![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/154194767/rectangle_large_type_2_b3c5e3e3c0b3f0af60dae06a1c98ef93.png?width=1200)
【記念日掌編】夜の底を掘る
僕たちは真夜中、学校の裏山にて黙々と地面を掘っていた。己の指先すら見失いそうな暗闇で足元を掘り起こしていると、夜の奥底まで貫いてしまいそうになる。
掘り返した夜の一部を穴の外に捨てる。泥の欠片が額へ飛んできて、汗に溶けて流れ落ちてくる。
服の袖で汗を拭い、スコップを握りなおしながら、僕はふと、自分がこんなことをしているのが奇妙に思えた。大人になって、こんな風に誰かと一緒に地面を掘るなんてこと、普通ならありえない。
「これ、どこまで掘ればいいんだっけ?」
暗闇の向こう側から石田が僕に尋ねてきた。彼の声は、まるで夢の中から聞こえてくるみたいに遠かった。
「もっと深いと思うよ」
おそらく彼がいるだろうと思える方向の暗闇に向けて僕は答えた。それが事実かどうかはわからない。ただ、こういう時、僕はいつだって適当なことを言ってしまう。空気が揺れて、石田が頷いたような気配を感じた。
僕たちはかつて、ここの深い位置にタイムカプセルを埋めた。小学生の頃だ。
あの頃の僕たちは未来を思い描いていた。全てが明るく、無限に続くように思えた。しかし、今こうして夜の暗がりの中で過去を掘り返している僕たちは、あの頃の僕たちとは全く別人だ。
土の中から、やがて何かが見え始めた。石田がスコップを置いて、手でそっと土を払う。その姿をぼんやりと見ながら、僕は自分がどこか遠くにいるような感覚に包まれていた。
「ここにあるのか」
ぼそりと石田は呟いた。
雲が途切れて月明かりが僕らを照らし、タイムカプセルが姿を現した。
色褪せたプラスチックの表面が月光に照らされて、まるで時の彼方から引き戻されたような気がした。僕たちは蓋を開け、中を確認する。そこにあったのは、僕たちが書いた手紙。
あの女の子をいじめていた頃の感情のまま殴り書きされた冒険が記されている。僕たちは、あの頃何も考えずに彼女を傷つけていた。
「やっぱりこれさ」
そこまで言って、石田は言葉を切った。
僕はその続きを待ったが、彼は何も言わなかった。ただ手紙を手に取り、しばらく見つめていた。そして、その紙をゆっくりと破り捨てた。まるで、過去の断片をひとつずつ手放すように。
「これでいいんだよな」
石田が言った。表情は暗闇に溶けてしまい確認できない。
僕は答えなかった。何かを言う必要があるとも思わなかった。ただ、土の匂いと冷たい夜風が僕の感覚をかすかに揺さぶった。
僕たちは再びタイムカプセルを地中に戻し、埋め直した。その作業には、何か儀式的なものがあったように感じた。手は土で汚れていたけれど、それが気になることはなかった。
穴をすっかり埋め直したあとに踏み固める。体重をかけて踏みしめる。このあと十数時間後にもう一度掘り返す予定の土を何度も踏み固める。地面が確かにそこに存在しているかを執拗に確認する草食動物のように。
小学生の頃の僕たちは無邪気にタイムカプセルを埋めて、輝かしい未来を疑いもせずに約束をした。成人式の前日の夕方に掘り返そう、と。
夜が明け始めていた。空はかすかに薄明るく、星々が一つずつ消えていく。
「じゃあ、また明日」
僕の言葉に石田は軽く頷く。すでに日付は変わっているから、次に会うのは明日ではなく今日なのだけれど、彼はそれについて指摘することはなかった。
それから僕たちは歩き始めた。学校を離れ、何もない静かな通りを歩き続ける。その先に何があるのか、僕にはよくわからなかった。ただ、この瞬間がどこか現実の外にいるような、不思議な感覚で満たされていた。
【桃井】