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コンペは続くよ…… 2章 昭和の広告代理店
2. 6月26日(火)大雨 ~昭和の広告代理店~
【主な登場人物】
(株)大東アド
・角山(37):マーケティング局第1マーケティング部副部長
・草野(28):マーケティング局第1マーケティング部
・水見部長(37):第3営業局第1営業部部長
・増田副部長(35):第3営業局第1営業部副部長
・芳田(30):第3営業局第1営業部
・笹本局長(54):第1クリエイティブ局局長
・吉川部長(40):第1クリエイティブ局第2クリエイティブ部部長
・篠山(33):第2プロモーション局第1プロモーション部
・林(35):第1メディア局第2メディアプランニング部
・田辺部長(42):第1営業局第4営業部部長 西急不動産担当営業
・中北さん(41):角山の飲み仲間、
大東アドに転職する前会社の営業、
今は別の広告会社に勤務
10時半出勤。
今日の天気は昨日よりひどい。大粒の雨が大量にコンクリートにあたって、跳ね返りでズボンもびちゃびちゃ。今日はクライアントに行かないので白青ラインの入った麻のシャツと黒のジーパン。ジーパンがベトベトに濡れて気持ち悪い。
既に草野はパソコンに向かって作業している。
外の空の影響か、オフィスの中もどんよりしている。
パソコンを立ち上げて、メールを確認。
昨日の打合せ議事録が営業の芳田から入っている。
打合せをした内容、次回打合せ日時、内容、ゴールイメージ等々、しっかりした議事録になっている。なかなかやるな、芳田のヤツ。
今日の打合せは、16時半からの加藤園のコンペのみ。1日に1本の打合せのみというのは、1年に数回あるぐらいの貴重な日だ。
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俺の仕事のスタンスとして、基本的にはディレクション業務が中心となる。部下や社外スタッフに対しての企画書作成のディレクション。若いときはイチからジュウまで、自分で書いていたけど、他業種にまたがって、数を多くのクライアント業務をこなすためには、ディレクションに徹したほうが効率がいい。元々1つのことをじっくり丁寧にするより、多くのことを効率よくするほうが性に合っている。
社内の部下は草野だけだが、外部には優秀なスタッフが10数人いて、いろいろとお世話になっている。本と、外部のスタッフの皆様にはいつも感謝している。
社内には全て自分が書いて、納得するまで時間をかけて考えて、クライアントに提出する。というスタンスで仕事をしている人がいる。業績が好調なときはそのスタンスでもいいかもしれないが、この10年、一度も売り上げ予算をクリアしていない当社の実績を考えると、じっくり仕事をするより、多くの量をこなしたほうがいいと思う。
俺の場合、通常、プレゼンは週2回、コンペは月2回ぐらいなので、全部、自分が書いている時間はない。打合せでスケジュールが埋まってしまう状況。
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今日はしばらく席にいれる。夕方からの加藤園の資料を作ろう。
しばらくして西急不動産営業担当の田辺さんから電話。明日のプレゼンの最終打合せを急遽したいとのこと。上司に報告していなかったらしい。
11時から第3会議室で最終打合せ。
田辺さんの上司にあたる営業局長に内容を説明。企画書に少し修正が入った。
13時半、少し遅い昼食を食べ、席に戻って明日の企画書を修正。
このクライントには草野は絡んでいないので、自分で修正しなければ。あ-めんど。
14時半企画書完成。営業に資料をメールで渡して、必要部数のコピーを頼む。
……やっと、夕方の打合せの作業ができる。あと2時間か。
と思っていたら、以前同じ会社で今は別の広告会社で仕事をしている中北さんから携帯にメールが来た。いつものように短く、
〔今日どう?〕飲みのお誘い。
……今日は4時半に打合せして、ブレストだから終了は9時かな。
〔9時半からなら大丈夫だと思います。いいですか?〕と返信。
すぐに〔じゃ、9時半に渋谷のいつもの居酒屋で。〕とのこと。
……少し遅れるかもしれないな。
しばらく作業。
そろそろ16時半、となったときに水見から電話。
「すみません。笹本さんが遅れるので5時開始ということで、よろしくお願いしますぅ。」とのこと。
……あらら。中北さんと飲めるかな?
17時過ぎ、加藤園コンペ第2回社内ミーティング開始。
出席者は、営業:水見部長、増田副部長、芳田、マーケティング:角山、草野、クリエイティブ:笹本局長、吉川部長、西田、木浦、プロモーション:篠山、メディア:林、原木の12人。
2時間以上かけて、各自が持ち寄ったコンセプトのブレスト。
最終的には3方向で各自持ち帰り再検討。
次回打合せは、明日の18時からに決定。その打合せでマーケから企画書(提案内容)フロー提示。
今回のキーポイントは、新市場開拓を考慮したポジショニング~コンセプト、メディアミックスと決定。
……コンセプトを具現化するのがクリエイティブ。クリエイティブの出来次第だけど、今回のプレゼンの順番は、戦術を先に提案してもいいかもしれない。インパクトのある結論を話して、裏付けを後に話す。という流れはどうかな。
……まぁ、それは、今日の打合せで決めなくてもいいな。
20時半前に打合せ終了、その後、草野と提案内容フローの打ち合わせ。
俺の考えているストーリーを伝えて、明日作業をすることで今日は終了。
21時過ぎ、会社を出て、中北さんへ10分程遅れるとメール。
「いやぁー、中北さん、遅くなってすみません。」
「あぁ、角ちゃん、久しぶり。すまんね。忙しい時に。」
生を追加で注文して、乾杯。
手羽、レバ、月見つくね、めんたいささみ、お好み焼き、わかめサラダなどなどを適当に注文。
「そういえば、現場の営業でなくなったんですよね。どんな仕事しているの?」
「よく聞いてくれた。角ちゃん。今さ営業管理みたいなところにいるけど、もー、暇で暇で。いつもヤフーやtiktokを見ているのよ。2ちゃんねるは見れないけど・・」
「半年ぐらい前でしたっけ?移動したの。他の人も暇してるんですか?」
「部下の女の子とボスの3人しかいないけど、局全体はまーひーだよ。ボスは昼からトランプゲームしてさ。でもだらだら残業していてサ。早く帰る雰囲気ないのよ。」
「昭和の広告代理店だね。」
「ははは、そうそう。うまいこと言うね。20世紀でもなくて、昭和の代理店!資料の紙は多いし、全然ペーパーレスでない。まさに昭和だよ!バブリーじゃないけど・・
前にも話したかもしれないけど、打合せも会議も、ちんたら、ちんたらしていてサ。前、現場にいたときにさ、スタッフ4人で調査票の確認をしていたんだけど、調査票の1行作るのに1時間もかけててさ、もーびっくり!年収600、700万の社員4人で1時間かけて1行、直しているんだよ!俺が社長だったら、鼻血出しながら『頼むから1つのことでそんなに時間かけないでくれ!』ってお願いしちゃうよ!その4人に。
現場だけでなく、上もちんたらでサ。この前、役員会議ってのに出たんだけど・・すごいのよ。社長もいるけど、本とちんたら、ちんたら。していて、会議の目的とゴールが全然共有化されてなくてさ。はぁ~ダメだ、この会社って思ったよ。」
「ちんたら会議は、人の時間を盗むってことだよね。出席者の」
「そうそう、この会社のDNAだね。のほほーんってかんじでサ」
「危機感ないね。おめでたい。業績はいいの?」
「よくないよ!今世紀に入ってずーっと予算未達だよ!」
と中北さんはタバコに火をつけて、焼酎を頼んだ。
「ま、ウチもそんなもんだけど。でも、今、仕事ないのは結構つらいよね。」
「この前もさ、役員会議で会社のスローガンとかミッションの話になってさ、社内に浸透していない云々って話でさ、とある役員が『このスローガンの意味がわからない社員はバカだ!』みたいなことを言ってサ、もうびっくりしたよ。」
「ははは、それは面白い。コミュニケーションを作っている人の言う台詞じゃないね。」
「そうそう、クライアントやクリエイティブが『このコマーシャルが伝わらないのは、視聴者が悪い!』って言っているのと同じことだからね。コミュニケーションが伝わらないのはコミュニケーションを作っているほうのせいなのにねぇ。」
「そのとおり!じゃ、結構、残業減ったんじゃないの?」
「先月の残業なんて月10時間ぐらいだよ。」
「まじ!?前の会社の6分の1じゃん。」
「本と、時間余っちゃてサ。小説でも書こうかな?」
「いいねぇ~。タイトルは『まだある昭和の広告代理店』っていうのはどう?」
「いいねぇ~。それで行こう。
でもサ、早く帰れるから、子供といつも風呂に入れるのよ。これはいいよ。」
「カレンちゃんだっけ?何ヶ月になったの?」
「6ヶ月すぎたよ。歯が生えてきたよ!!!めちゃめちゃ、かわいいよ。寝返りもバンバンするしね。」
「いいじゃん。今は子供とのスキンシップをとる時期なんだよ。仕事よりね。奥さんも助かるでしょう?」
「まぁ、そう考えるようにしているけどね。でも仕事中は本と、夜泣きのせいで寝不足で……寝たいけど、眠れないし、やることないから、眠いし。結構つらいよね。やることなさ過ぎると。」
「解るよ。辛いよね。俺も前に話した例の部長と相変わらずソリが合わなくてなくてさ、今やっているプロジェクトからなんとか外れてもらったよ。」
「相性ってあるよね。俺も今のボスと相性そんなによくなくてさ。ディレクションが下手。だから作業、会議ちんたら、さっきも言ったけど、この会社のDNAだよね。社員全員の血の中にちんたらDNAがあってさ、ふさけるな!ってカンジだよ!!!」
あらら、中北さんテンション上がってきたね。
会社の愚痴や、以前同じ会社にいたときの共通の知人の近況などなどを話しているうちに、ビール3杯飲み終わって、麦焼酎のボトルを開けていた。
う巻きをつまみながら中北さんが呟いた。
「どっか、ないかな?」
「この年になると難しいよね。現場には戻れないの?」
「言えば戻れるかもしれないけど、もうしばらく今のところにいようかと思うこともある。カレンと一緒に風呂に入りたいし、カミさんの手伝いもできるし、ね。」
……本音かな?って思った。納得していない状況で悩んでいるな。頭も少し寂しくなってきたし……
ボトルをしっかり開けて、店をでた。
既に、カンバンになっていて、俺らが最後の客だった。
居酒屋を出て、近くのカウンターバーに腰を落ち着かせた。
中北さんが笑いながら、
「そうそう、この前久しぶりに100切ったよ!」
おっと、いきなりゴルフの話かい。
「へぇ~。すごいね!俺なんかこの半年握ってないよ。今度行こうよ!」
「いいねぇ~。横ちゃんとかを誘おう!」
「行こう、行こう、で思い出したけど、人間ってやりたいことが10あるとして、できることって8ぐらいじゃないかな。例えば月に行きたい、飛行機を操縦したいって思っても実際はできないじゃん。でも、結局、できること8のうち、半分の4しかやってないよね。」
「わかる、わかる。できることなのに、『今はいいや。』『今度やる。』『来年やる。』とか言い訳ばかりでやらない、よくあるよ。」
「俺はやっていること、4でなくて3かもしれない。」
「じゃ、ゴルフは絶対に行こう!」
「了解!」
しばらくゴルフと女の話をして、2時過ぎにお開き。
一般的にサラリーマンの酒のさかなは、20代で女の話、30代で会社の愚痴、40代で健康、50代で退職後の話って言われている。俺らは40前後だけど、何でもありだな。
あ―酔っ払った。中北さんと飲むと深くなるなぁ~。
タクシー捕まえて、3時前に帰宅、そのまま就寝。