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虎とダリア Last
前回のあらすじ
虎は雫の父親からの圧力が激化したことを聞き、彼女を守る決意を新たにする。虎はかつての仲間たちに協力を求め、支援を得ながら立ち向かう準備を進めた。一方、雫も父親に直接対峙し、不正の証拠を突きつけて虎への干渉をやめるよう要求する。二人はそれぞれの戦いに挑む中、家族や権力に抗いながら自分たちの信念を貫こうとしていた。嵐の中で、運命の決着が迫りつつある。
第十三章:対峙の果てに
雨は激しさを増し、街は嵐の中に包まれていた。虎は執事長とその部下たちを前に、堂々と立っていた。その背後には、虎を信じて集まった仲間たちがいる。
「やるなら、やってみろよ」
虎の挑発に応じるように、執事長が小さく頷く。その瞬間、スーツ姿の男たちが一斉に動き出した。だが、虎の仲間たちも臆することなく応戦し、嵐の中で激しい乱闘が繰り広げられる。
虎は目の前の男を殴り倒しながら、心の中で雫の名前を叫んでいた。
「雫、俺はここにいる。お前が選んだこの場所を、絶対に守ってやる!」
その思いが、虎にさらに強い力を与えていた。
一方、大広間での雫と父親の対峙も、ついに終局を迎えようとしていた。父親は険しい顔をしながらも、テーブルの上の封筒を見つめ、ついに重い口を開いた。
「分かった……好きにしろ。ただし、これでお前が幸せになれなかったとしても、私は責任を取らない」
雫はその言葉を聞き、静かに頷いた。彼女の目には涙が浮かんでいたが、その涙は悲しみではなく、未来への希望を象徴しているかのようだった。
嵐がすっかり過ぎ去った数日後、町の空気は雨で洗われたように澄みわたり、冬の終わりを告げるように柔らかな陽光が差し込んでいた。虎は、自宅の前で擦り切れたスニーカーの紐を結び直していた。顔には、どこか晴れやかな表情が浮かんでいる。
「おい、虎!」
声に振り返ると、バイクショップの城島がエンジンの音を響かせながらバイクを走らせてきた。ヘルメット越しでも分かる不敵な笑みを浮かべ、虎の隣に止まる。
「なんだ、また喧嘩の誘いかよ?」
虎が冗談めかして言うと、城島は肩をすくめた。
「いや、今日は平和なお祝いだ。お前がここまでやるとは思わなかったからな」
「……俺もだよ」
虎はふっと笑い、遠くの青空を見上げた。その空には、飛行機雲がゆっくりと伸びていく。
「あいつがいたから、俺は変わったんだよ」
そう言うと、虎はポケットから一枚の紙を取り出した。それは専門学校の入学許可証だった。ずっと先延ばしにしていた夢。それを掴む準備が、ついに整ったのだ。
同じ頃、西園寺家の広大な庭園では、雫が父親と最後の話し合いを終えたばかりだった。彼女の目には疲れの色が滲んでいたが、その瞳の奥には一切の迷いがなかった。
「父様、これで私は自由です。私の人生を、私自身で歩むことをお許しください」
父親は何も言わずに彼女を見つめていた。険しい顔つきの中に一瞬だけ浮かんだ諦めにも似た感情――それが何を意味するのか、雫には分からなかった。ただ、もう言葉を交わす必要はないように思えた。
雫は軽く頭を下げると、静かにその場を後にした。風に揺れる庭のダリアの花が、彼女の決意を見守るかのように咲き誇っている。
駅前の広場。虎と雫は、人々のざわめきの中で再び顔を合わせた。二人は何も言わず、しばらくの間お互いの顔を見つめていた。
「……よくやったな」
先に口を開いたのは虎だった。その声には、彼女への深い感謝と敬意が込められている。
「あなたも」
雫は微笑んだ。その微笑みは、初めて出会った頃のものとは違う。どこか自信に満ちた、大人びたものだった。
「これからどうするんだ?」
虎が尋ねると、雫は一瞬だけ目を伏せ、また顔を上げた。
「まずは……小さな一歩から始めたいです。虎さんと一緒に、この街で」
「……そっか」
虎は短く頷き、そっと手を伸ばした。雫も静かにその手を取る。二人の間にあった距離は、もうどこにも存在しなかった。
その日、二人は町外れの神社を訪れた。夕陽に照らされた境内には、どこか懐かしさを感じさせる静けさがあった。風に揺れる木々の音と、小鳥のさえずりが心地よく響く。
「ここ、最初にお前が俺を追いかけてきた場所だよな」
虎が苦笑しながら言うと、雫は恥ずかしそうにうつむいた。
「ええ、あの時は本当に無茶をしていましたね。でも……あの時の私にとって、あなたに会うことが必要だったんです」
「俺も、あの時お前に会わなきゃ今の俺はなかったかもな」
虎はそう言いながら、手に持った煙草をくるくると回した。だが、それを火をつけることなくポケットにしまう。
雫はその仕草を見て、何も言わずに笑った。そして二人は境内のベンチに腰掛け、赤く染まる空を見上げた。
「この空、いつまでも見ていたいですね」
雫のその言葉に、虎は少しだけ考え込むような表情を浮かべた後、静かに頷いた。
「そうだな。でも、見てるだけじゃもったいねぇ。これからのこと、少しずつ考えていこうぜ」
「ええ。少しずつ、ゆっくりと」
二人は手を繋ぎ、その手の温もりを確かめ合うように静かに目を閉じた。互いの存在が、これからの未来への灯火であることを感じながら。
エピローグ:希望の光
春になり、街には新しい息吹が満ちていた。虎は専門学校の新しい生活をスタートさせ、雫は自分の意思で選んだ仕事を始めていた。それぞれが自分の道を歩む中で、互いへの信頼と絆を深め続けていた。
休日、二人は町の小さな花壇で一緒にダリアを植えた。雫が育てた花は、どんな環境でも強く咲き誇る。その姿は、まるで二人の未来を象徴しているようだった。
「この花、いつか満開になるでしょうか?」
「そりゃなるだろ。お前が世話してんだからな」
虎は笑い、雫もまたその笑顔に答えた。
どんな嵐が来ても、この二人ならばきっと乗り越えられる。そう信じられるだけの強さを、彼らはもう手にしていた。
そして――二人が見上げた青空には、どこまでも続く未来が広がっていた。