最適解が出る前に(3)

二話 恋って難しい(1)

 誰にでも嫌いな人がいると仮定して話そう。貴方はその人を殺したいと思っているのだろうか。そして、その人が嫌いな理由をちゃんと云えるのだろうか。物騒だし、難しい質問だと僕自身も思う。僕には大好きな人がいるがその人が好きな理由は一つだけでは無い。たくさんあると思う。そして、嫌いな人ってのは波長とか云うものが合わないなんてのも有るわけで(そんなことを云えば、好きな人も波長なのかもしれないのだが)、理由というのは難しい。それに、はっきりとした理由も無いのに殺したいなんて失礼だと思う。ただ、理由が有る時も有るわけで、それには大好きが関わったりする。とても難しい話では有るが。

 それに、大好きな人が大嫌いな人になることだって有る。そうなってくると人間の思いというものが実に儚いものであると云う話で、またややこしい。
 僕の顔というのは、悪くない方で、どちらかといえば、良いというか、恥ずかしながらモテる顔だ。だからこそ、こんな話ができるわけで有る。顔というのは第一印象を良くする。中身はどうこう関係無く、本人の意思関係無く。人というものは基本美しい顔を好むものだ。そうして、「好き」だとか、簡単に云う。だけれども、中身が思っていたのと違うとなった時の彼女らは、人間として最低で、無責任。

 だからこそ、ひねくれるのである。言い訳に過ぎないが。ひねくれの定義はよくわからないので、これもあまり無責任に語るべきではない。そうして、自分のことを不良と呼ぶ教師たちも、ひねくれだと思うが、云えない立場なので、これもまた黙っておこう。

 とにかく、自分がこんな田舎にいるのには、ちゃんとした理由が在るということが云いたかったのだ。そして、あの時、あの晩に、彼にああ云ったのは(何を云ったかというのは思い出してもらいたいのですが)実はよく理由を分かっていない。ただ、彼は変わっていて、そんな所が憎めない、彼の良い所。彼は、学校が嫌いだ。そして、僕も嫌いだ。人は面倒臭い。だけれど、僕は一人が嫌いだ。なんだか、偏見のようで、批判のようで、云うことは憚られそうなのだけれど、ひとりぼっちというのは惨めで、そんな人は可哀想だと思ってしまう。そう思ってしまう自分もまた、可哀そうな人なのだけど。ひとりぼっちになりたくなくて、必死なんだ。一人だと生きる意味が分からなくなってしまいそうで、考え過ぎてしまって、良くないように思えるのだ。

 こんなこと、人に云えば僕は忽ちひとりぼっちになってしまうだろう。なぜなら、暴論のようで最低な説なのだから。ひとりぼっちが好きという人だっている。申し訳なくて、萎縮してしまう。

 というのだって、凡て何となくで、本当のことを云えば、ただ、大好きな人を庇っているだけなのだけれども。それに現在僕はひとりぼっち。そう、思っているだけだと良いんだけど。

 たくさん語っておいてなんだけれど、取り敢えず、ひとりぼっちの第一歩として、女遊びをやめようと思う。嫌われたくはないので。彼のような純粋な少年には戻れない。なのだが、堕天使の逆バージョン、天使から悪魔(彼を天使と表するのはまだしも内心自分は悪魔ではないと云いたいのですが)ではなく、悪魔から天使では如何でしょう。「堕ちる」の逆がおそらく「のぼる」なので「昇天使」なんて良いんじゃないか。……微妙だな。まあ、元は汚らしくも、多少は美しくなるのではないでしょうか。

 そうして、ごちゃごちゃ考えている時こそ、人は弱いものだ。ピンポーン、という明るい音がうるさく響いた。誰かが来たのだ、彼かもしれない、そう思って期待して、「はーい、今行きます。」と元気に声をあげて返事をした。そして、ドアを開けて落胆した。

「久しぶり、京介。」

 女の子の声だった。彼の声は高いがこんな甘ったるくない。それに、僕の腕に抱きついたりしない。これは都会の女の子が僕と遊ぶ時の行動だ。

「……あー、久しぶり?」

 少し落ち込んだが、彼女は、僕に会いに態々こんな田舎まで来たのだ、相手してあげないのは、可哀そうだとすぐ思った。つくづく思うが、狂人であり最低だと思う。

「若しかして、覚えてない……?カナだけど……。」

 急に悲しそうな顔する彼女が可哀そうで、慌てたフリをして、首を振って見せた。

「覚えてるよ!カナちゃん、吃驚した!」

 よく平気で嘘を吐くなあ、と自分に感嘆する。これでこそ、狂人道化師。完璧だ。久しぶりの絶好調。彼の所為で狂っていたのだ。僕は、異常が正常、正常が異常なのだ。

「良かった、だよねー!流石に忘れないよね、彼女のこと!あれから、連絡取れなくって、心配したよ~。」

 彼女……?そんなもの居たっけ。というか、普通に忘れていたのだが。

「うち、上がっていく?」

 彼女の耳元で囁いてみた。彼女は赤面し、無言で頷く。チョロ過ぎて、彼がおかしいのか、彼女がおかしいのか、僕がおかしいのかが分からなくなってしまった。

 そうして、スマホを取り出し、連絡帳を開く。カナ、という名前を探してみた。あったが、ブロックリストに載っていて、彼女がブロックされていることに気づいていないのを面白く思って、くす、と笑う。彼女は不思議そうに首を傾げ、僕を見つめた。

「なぁに。そんなに見られると恥ずいんだけど……。」

 僕はム、として少し恥ずかしそうにしてみた。彼女は慌ててごめん、と云ってくす、と笑った。その感じに少し彼を感じて、どきん、となったのを感じた。まぁ、彼には及ばないのだけれども。

「ねぇ、家に上がったってことはそーゆーことであってる?」

 にっこりと笑って、彼女と僕の距離を詰める。するとバン、と大きな音を立てて、勢いよくドアが開いた。

「……何、してんの?」

 彼の声で、嬉しくなって笑顔を浮かべたが、その瞬間にこの状況を見られたことに、弁明したくても出来ないことで、焦った。

「何って……、云う必要ないでしょ、邪魔だから、出てって。」

 という彼女の言葉を最後まで聞かず、僕は彼女から離れ、彼のそばに駆け寄った。嘘をつこう、そう思った。バレてないはずだ。大丈夫、と意味もなく焦っていた。あんな、瞳を向けられるとは予想せず。

「転んだんだよ。つか、なんで居んのー?びっくりしたじゃん。」

 ヘラり、と笑み、彼の肩に手を置いた、が……。

「触んな、クズ野郎。」

 軽蔑した目で僕を一瞥し、はっ、と笑った。僕は驚きと戸惑いで固まっていた。

「彼女居んなら、ついてくんな。何が『今が幸せ』だよ。嘘つき。」

 僕は、心臓がどくん、となったのを感じた。嫌われた。彼の隣に立てない。いやだ。こんなやつのせいで。いや、こんな俺のせいで。なんだか、悔しさみたいなものが心に詰まって、段々自分の態度が荒んでいくのが分かった。

「……嘘、って、別に嘘じゃないよ。それよりも、萌はどこから聞いてたの?足音聞こえなかったけど。」

 何故足音の話をしたかと云うと、僕の祖父母の家は少し古く、僕の部屋は二階なのですが、階段を登るとギシギシと気分の悪い音を鳴らすのだ。それが、彼女との会話中全く聞こえなかったとなると、彼はそれより早くここに居たかもしれないということであって――。

「え……、それは、その……。」

「最初からかな?じゃあ、なんで黙ってたんだろ。」

 彼の会話を最後まで聞かずに遮り、にこやかに問う。僕はしどろもどろになる君に少し優越というか、興奮を覚えていた。

「あ……京、ちが……。」

 泣きそうで、俺への返事に困ったような表情を浮かべ俺の名前をつぶやく。撫でてあげたいような、抱きしめたいような。もっと見たいような、困らせたいような。ああ、かわいいなあ。そんな感情が、愛情が心を占拠した。操り人形のように、何かに操られるがままに彼の頬に手を伸ばしたその時……。

「ねぇ、京介……。ひ、久しぶりに彼女に会ったのに、何これ……?」

 カナは、泣きそうになっていた。僕のスマホを握りしめ、驚愕したように。そして、僕と彼を見て、絶望したように。その顔に特段何も感じなかった。

「……彼女、だっけ?」

 取り繕おうとするような気持ちもなく、どうでも良いと思った。なんていうか、邪魔だなって。

「……は?ど、どういう……。」

 混乱している彼女をよそに固まった彼の頬に触れる。一瞬びっくりしたように顔を引きつらせ、疑問符を頭に浮かべた。

「お、おい……、京……っ。」

「京介、なんで……っ。」

 状況が分からないままの二人のことなんて、忘れたように。ただ、じっと見つめ、彼の額に近づいた。だが、萌は僕の肩を強く押し、吸い寄せられた唇を引き剥がした。

「クズ野郎……っ。云っただろ、触ンな……!」

 傷ついた表情の彼を見て、はっとする。

「ぁ……俺、何を……っ。萌、ごめ……。」

 慌てて謝罪を口にするが、最後まで聞くこともせず、彼は荒々しく扉を開け、家を飛び出して行ってしまった。

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