「DeepSeek」が拓く低コストAIの新時代
中国のAIスタートアップ「DeepSeek」が発表した最新の大規模言語モデル「DeepSeek-R1」は、従来の常識を覆すような低コスト・短期間での開発成功例として、国内外で注目を集めています。
公式サイト: https://www.deepseek.com/
高価な最先端チップを使わず、比較的性能を抑えたGPUを大量に並列稼働させることで十分な学習性能を実現した点は、AI開発における常識を大きく変える可能性を示唆しています。
1. DeepSeek-R1のすごさは何か
1-1. 低コスト・短期間でのモデル構築
600万ドルの予算で2カ月
従来、同クラスの大規模言語モデルを作ろうとすれば数千万〜数億ドルもの資金と長い開発期間が必要でした。しかし、DeepSeek-R1は約600万ドルという限られた予算で、わずか2カ月で完成したと報じられています。抑えめのGPU「H800」を活用
通常ならA100やH100といったハイエンドGPUを用いますが、DeepSeek-R1は制限付きのGPU「H800」でもソフトウェア最適化により十分な計算性能を引き出しました。
1-2. 優れた推論・プログラミング能力
推論性能の向上
大規模な強化学習技術を採り入れ、OpenAIの“o1”モデルに匹敵する性能を目指しています。数学やコード生成の分野ではベンチマークで高い正答率を示し、AIME 2024で79.8%、MATH-500で97.3%を達成しました。プログラミングタスクで高評価
プログラミングコンテストサイト「Codeforces」で2029 Eloを記録し、参加者の約96.3%を上回る高い能力を証明しています。
1-3. 強化学習アプローチと蒸留モデル
自己検証・思考の深度
deepseekR1は教師あり学習(SFT)を必須とせず、強化学習による自己検証や推論の深化を行う仕組みを備えています。モデル蒸留の公開
DeepSeek-R1の出力データを活用し、Qwen2.5やLlama3といったオープンソースモデルを微調整。1.5B~70Bパラメータまで幅広いサイズの蒸留モデルが公開されており、省リソースかつ高性能なAIを必要とする場面で活用が進みそうです。
2. どうやって実現したのか
2-1. ソフトウェア最適化
米国による最先端チップ(A100やH100など)輸出規制を受けて、Nvidiaが中国向けに性能をやや抑えたH800が提供されました。H800はH100と比較して、チップ間データ転送速度が約半分に抑えられています。具体的には、H800の転送速度は300GBpsで、H100の600GBpsと比較して大幅に低下しています。これにより、AIモデルのトレーニングや推論のパフォーマンスが影響を受けます。H800の計算能力はH100の50%から80%程度と推定されています。
このような大きなハンディキャップは中国のAI開発競争から脱落させるものと見られて居ましたが、deepseekは大量のGPUを同時に動かすための分散学習技術や、モデル圧縮・演算精度の工夫(FP16/Int8など)によって、制限されたハードウェアから最大限の性能を引き出しています。
2-2. 大量GPUの並列稼働
高性能チップを少数導入する代わりに、性能を抑えたGPUを2,000台規模で並列動作させる方法を選択。通信効率やアルゴリズムの最適化によって、理論上の性能差を埋めることに成功しました。
3. どんな影響があるのか
3-1. AI業界の参入障壁を下げる
「巨額の資金と最先端チップ」がなくても競合レベルのモデルを作れることが示され、スタートアップや個人開発者にも大きなチャンスが巡ってきます。
3-2. 価格競争の激化
推論にかかるコスト安く済むことで、エンドユーザーがAIサービスを安価に利用できるようになります。deepseekR1のAPI価格は、キャッシュヒット時で100万トークンあたり1元と圧倒的な低コストで、「水より安いAPI」と評されるほどです。OpenAI o1との比較でも入力トークン99%以上安く、今後AIサービスの価格競争が一層加速しそうです。
3-3. 規制・制裁の抜け道
米国が最先端チップの輸出を制限しても、抑えめのGPUとソフトウェアの工夫によって高性能モデルが生まれるなら、規制だけでは開発競争を止められないという認識が広まるかもしれません。
4. 中国AI産業の存在感
4-1. 量子系ヘッジファンドからの人材供給
deepseekR1を開発したDeepSeekの創業メンバーは、もともと量子系ヘッジファンド出身とされ、金融分野で培った高速演算・大規模データ解析技術が見事に転用されています。
4-2. 他社の低コストモデルも続々
ByteDance(TikTok運営)や李開復(Kai-Fu Lee)氏の新興企業も、低コスト大規模モデルを相次いで発表。中国国内で「短期間・低コスト」で一気に開発を進める動きが加速しています。
5. 今後の展望
5-1. 技術の“民主化”
AI開発に必要な資金と期間が大幅に下がれば、中小企業や個人でも独自のモデルを作りやすくなります。現時点ではまだ大手企業がリードしている市場でも、今後は多様なプレイヤーが活躍する可能性があります。
5-2. イノベーションの加速
多数のプレイヤーがAI開発に参入すれば、思わぬアイデアや革新的技術が飛び出すでしょう。一方で競争は激しく、淘汰のスピードも早まるかもしれません。従来はAmazonやマイクロソフト等から出資を受けたプレイヤーが主役でしたが、インターネットバブル期の頃のように新興企業の参入が進む可能性があります。
5-3. 規制・倫理・安全面への新たな課題
大規模モデルが安価に作れるほど、誤情報拡散やプライバシー侵害といったリスクも高まります。ハッキング等深刻な問題も増えそうです。各国での規制や、業界独自の安全基準づくり、セキュリティソフト開発が今後さらに重要になってきそうです。
まとめ
deepseekR1の登場は、AI開発における“高コスト”と“長期間”という固定観念を大きく揺さぶっています。中国のAI企業が低コストGPU+ソフトウェア最適化という戦略で世界水準のモデルを生み出せる事例は、「高いチップを使わなくてもイノベーションは起きる」という象徴的な一歩といえるでしょう。
競争が激化すれば、AIサービスの品質向上や価格引き下げが期待される一方、倫理・安全面など新たな課題も浮上してきます。これからのAI開発は、巨額資本や最先端チップに依存する時代から、アイデアとコスト効率で勝負する時代へと移り変わりつつあります。DeepSeekの取り組みは、その変革を後押しする大きなトリガーとなりそうです。