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「自分が思う最強の『moon』を作りたいんです」——『くつひも物語』はメタすらも越え、ゲームの当たり前から遠ざかった、かつてない荒野の世界を体験させる。

時にビデオゲームはありきたりなジャンルだとかルールだとかに括られない体験を作ろうとすることがある。『くつひも物語』とは、まさにそういう体験をもたらす可能性を秘めたポイントクリック・ビジュアルノベルである。

『くつひも物語』は発表以来、そのタイトルや登場人物、ストーリーの概略などから一切、 “どんな体験ができるのか”という予測をさせない雰囲気を放っている。たとえば、以下はストーリーの概略だがここから何がわかるだろうか。

主人公はフリーライターのラブキャッチ。 幼少期のトラウマから一切喋れず、戦闘経験もゼロ。しかし、怪我を負った謎の怪物・マモノを助けたことで "勇者" に選ばれてしまう。 ラブキャッチに課された使命は、マモノの統率とされる "魔王" なる存在を "説得" し、900年に及ぶ対マモノ戦争を終わらせること――。

Steamストアページのストーリーより

なにかありきたりなRPGに対するパロディのように思える。しかし、実際にはどうもそういう物語でもないように感じるのだ。

いまどきはどんな自主制作(それが “インディー”のような市場に打って出るスタンスでも、フリーゲームでも、同人でも、だ)でも特定のジャンルを決め、どういうゲームプレイができるのか予測可能なことがほとんどである。

ところが『くつひも物語』は一切そうした予測が効かない。実際に触る以外にない。先日行われた東京ゲームダンジョン7で出展すると聞いて、一番に試遊しておかなくてはと思った一作である。

今回、試遊した感触のレポートに加え、開発者のKITTYPOOL氏と、パブリッシャーであるWorldMapの中田隼斗氏にお話を伺った。このテキストが謎のタイトルである『くつひも物語』の体験を予測させる助けになればうれしいことだ。

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ゲームで予測可能なジャンルから飛び出した荒野



アクションだとかローグライトだとか特定のジャンルが生み出す体験とは、言うなればどういう楽しみがあるかはある程度は見えているものだ。楽しみが予想通りであれば、そこから先に広がることはない。それはそれで構わない。しかし、ビデオゲームの持つある種の可能性とは、単なる遊びすらも逸脱する体験によって、何か価値を書き換えてしまうものではなかったか。

価値の書き換え。たとえば、ビデオゲームがメタフィクションを志向するというのは、そうしたスタンスのもっともわかりやすいやり方だろう。『Moon』から『The Stanley Parable』などなどに至るまで、RPGやFPSが持つありきたりな体験自体をパロディにしてみることで、逆にジャンルのありきたりな体験から外れた世界とは何かをプレイヤーに体験させてきた。

だが、そんなメタフィクションも自主制作のシーンであまりにも乱発されるようになる。ありきたりな体験から外れた世界を体験させる手法も、すでにありきたりな体験に収斂されていくのであった。


では『くつひも物語』はなんなんだろうか。今回の試遊では第2章からプレイ可能だったが、直感したのは「一見RPGのメタフィクション風な切り口だが、実はさらにそんなメタすら越えてしまっている」ということである。

なにせ試遊開始から「花咲く乙女よ穴を掘れ」と、おそらくムーンライダーズの代表作「マニア・マニエラ」の2曲目を引用した言葉が流れる。主人公ラブキャッチは、しゃべる犬と猫に導かれてなにか王宮かなにかへ向かおうとしている。しかし、会話は大筋とは関係がないような方向にすすむ。犬と猫はいきなり「インディーゲームの定義とはね」とSNSだとかメディアで垂れ流される糞のような定義論についてしゃべり出すのだがそれが諧謔なのかどうかも不明なままだ。

基本的には「メインストーリーを読み、自由行動ターンでマップをクリックして調べたりできる」ことを繰り返しながらゲームを進めていくものだ。ポイント&クリックADVから煩雑な謎解きを排除したようなもの、と言えるのかもしれない。

ゲームの構造上、ポイント&クリックなのですでにRPGではなく、勇者(プレイヤー)が魔王を討伐(ゲームクリアの目標)するということに対するパロディの意味は失われている。

ではビジュアルノベルとして物語を読むものなのか?というとそうでもない。ラブキャッチは王宮にて魔王にまつわる説明を聞いたり、すこし探索するなかで簡単なミニゲームを行ったりする。大抵のビジュアルノベルにはインタラクティブ性は会話の選択肢程度だが、『くつひも物語』の場合はどうも画面の構成やアートスタイルを見るにただのビジュアルノベルにする意思がないかのようだ。

それは超水道の『ghostpia シーズンワン』やヤムニャン学園の『ふりかけ☆スペイシー』、イタリアのEyeguysによる『メディテラネア・インフェルノ』など、単なる立ち絵とテキストボックスの構成に終わらないように豪華なアニメーションや多数の表現手法を織り交ぜるという、新しいビジュアルノベルにカテゴライズできるゲームともいえる。これらのゲームが好きな人なら、絶対に触れるべき一作なのは確かだ。

しかし、それらと比較しても『くつひも物語』はあまりにも不穏でなのである。先述の3作品が確かな演出をビジュアルノベルに加え、ある種の豪華さや普通のビジュアルノベルの構造を越えようとする意図が確かのなのに対し、『くつひも物語』はどこまで作り手が制御できているかがまったくわからないのだ。

たとえるならフリーゲームのRPGの傑作『タオルケットをもう一度』シリーズを初めて遊んだ時のような感覚に近い。メタフィクションとはジャンルをパロディにしたりすることで、ゲームの外側の世界を体験させる仕掛けだったが、さらに外側の世界がある。それは作家の無意識のような領域というほかない。

丁寧なメタフィクションは丁寧にジャンルのありきたりな構造を裏返すので、ある意味で安心してゲームの外側を体験できる。しかし、作家の無意識で構築されているような作品はそうではない。本当にゲームの外側の、さらに外側を歩いていくような不穏な感覚がぬぐえない。それはあらゆるジャンルも、ゲームの約束事も外れた荒野を体験させるようなものだ。そしてそんな荒野を体験させようとするゲームはいま、かなり珍しいのである。


読み込まれた『MOON』攻略本

「僕は『Moon』が大好きなんです。でも、愛が強すぎるゆえの文句もありまして、『くつひも物語』は言ってしまえば “僕の考える最強の『Moon』”的なものを作りたいのはありますね」

開発のKITTYPOOL氏はそう語ってくれた。「(RPGの)パロディのふりをしながら、パロディの器のなかで表現している感じです。また、 “ビジュアルノベルだけどこんなことしちゃうぞ”とか、そこまでは考えていないというか(笑)。そんなスキルもないし、できる範囲でやっています」

『MOON』はたしかに90年代なかばに生まれた、大胆なRPGの構造をメタフィクションにした一作である。そのやりかたによってゲームの外側を早い段階でみせつけた金字塔のひとつには違いない。だがそこから20数年経ち、そんなメタによるゲームの外側の提示も、実はゲームの内側にすぎなかったと思い知らされている。『くつひも物語』はそのさらに外側をふらふらと目指している異様さが漂っているのである。

荒野をパブリッシングする、アートとデザインに優れた新興企業


もうひとつ『くつひも物語』で見逃せないのはパブリッシャーのWorldmapである。実はこのパブリッシャーは株式会社トライシステムによって運営されているプロジェクトのひとつだ。同社は新興のゲームイベント「DREAMSCAPE」も運営するなど、昨年から目立った活動をしている。


トライシステムはパブリッシャとインディーゲームイベントの双方から、なにか新しい価値を模索している意味で興味深い企業である。DREAMSCAPEは昨年ホラーをテーマとしたイベントを開催し、今年は『DREAMSCAPE#3』でノベルゲームをテーマにしたイベントの開催を予定。

だが、一見わかりやすいテーマ性を敷いているが、その奥でもっと広い目標を見据えている雰囲気があった。それはインディーや同人ゲームイベントにありがちなデザインではないサイト設計から薄々うかがえたが、今回の『くつひも物語』のパブリッシングによって確信に変わったと言っていい。

『はぐるま物語』。すでに『くつひも物語』に繋がるアートの方向性がうかがえる

「『くつひも物語』をパブリッシングしたなれそめは、DREAMSCAPEの第一回のイベントの時にKITTYPOOLさんが『はぐるま物語』を応募してくれたことが始まりです」 トライシステムの中田隼斗氏はそう語る。

「その時に、クリエイター自身にこの先の描きたい物語みたいなものを感じたんですよ。それで『はぐるま物語』はリリース済みのタイトルだったので、何か作っているものがあるかを聞いたときに『くつひも物語』の構想を聞いたんです」

それがトライシステムがWorldmapとして『くつひも物語』をパブリッシングするきっかけとなる。「このクリエイターの世界観ならバックアップできないか、とお声がけしました」

「パブリッシャーを始めるに当たって、ただ漠然と初めても今はブランド埋もれてしまう。なにか1本目はセールスとかではなく、確固たる世界観を持つか、尖ったクリエイターのものを世に出したいと思ったんです」

中田氏は「イベントにおいても、ゲームレーベルに関しても、ゲームの領域においても間口を広げることを意識しています」と語った。

『くつひも物語』はまさに普通の領域に収まらない一作なのは確かであり、Worldmapというブランドの意思表明としても非常に興味深いのだ。

「パブリッシャとしてビジネスを意識してゲームを選ばざるを得ないときはありますが、最終的にはジャンルを否定したり、ゲームの外側に飛び出したりするタイトルに出会いたいですね」中田氏はそう展望を述べていた。

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