【記念日掌編】タイミーの猿
周りの友人がインターンや就職活動に向けて動き始める中、俺は自分の可能性を信じていた。
俺ならまあ大抵のことは人並みくらいにはこなせるし、バイトだって適当にこなせるだろう。そんな万能感があったから、タイミーで単発のバイトを見つけたときも深く考えずに応募した。
「舞台アシスタントスタッフ募集」
随分カッコつけたタイトルの求人だが、タイミーで募集してるような仕事だし、きっと大したことない。
万が一大したことだったとしても、とりあえずなんとかなるだろう。
現場は温泉街にある猿まわし劇場と聞いて、ちょっとした期待感もあった。観光客を相手にするくらいなら、どうにでもなる。
温泉街の石畳を踏みしめながら、俺は現地に向かった。
「これ、着てくれる?」
現地に着くと、サバサバした女主人が赤い作務衣を手渡してきた。期待していたよりも貧相な舞台があり、たいした小道具もなく拍子抜けした。着替えた後、簡単な挨拶を済ませると、いきなり指示が下された。
「私が目配せしたら、それに従って動いてくれればいいから! リハーサル? そんなの要らないよ」
女主人は明るく笑いながらそう言ったが、俺は少し戸惑った。仕事に対して、もっと準備が必要だと思っていたのに、こんなに軽く済ませてしまって本当に大丈夫なのだろうか。
「失敗してもそれはそれで盛り上がるから、気楽にね」
俺の心配を見透かしたかのような女主人の言葉に、どこか気楽さが感じられる一方で、俺の中に妙な焦燥感が芽生え始めた。落ち着け、俺なら何とかなる、そんな言葉を自分に言い聞かせながら、猿まわしの準備を手伝い始めた。
客が次々と席に着き、いよいよ猿まわしが始まった。俺は女主人の目配せ通り、猿から道具を受け取り、マイクのコードを捌き、指示に従って動いた。思っていたより簡単だった。
次第に、猿が俺を見下しているように感じ始めた。それは俺の思い過ごしかもしれない。だが、道具を渡す猿の誇らしげな態度と、俺がそれを受け取る姿の対比に、観客たちが笑い声を上げるのを聞くたびに、少しずつ自信が揺らいでいった。
そして、俺はついにやらかした。猿から受け取った道具をうっかり手から落としてしまったのだ。猿がこちらを振り向き、眉間にしわを寄せて怒るような真似をすると、客席は爆笑に包まれた。俺はその場に固まってしまったが、女主人が視界の端で手を叩いて笑っているのが見えた。
色んなものが揺らぐ俺をよそに、猿まわしの最後の場面が近づいてきた。女主人の指示で、俺はブリキの缶を二つ持ってきた。一つは猿に、そうしてもう一つは俺が持つ。猿がぺこぺこと頭を下げながら客席を回り始める。
「お気持ちだけで結構です! でももしよろしければ、折りたためる紙のお気持ちを~!」
女主人の明るい口上が響くと、観客はみな財布を取り出し次々と紙幣を猿の缶へと入れていく。
俺も缶を持って回ったが、猿のようにはいかない。どんなに頭を下げて回っても、客は薄笑いを浮かべて俺が通るのを見送るのみ。猿が小粋に客を笑わせ、財布を引き出すのを横目に、俺は自分の立場がまるでピエロのようだと感じ始めていた。
最後に舞台に戻ると、猿の缶には紙幣がぎっしり詰まっていた。俺の缶には、わずかな小銭だけ。女主人が二つの缶を見比べて、猿をおだてるように拍手をすると、客席からも歓声と拍手が響く。
舞台の上で、俺は根拠のない自信がどれほど脆いものかを実感した。猿以下かもしれない自分に、苦笑いしかできなかった。
「タイミーの猿か。いや、猿以下だな」
今日のバイトを通じて、俺はようやく、自分の身の丈を知ることになった。
【桃井】