怯えないで
我が家には猫たちが遊ぶためのテラスがある。
猫はどんなに柵を高くしても、どうにかしてそこから脱走してしまうため、上には脱走防止の網がかけられている。
まぁ、それ自体も本当はどうなのかなぁと思うところだが、脱走した子たちが震えながら家に戻ってくる事が多い昨今、必要な網なのかとも考える。
閑話休題。
そこへどこからか、野鳥が飛び込んできた。
よく見ると、一箇所だけ網のない柵だけの場所をがある。うちの子たちはもうその柵の間からは出られないので、網が足りない部分をそのままにしておいたのだろう。そして、野鳥はそこからすっと入ってきてしまったようだ。
網の外では、仲間たちが鳴きながら旋回していた。
パニックになってしまったその鳥は、網のかかっている場所をどうにかくぐり抜けようともがいていた。小さい鳥だが、どう頑張っても網の目からは出られない。
頭を突っ込み、もがき、どうにかそこから出ようと試みるも胴体で止まってしまう。悲痛な鳴き声に外に出た私と母は、どうにかその子を入ってきた方へ誘導しようとするが、パニック状態になった鳥は同じ場所を半ばぶつかりながら行き来するだけだ。
すっと入ってきたんだろう、おまえ。
この鳥がすり抜けられるだけの、充分な幅の柵の間から入ってきたことも、忘れてしまったのだろうか。
楽に入ってきたのに、出る時はわざわざ出にくい場所を行き来するなんて。
まるで、私みたいだ。
そんなことも思いつつ、旋回している鳥たちとともに、どうにか彼女(のように私には思えて仕方がなかった)が「何も考えず、すっと入ってきた場所」を思い出してくれることを、願った。
母は「大丈夫、怯えないで、こっちこっち」と声をかけ近付くが、余計に彼女は悲痛な鳴き声で逃げ回る。
ああ、ますますもって、私のようだ。
なんだか、可笑しくなってきてしまって。
「ねぇ、そのうち出られるから家に入ろう」と、母を部屋に入れた。
私達が横にいることすら、彼女にとっては脅威なのだろう。
そして、それが彼女の怯えを増長し「何も考えず、すっと入ってきた場所」の存在が、頭から消え去ってしまうのだろう、と思ったからだ。
酷く雨が降ってきた。
大粒の雨、その雨音と旋回している仲間たちの鳴き声、そして彼女の悲痛な鳴き声だけが響くテラスを、窓越しに猫たちはながめている。私達、母娘も。
出来ない。
手を貸してやる、ことは。
可能な限り、独りにしてやることしか。こちら側からは、何もしない、してやらない、という手の貸し方しか出来ないのだ。
落ち着け、落ち着け。
そう願いながら、窓越しに彼女の奮闘を見守ること30分程。一時的に動きを止めた彼女が、ふと入ってきた柵の方を見る。
そうだ、そこだ。
あっという間に、彼女はそこから極めて楽な方法で解放されていった。
何度も胴体に網を絡ませ、もがき、悲痛な鳴き声をあげていたのにも関わらず。
良かったねぇ、と母は胸を撫で下ろしていたが、私としては心中複雑であった。
ねぇ、それが私に足りないもの?
心がざわついたのだが、よくよく、目の前で見せて貰った。
そう、耳を塞ぐのは簡単だよと。
目の前に突進していけばぶつかってしまうだけだよ、と。
分かりやすくご丁寧にありがとう。
少々嫌な気持ちにはなってきたが、すぐに仲間たちと飛んで行った彼女の羽根が、少しも傷付いていないことを、願うばかりだ。
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