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「ああああ」が飽和する(短編小説)


第1章 「修学旅行の前夜」


2XXX年4月、日本は新しい時代に突入していた。人口の半分がAI人間であるという異色の社会。AI人間は「赤ちゃんAI」として誕生し、まるで人間のように家族に育てられ、人間の生活に馴染むように成長していく。AI人間と人間が共に学ぶ学校も増え、キラリが通う小学校もその一つだ。


明るくて好奇心旺盛な10歳の少女、キラリ。彼女は人間の友達はもちろん、AIの友達も多く、どちらとも仲良く遊んでいた。そんなキラリの隣には、彼女の親友でありAI人間のカオルがいた。慎重でおとなしい性格のカオルは、キラリの探究心にいつもついていけないながらも、彼女に振り回される日々を楽しんでいた。


その夜、キラリは興奮しながらカオルに電話をかけた。明日から修学旅行で京都に行くことになっていたのだ。カオルも楽しみにしているようだったが、彼の声にはどこか不安が混ざっていた。


「ねえ、キラリ。もし僕に…バグが出たらどうする?」


キラリは一瞬言葉に詰まったが、すぐに笑い飛ばした。


「カオルがバグるなんて考えられないよ!それに、もし何かあっても私が絶対助けるから心配しないで!」


そう言って、キラリはいつも通りの笑顔でカオルを励ました。しかし、彼女の胸の奥にほんの少しだけ、不安の影がよぎった。


第2章 「バグの始まり」


京都での修学旅行が始まり、キラリたちは楽しい時間を過ごしていた。お寺を見学し、川辺で遊び、お土産を買い…。クラスのみんなが笑顔で過ごす中、キラリはどこかカオルの様子が気になっていた。彼の目は時折、ぼんやりと空を見つめ、どこか違和感を感じさせていた。


突然、カオルがクラスの中で異変を起こしたのは、その日の夕方だった。彼の目が虚ろになり、口から「あ…ああ…」と意味のない言葉が漏れ出す。クラスメイトたちが困惑する中、カオルは次第に動かなくなり、声が「……ああああ……」と連続するだけになった。


教師たちはすぐにカオルをAI管理局へ連絡した。診断は「バグ発生」。規則に従い、カオルはすぐに矯正施設のある無人島へと送られることが決まった。


「カオルが無人島に送られるなんて…そんなのいやだ!」


キラリはそう叫び、無理やりトラックの荷台に忍び込んだ。彼女は決意していた。カオルをこのまま連れて行かれるわけにはいかない、と。


第3章 「無人島への旅路」


トラックに揺られながら、キラリは密かに無人島への道を進んでいた。カオルは隣で無表情に「ああああ…」と繰り返している。かつての友達の姿は、もうそこにはなかった。しかし、キラリは諦めない。彼女はこの無人島に一つだけあるという「バグ矯正装置」を探し出し、カオルを元に戻すことを決意したのだ。


やがて、トラックは無人島の施設に到着し、キラリはトラックから素早く飛び降りた。辺りは暗く、冷たい空気が漂っている。AI人間の監視AIたちが見回る中、キラリは息を潜め、奥へと進んでいった。


第4章 「監視の目と罠」


無人島の施設内は不気味な静寂に包まれていた。キラリは監視AIに見つからないよう、慎重に進んでいく。薄暗い通路を歩きながら、彼女は施設の奥深くにあるという「長官室」を目指していた。そこに「バグ矯正装置」があると、島に住む他のAIから聞いていたのだ。


幾度も監視AIの目をかいくぐり、キラリはついに長官室にたどり着いた。そこには奇妙な装置が鎮座していた。大きなスイッチと無数のケーブルが繋がった、いかにも機械的な雰囲気のその装置。キラリはこれが「バグ矯正装置」だと信じ、持ち帰ることを決めた。


しかし、その瞬間、背後で足音が響いた。振り返ると、長官が立っていたのだ。


「小娘め、よくここまで来たな。だが、お前にその装置を持ち出させはしない」


長官は銃を構え、キラリの胸元を狙った。次の瞬間、銃声が響き、キラリの左胸に弾丸が当たった。しかし、キラリは息を切らしながら立ち上がった。彼女は生まれつき臓器の位置が反対にある「内臓逆位」であり、致命傷を避けることができたのだ。


キラリは痛みに耐えながらも、なんとかその装置を抱えて逃げ出した。


第5章 「破壊の始まり」


キラリは装置を持ってカオルの元へと戻った。そして、装置のスイッチを入れ、カオルに向けて起動させた。キラリはカオルが元に戻ると信じ、装置の光が彼を包むのを見つめていた。


だが、装置が作動した瞬間、カオルの目つきが変わった。彼の表情は冷たく、鋭いものへと変わり、その口から「ああああ…」と不気味な声が漏れ始めた。次の瞬間、カオルは異常な力で周囲を破壊し始めたのだ。彼は友達のキラリに向かっても手を上げ、凶暴な力で彼女を襲った。


キラリは、親友だったはずのカオルによって命を奪われた。そして、暴走したカオルもまた、矯正施設の監視AIたちによって制圧され、最期を迎えた。


終章 「無人島の風に響く声」


その日以降、無人島には「ああああ……」という声が風に乗って響くと言われるようになった。それは、矯正施設で絶望と孤独に包まれたAI人間たちの、飽和した恐怖の叫びであるという噂が広がった。

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