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【記念日掌編】革命
「明日革命が起きるんだ」
騒がしい居酒屋で、向かいに座る田中は口角に唾を溜めながら嬉しそうに話した。俺は頬杖を突きながら、その話を黙って聞いていた。彼は如何にして革命がこの国で成されるのかを次から次へと話し続ける。何故俺が田中と出会い、この居酒屋で話しているのか。それは二時間前に遡る。
俺は最寄り駅に辿り着き、階段を下って改札を抜けるためにポケットからICカードを取り出そうとしていた。すると急に右肩を二、三度叩かれ、何事かと思って慌てて振り向くと、そこには丸刈りで細渕の眼鏡をかけた、ひょろっとした感じの男が立っていた。パリッとしたダークネイビーのスーツには埃一つ無く、まるで下ろし立てのようだった。
「久しぶり、櫛野君」
「あのどちら様でしょうか」
相手は俺の事を知っているが、俺は全く覚えてない。顔を見て必死に脳内のアルバムをめくって探すが、一致する人が中々出てこない。久々に焦りを覚える。何か話して場を繋げるか、それともしらばっくれて逃げるか、しどろもどろになっていた。
「田中だよ、田中」
田中と言う名字を記憶の中で探す。すると、記憶の隅に少しだけ引っかかっていた思い出が、何かの弾みで落ちてきて呼び起こされた。
高校三年生。田中はいつも静かに笑っていた。細長い体形の男で、いつも丸刈りで眼鏡をかけ、ブレザーとスラックスの制服を着崩す事無く、いつも席は教室の隅っこ。そこで常に笑みを浮かべながら座っていた。時折会話の輪に近づいてきたかと思えば、そこには入らず傍でやはり笑っている。少し奇妙だとか、不気味だとか、そういう感情が無かったと言えば嘘になるが、結局無害なので別に気に留める事無く過ごしていた。たまに田中にこっち来いよと誘う事もあったが、いいよぉ、と言って少し離れた所でニコニコと笑っていた。
そうだ、こいつは田中だ。あの教室の隅の置物だ。思い出した俺は、ようやく久しぶりと言う事が出来た。田中はそれを聞いて、ゆっくりと頷いた。そしてよかったら飲まないか、ゆっくり話したいと誘ってきた。正直少し迷った。けれどこの後自分も家か店かは分からなかったが飲む気でいたし、久々の出会いという事もあって、結局了承した。そして駅から適当な店に移動して、俺と田中はビールを即座に注文し、そして乾杯をした。それからは思い出話に花が咲いた。誰とも絡んでいなかった印象の強い田中だったが、意外と教室の中の出来事や人間模様が見えていたようで、当時知れていたら面白かったであろう話がポンポンと飛び出してきた。あまりにも色んな話を知っていたので、少し怖いくらいだった。
そして思い出話も落ち着いてきた頃。ジョッキに入れられた二杯目のビールを飲みながら、俺はつくね串を食べていた。田中は話が止んだくらいから、空っぽになったジョッキをじっと見つめていた。もう一杯いるかと聞いたが、まだいいと言って、そのジョッキを見つめ続けていた。俺は別にある程度話も出来たし、後は飲めればいいやくらいの気持ちでいたので、特に話しかけず、好きなように飲み食いをしていた。
「櫛野君、明日日本は変わるよ」
ビールの最後の一口を飲み干した直後、ジョッキから目線を上げた田中が、俺の目を真っ直ぐ見据えながらそう言った。
世界が変わる。何を言っているのかよく分からなかった俺は、どうした、酔ったかと言って二本目のつくね串を食べ始めた。田中はやけに真剣な目をしていて、言葉にもあまり冗談と受け取れないような感じの熱意が込められていた。日本が変わるって、なんだよと、ツッコミの気持ちで言ってみた言葉への返答に俺は唖然とした。
「国会議事堂を爆破する」
立派なテロ宣言である。俺は驚きのあまり、ついニヤリと笑ってしまった。そして冒頭に戻る。
彼の演説は本当に堂々としたもので、あの隅でずっと控えめにいた田中本人なのかと疑うほどだった。熱を帯びたその演説は場所が場所なら通報されていたと思うが、ここが賑やかな居酒屋であった事、そして酒が入る場所であった事でなんとか見逃されている。
「いつやるんだ、爆破は」
ここまできたら全てを聞いてやろうと思った俺は、先程からボリュームが大きめだった田中とは対照的に、ひっそりとした声で話した。下手をすればこの喧騒の中聞こえなかったかもしれない。俺はむしろそうあってほしいとさえ思っていた。けれども俺の声はしっかりと届いていた。
「明日の午後二時」
あまりに目に力が入りすぎて、キマっている人のように見える田中。俺は少し身体を引いてしまう。
「本気か」
「本気さ」
そう言ってスマートフォンを少し操作するとこちらの方へと差し出してきた。なにかと思って見ると、よく分からない線が、複数固形物に繋がっている物体が画面に映し出されていた。これはきっとそういうことなのだろう。俺が見たことを確認すると、スマートフォンを素早く懐に仕舞い込んだ。
「明日僕は死ぬ。けれども崇高な目的のために死ねるなら本望だよ」
俺はかける言葉が見つからなかった。頑張れよ、も国家に反逆しようとしている仲間みたいになってしまうし、止めるんだと言えるほど人間が出来てる訳でもない。だから俺は黙って山田を見るしか出来なかった。
「じゃあ、そろそろ帰るね。明日の朝一出発なんだ」
「待てよ」
そう言って去っていこうとする山田を、思わず呼び止めた。
「今日、会えてよかったよ」
俺の言葉を聞いた山田は、笑った。まるであの教室の隅にいた時のような、険の取れた笑顔だった。そして何も言わずに去って行った。
帰ってきた俺はベッドに寝転がりながら、明日の事を思った。きっと彼らは計画を実行に移すだろう。そしてその後どうなるのか、成功するのか失敗するのか。どちらにしても新聞の一面を飾る。彼に何があったのか、どうしてこうなったのか、今は知る由もない。きっと彼が教室の隅で見ていたように夢を見ているのだろう。俺はこの行く末を見守ろうと思う。聞いてしまった責任と共に。
今日も明日も田中はきっと笑っている。いつものようにひっそりと。
【伊達】