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【記念日掌編】さよならUFO

最後のUFO型信号機が撤去される。
職場のトイレに籠城して見ていたXのタイムラインに、そんな見出しのネットニュースが流れてきた。
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緑や赤の光を四方に放ちながら宙に浮かぶ独特の形状から「UFO型」として親しまれてきた信号機の国内最後の公道上の3基が、老朽化のため7月末に仙台市の交差点から撤去された。1970年代に愛知県のメーカーが開発したもので、かつては同県や宮城県などに計十数基あった。
記事にはそんな説明が書かれている。

通っていた小学校の北門のそばの交差点にはこのUFO型信号機があって、私が歩く通学路にはそれしかなかった。だから私にとっての信号機はこのUFO型信号機で、というよりもこのUFO型信号機と呼ばれている形こそが「信号機」であり、分離して一本足で直立する信号機の方が一般的でない信号機という認識であった。一本足型信号機とでも呼んでやりたい。それはともかく、毎日UFO型信号機を見上げて通学していた。歩行者の信号のシグナルを確認するためには覗き込むように見上げるしかなく、私たちは必然的に上を向いて通学することが出来ていたのだ。

そんな思い入れのあるUFO型信号機が永遠に失われてしまうのだという。
心のどこかで、時代の流れに逆らえないことくらい、私も理解している。技術の進化とともに、古いものが淘汰されていくのは世の常だ。ペットショップにはギョロ目のロボットが売ってるし、タイムラインには人間よりゾンビの方が多いくらい蔓延っているし。でも、そのニュースを見た瞬間、なんともいえない喪失感が胸の中に広がった。時代に取り残されるのは物だけじゃなく、私たちの記憶も同じだ。
気がつけば、スマホの画面をスクロールする指が止まり、私はじっとそのサムネイル画像を見つめていた。UFO型信号機。確かに、形は少し奇妙だったかもしれない。四角いフォルムが空中に浮かび、交差点を見下ろすその姿はどこか宇宙的で不思議な感じがした。それでも、子供の頃には何の疑問もなくその形を「普通」として受け入れていた。
思い出すのは、雨の日。信号機が上に張り出していたおかげで、傘を差していると随分見づらく感じたものだ。友達と一緒に北門の角に立って、傘を時折持ち上げては青になっていないか確認していたっけ。視認性が悪く、不便な存在だったはずなのにどこか愛おしく、見守られているように感じていたものだ。まるで本物のUFOが私たちを守ってくれているかのように。
また、夏の日差しが強いときには、あの四角い影の下でひと息つくこともあった。信号機の光が反射して、子供の私たちの顔を照らすその光景は、今でも鮮明に覚えている。なんてことない日常の一コマが、私の中ではあのUFO型信号機と強く結びついている。
だが、それがなくなるという現実が、いま私の目の前にある。この世界からUFO型信号機が一つ、また一つと消えていき、最後の一つが今日、取り壊されるのだ。ネットニュースの記事を読み進めながら、何か大切なものを失ってしまったような感覚がどんどん強くなる。
もう一度、記事の写真を拡大してみる。そこに映っているのは、見知らぬ街の交差点。しかし、その信号機は間違いなく私が知っている「UFO型信号機」だ。見覚えのある丸い形が、風景に溶け込むように立っている。たった今、撤去される瞬間を見届けているような気分になった。
スマホの画面を閉じ、職場のトイレの静かな空間に戻る。私はしばらくそのまま壁にもたれ、記憶の中にある信号機の姿を思い出していた。現実の世界からは消え去ってしまうものでも、私の中にはまだ、あの頃の光景がしっかりと残っている。あのUFO型信号機は、いつまでも私の中で生き続けるのだ。

トイレを出て、私は職場のデスクに戻った。窓際の席に腰を下ろし、いつものように新規のエクセルファイルを開いてみる。だけど、何も入力する気が起きない。数秒眺めた後、ため息をついて閉じた。
ここ数年、DX課なんていうふざけた名前の、形ばかりの部署に追いやられて、たいした仕事もないままこうやって日々をやり過ごしている。DX化とは名ばかりの仕事内容で、たまにお偉いさん向けにDX化研修を催すくらいしか業務がない。研修だって外部講師を呼ぶだけだから私の仕事はお茶を出すくらい。DX化について出力した紙をあっちからこっちへと動かして、定時前に「形だけの忙しさ」を演出し、他の同僚が退社する音を待つ。そんなくだらない日々。窓の外を見ると、灰色のビル群が広がっていて、そこに何の変化も期待できない自分の今と重なって見えた。
「君さ、どうなってるの、あの案件の進捗?」
後ろから声がした。上司の声だ。無駄に威厳を持たせたような口調で、こちらに期待しているというより、単に言わなければならない台詞を言っているだけだ。
「はい、今確認中です。あと少しで報告書まとめます」
と私は答えた。
もちろん、そんな報告書はまだ何も手を付けていない。でも、上司は特に気にも留めず、ただ頷いて去っていった。
その背中を見送りながら、私は再び窓の外に目をやった。どこかで見たことのある景色が広がっているはずだが、どうにも心が落ち着かない。さっきのトイレでのUFO型信号機のニュースが、頭の中に居座っている。あの懐かしい形、あの時代、あの無邪気な日々。失われていく過去を思い返しながら、このままでいいのだろうかという疑問が、ふと浮かんだ。
だけど、すぐにその考えも消えた。まぁ、こんな感じで、何も変わらないままゆるゆる生きていけばいいのだろう。心のどこかでそう思い込もうとしている自分がいる。
そのとき、不意に窓の外に小さなきらめきを感じた。目を細めて見つめると、まるでUFOが空に輝いたように思えた。でも、そんなはずはない。鼻で笑いながら、視線をデスクに戻す。
開き直って、仕事のふりを続けた。再び新規のエクセルファイルを開き、白い画面に打つべき数字を思い浮かべるが、手は動かないままだった。

【桃井】

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