不ぞろいな指輪
「結婚指輪なんて、犬の首輪と一緒よ。」と江國香織は云ったけれど、数ある江國さんの名言の中でそれだけは信じていなかった。
結婚指輪は人の魅力を引き立たせる。とくに、男の。「僕にはついてきてくれる妻もいるし、結婚指輪をするくらいの心の余裕だってあります。まぁ、ほかに女がいないとは云いませんが。」と宣言してくれているものだと思っていた。
だから常々わたしは夫に云ってきた。「あなたは結婚指輪をするべきよ。信用のおける男として、ますます目を引く男になれるはずよ。」
夫はそれを信じているのかいないのか分からないが、毎日指輪をつけて会社へ行く。
わたしも結婚以来、ずっと指輪をつけている。左手薬指のそのかすかな重さが、血流が悪くなり他の指より細くなってしまったことが、わたしの身体の一部みたいになっている。
指輪を煩わしいと思ったことは、たとえばひき肉をこねるとき。化粧水やクリームをつけるとき。まぁこれは物理的にね。指輪と指の間に入った物質を拭うのは、しごく面倒なことなのだ。
それでも、なによりいちばん不憫だと思ったのは、不揃いな指輪とかちりと当たるときだ。互いの左手と左手をからませる距離にいるとき、その指輪が不揃いであればなんとも悲しい音がする。
とっちゃえばいいのに。
でも、その一言が云えないことくらい、自分でもよく分かっている。
その気持ちを救ってくれたのが、「結婚指輪なんて、犬の首輪と一緒よ。」だった。あーそうか。首輪なら仕方ないわね。僕には帰る家があって、野良ではないです。いちおう社会に適応した生活を送っています。というしるし。
もう、そう思うほかないのだ。そう信じるしか。いくらあのひとから優しくされたって、情熱の言葉をささやかれたって、孤独は深まるばかりなのだから。
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