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【記念日掌編】さくら

 河川敷を彼女と歩いていた。
 何も変わらないいつものデートで、今日は夜桜でも見に行こうと言って、近所の桜の並木道がある河川敷を歩いていた。手を繋ぎながら、綺麗だねなんて言って、適当に川沿いをふらついていると、急に彼女がぴたりと止まった。どうしたのかと尋ねると、彼女は一言「別れて欲しいの」と言い放った。何かの冗談かと思って僕は笑いながら「さよならするかい」と返すと、彼女は涙を流しながら、バイト先の社員と浮気していた事、そして子供が出来た事。全てを赤裸々に言い放つと、さよならと言って走り去っていった。
 あまりに唐突な出来事だったので、彼女が去ってからも数分ほど事態が飲みこめず、気がつけば僕は花びらまみれになっていた。そしてなんとか現状を把握しても、そのまま帰る気にはなれず、夜の遊歩道を僕はただひたすら歩いた。通り過ぎて行く人々は、皆一様に幸せそうな顔をしながらパートナーと歩いている。かく言う僕はポケットに手を突っ込んで、若干俯き加減で歩いている。見どころである桜を見ずに、ただ下を見ながら歩いている僕は不審者に見られてもおかしくないと思った。
 桜の花びらが一枚、ひらりと風に乗って足元に舞い落ちる。それを見て、ふと思う。多分彼女もそうだったんだろうと。満開の花が風に吹かれて、一枚ずつ散って地面に落ちていくように、彼女の愛も散ってしまったのだろうと。これは知らず知らずのうちに、少しずつ薄れていった感情だったのかもしれない。僕はそれに気づけなかった。いや、気づかないふりをしていただけかもしれない。けど、どちらにせよ無意味だと気がついた。足元に散らばった花びらをかき集めるようなもので、もう元には戻せない。
 何がいけなかったんだろう。そう自分に問いかけても、出てくるのは楽しい思い出ばかりだ。彼女の笑顔、二人で手を繋いで歩いた日々、何気ない会話の中で共有した些細な時間。それらが鮮やかに頭の中に描き出されて、こうなった意味がますます理解出来ず、思わず声を上げて笑ってしまった。そうしていると目から熱い雫が頬に垂れ落ちてくる。次から次に落ちてくるそれを拭うこともせず、桜の花を見上げながら笑った。悲しくて笑いが止まらないなんて、不思議なものだなと思った。

「いい青春映画だったよ」

 僕はは自嘲気味に呟いた。まるで映画のワンシーンにでもなりそうな、この風景と僕の現状。振られて、失意に沈み、孤独に耐えながらも、それでもどこか青春の一コマだと思えてしまう自分が滑稽だった。
 深く息を吸い込み、風に揺れる桜の枝を眺める。新しい季節がやって来る。それは逃げることもできない現実だ。僕は歩く。花びらが舞い散る河川敷の遊歩道を、ただ一歩一歩踏みしめながら。 

【伊達】

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