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【記念日掌編】とある夜
「乾杯!」
その掛け声と同時に、テーブルを囲む人々からビールジョッキが掲げられる。
今日も友人数名との飲み会。皆小学校、中学校が一緒の、いわゆる地元の友人達との飲み会だ。
旧友との飲み会では昔の話をしては笑い、音信不通の同級生の近況を聞いては驚く。
そんなやり取りを繰り返しては、飲み会は盛り上がっていく。今日もそんな感じで進むはず、だった。
「あのさあ」
先ほどから口数の少なかった岩佐が声を上げた。いい感じに酔っぱらっていた俺たちは「なんだなんだ」と岩佐の方を見た。
「もう俺達、卒業するべきじゃね?」
何言ってんだ、卒業は大分前にしてるだろと、ツッコミを入れる奴がいる。岩佐はさらに声を張り上げる。
「こういうさ、傷の舐め合いはやめようって話」
その言葉に湧き上がる俺達。少し血の気の多い高木が、立ち上がって詰め寄ろうとしたが、俺はまあまあと肩を叩いて抑えた。
岩佐は話を続ける。
居酒屋でしか語れない夢はゴミだ。
お前らもホントは薄々気がついてるんだろう?
ずっと地元に居着いて、地元で夢だけ語って。
現実は暗い、苦しい。けど妄想よりはよっぽどいい。
ごめんな、皆、俺は行くわ。
そう言ってテーブルに千円札を数枚叩きつけると、居酒屋を出ていく岩佐。
後姿を見送って皆座った後、最初に高木が発した言葉は「アイツ、寒くね?」だった。
それに便乗する形でやいのやいのと岩佐を揶揄する居酒屋のメンバー達。
「そんな事より、誕生日おめでとう!」
そう言って突然俺は祝われた。
女が居なくて悪かったなと笑いながら言われつつ、追加で酒を頼み始める皆。俺の元にはもつ煮込みが一つ置かれていた。
「俺たちも二十六か」
「でもいい人生だよ、こうやって夢も思い出も語れるし」
「酒も美味いし、悪くない」
そう言ってワイワイとまた賑やかになっていく居酒屋の中、俺は先ほどの岩佐の言葉がずっと心に残っていた。
飲み会が終わり、一人で帰路につく。
この帰り道の、何とも言えない感じ。これをアイツらに伝える事が出来るだろうか。
この虚しさ、胸の痛み。どうしようもないこの感じ。
終わってるのは分かっている。
多分皆分かっている。
現実から逃げるために酒と夢で逃避して。
このまま地元で朽ちていくだけなんだろうという事実から逃げられない。
だけど居酒屋だけの意気込みだっていいじゃないか。
笑いあった、語り合った時間がゴミだっていうなら上等じゃないか。
けれど岩佐は去って行った。
俺は行くよと言って去って行った。
彼はもう戻る事は無いだろう。
それを俺はひどく羨ましく思った。
自分を変える革命を、俺も起こしたい。
そう思いながら、自販機で缶コーヒーを買った。
一口飲んで、苦みが口の中に迸った。
【伊達】