲得していくことである。もしかしたら、小説家テッド・チャンが描いた『あなたの人生の物語』にて、主人公が異星人の言語を覚えることによって現実感すべてが変容してしまうとか、そういった可能性にも繋がるものだったかもしれない。
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『Sethian』の開発背景
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実際、『Sethian』が言語によって世界観を広げる体験が得られるのは、開発者自身が他言語を覚えていった体験が元になっている。
『Sethian』の開発を手掛けたグラント・クニング(Grant Kuning)氏は、ゲームクリエイターであると同時に、英語教師という経歴も持ち合わせている。そして、本作に登場する架空言語はすべてGrant Kuning氏がゼロから作り上げたものであり、同氏によると「教師として3年ほど中国に赴任していた経験」が着想に生かされていると言う。
『Sethian』の根幹を成す架空言語の体系について、グランド氏は自ら「英語のみをベースにしたわけではない」と語っている。上述した中国での経験や中国語から得られたインスピレーションに基づき、母国語である英語の文法構造をも取り入れた結果、同氏の手によって現実には存在しない『Sethian』の言語体系が生まれた。
また『Sethian』は、言語習得をゲーム体験として落とし込んだ作品ではあるものの、言語学習に馴染みが無いプレイヤーでも楽しめるように難易度が調整されていると言う。
本作は固有の意味を持つ記号数が制限されているほか、「話す・聞く」といった言語学習に必要とされるフェーズを踏まずとも、「書く・読む」といったアクションのみで学習が完結するからだ。こうした開発背景には、実際に英語教師として数々の教育現場に携わったグラント氏のノウハウが関係しているとも見られる。
このように架空言語を習得するビデオゲームの登場には、クリエイター自身が実際に他言語に触れた経験が元になっていることは少なくない。近年の日本の架空言語に関係したADV『7 Days to End with You』もまた、開発者のLizardry氏へのインタビューにて旅行先で出会った海外の人と、英語ができないなりにコミュニケーションを取った経験がインスピレーションになったと語っている。
ネイティブの言語以外で、他の言葉を覚えるということはそれだけで世界を広げていく体験には違いない。架空言語のADVとは、そんな世界観を広げる感覚を追体験することにほかならないのだ。
龍田優貴
ゲームの尻を追いかけまわすフリーライターであり好事家。時代やテクノロジーと共に移り変わるゲームカルチャーに目がない。ゲームメディアのほかeスポーツメディアでも活動中。
●Twitter:@yuki_365bit ●公式サイト
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