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付喪神目覚める その壱 「匂い香」

ある日のことでした。

我が家は祖母から三代続けて着物が大好きな女性陣であります。祖母は自身で生地から仕立てることも出来る大正生まれ。母は洋裁学校を卒業し、針子さんになるのが夢だった程の仕立て好き。私はというと…付けたボタンは三秒で取れる、という伝説を持つ、不器用さんであります。でも、三者三様、着物や帯、和装小物好きは変わりませんでした。

その祖母が亡くなり、十年以上前が経ちました。祖母が遺した着物や帯は、祖母の姉妹に形見分けをし、一番祖母が大切にしていた着物や帯、小物は、彼女が旅立つ時に全て身につけさせて頂きました。話は逸れますが、そこでお世話になった葬儀社の方に感謝しています。着させてあげたい、という私達の願いを受け入れて下さり、なんと訪問看護で通って下さっていた看護師さん、そして私も含め、なかなかの大仕事ではございましたが、まるで少女のように愛らしく着飾った祖母の誇らしげな顏は、忘れられません。

その、祖母が大切にしていた帯があります。生前、その帯は既に母へと受け渡されていたのですが、黒字にエメラルドグリーンと金糸が生える、どこかエスニックでもある素敵な帯なのです。もちろん、私は母からそれを受け継ぐつもりでおりました。その帯に合う着物が、実は私にはなかったのですが、それでも何故かとても心惹かれるものでありました。

いつものように、春秋と行っている着物の虫干しをしようと部屋の中で色々と広げていた日のことです。

その帯は古く、母に受け渡されるまで祖母が箪笥にしまい込み、そしてまた母も忙しさから箪笥にしまい込み。とても目が詰まった織りなこともあって、どうもカビのようなホコリのような臭いがついてしまい、クリーニングに出しても取り切れないのでした。ふと、衣類の消臭剤を吹きかけたら取れるかしら?と私は考えたのです。それは、化学的なスプレーではなく、柿渋等の自然な素材で出来ているもので、これならば大丈夫なのではないかと思ったからです。

帯を締めた時に表に出ないであろう場所に、シュッ!とそのスプレーをかけ出した時です。

「匂い香!匂い香!!」

けたたましく叱ってくる声がしました。

おっとこれは。

「そんなもんかけたら生地が傷むよ!やめとくれ!着物には匂い香だよ!」

小さくしわくちゃの梅干しのようなお婆さんが、きっちりと正座をして広げた着物や帯を睨んで叱りつけてきていました。

そうです。

眠っていたその帯はざっと100年は経過しています。ずっと箪笥に仕舞われていたその帯の、付喪神さんがびっくりして起きてしまったようなのです。

続く

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