Refine(リファイン) Project〜視覚に障がいのある生徒の将来の選択肢を広げるプロジェクト〜活動記録 Vol.2 「暗闇」
視覚に障がいのある生徒たちが、自分の可能性を信じ、夢に向かって羽ばたくために。2024年7月に始動した「Refine(リファイン) Project」は、そんな生徒たちの未来を応援し、将来の選択肢を広げる有志による取り組みです。教員、社会人が生徒たちと共に成長し合うなかで、それぞれの魅力や強みを活かした進学や就職ができるよう、生徒の側からも社会の側からも変容を働きかけていきます。
本プロジェクトを進めていく上で起こる発展や成果を発信する活動記録・第2回では、
・2024年7月、プロジェクトメンバー8名で訪れた「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(東京都港区海岸1-10-45)の旅
・キックオフミーティング(詳細はVol.1に)をうけ、2024年8月に開催されたプロジェクトメンバーによるオンラインミーティング
以上2つについてレポートします。
「純度100%の暗闇」の旅〜ダイアログ・イン・ザ・ダーク〜
JR浜松町駅から徒歩で約6分、ゆりかもめ竹芝駅から徒歩で約3分。
「アトレ竹芝」シアター棟に位置する「ダイアログ・ダイバーシティミュージアム『対話の森』」は、2020年8月にオープン。ハンディキャップ、世代、文化、宗教など世の中の分断しているたくさんのものを、出会いと対話によってつなぎ、ダイバーシティを体感するミュージアムです。
ここでは、
◾ダイアログ・イン・ザ・ダーク/視覚障害者のアテンドによる暗闇の中での対話
◾ダイアログ・イン・サイレンス/聴覚障害者のアテンドによる音声に頼らない対話
◾ダイアログ・ウィズ・タイム/高齢者のアテンドによる世代を超えた対話
3つのダイアログを体験することができます。
いずれもドイツのアンドレアス・ハイネッケ博士により考案されたプロジェクトで、このうち私たちが訪れた「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」は、この中でいちばん歴史が古いもの。本プロジェクトを日本で運営している「一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ」理事であり、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン」ファウンダーの志村真介氏が中心となって、1999年、東京・有明の「東京ビッグサイト」で日本では初めて開催されました。
さかのぼること1993年。志村氏は、日本経済新聞で「ドイツ盲人協会のアンドレアス・ハイネッケ博士のアイディアにより、ウィーンの自然史博物館で開催されている『闇の中の対話』と題する特別展が人気を博している」という記事に感銘を受け、ハイネッケ博士に手紙を書いて会いに行き、日本開催の承諾を受けたそうです。
日本初開催後、10年間短期イベントとして開催。視覚障害者の新しい雇用創出と、だれもが対等に対話できるソーシャルプラットフォームを提供し、2009年には東京・外苑前で常設を開始しました。
暗闇のエキスパートである視覚障害者を案内人に、完全に光を遮断した「純度100%」の暗闇を探検し、声や音、さわり心地など視覚以外のあらゆる感覚と向き合いながら、人と人との関わり、つながりをどう育み、保っていくのかを体感する“真っ暗闇のソーシャル・エンターテインメント”。体験者の総数は、2024年現在、24万人以上にものぼるそうです。
「純度100%の暗闇」の中で「見えてきたもの」
「はじめまして。今日、皆さんのアテンドを担当させていただく『ぐっち』です。これから約90分、皆さんを、暗闇の旅にご案内します。よろしくお願いします」
受け付けを終えた私たちの前に現れたのは、視覚障害者で“暗闇のエキスパート”であるぐっちさん。フランクで明るい口調と佇まいで、旅が始まる前の漠然とした不安や緊張をほぐしてくれます。
自分の身長に合う白杖をそれぞれ選んで一列に並び、ぐっちさんに続いてアプローチを進んでいくと、徐々に光度が落ち、「純度100%の暗闇」の世界へ。
そこには、目を開けても閉じても、どこまでも真っ暗な世界が広がっていました。新月の夜の海に、一人で漂っているかのようでした。
「全盲の人は、24時間この世界で生きている」ということに改めて気づき、胸がズンとしました。
この日の旅のテーマは「能登の夏祭り」。
ぐっちさんのナビゲートのもと、暗闇の中、ニックネームで名前を呼び合ってお互いの存在を確かめたり、手で周りの物や人に触れたり、白杖から伝わる音や感覚でその場の情景を想像したりしながら旅が進んでいきます。
皆で能登の海の波の音を聞いたり、ヨーヨー釣りや輪投げをしたり、能登の特産品を食べたり飲んだりしているうちに、不安や緊張はいつのまにかどこかにふきとんでいました。
「真っ暗闇な中に入るまでは、なんだか不安でした。ところが、仲間の声が聞こえてきたら一気に安心。そうしたら今度は好奇心がわいてきました。
まるで童心に帰ったようにみんなで過ごせたんです。真っ暗闇の中で!本当に楽しかった」と、プロジェクトリーダーの井上さん。
暗闇の中での気づき〜障がいは、多様性のひとつ
ふだんの生活の中ではなかなか出会うことのない、目の見える人と見えない人が暗闇の中で関わりをもつ「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」。
明るいところでは、目が見える人が「助ける人」で、目が見えない人は「助けられる人」と位置づけされがちです。しかし、暗闇の中ではその“立場”が変わり、(目が見えない)アテンドの方たちは「皆に寄り添い、皆と共に考え、皆で旅を楽しむためのナビゲーター」となります。
暗闇の中で視覚以外の感覚を頼りに過ごすうちに、私たちは、日常の固定観念から解放される感覚を味わいました。性別や年齢、社会的な肩書きといったものは、この空間では全く意味をなさなくなり、さらに、健常者だから「助ける」、障害者だから「助けられる」といった通念もふきとびました。お互いがフラットな関係を築きながら、楽しく時間を共有することができました。
個人的に一番驚いたのは、アテンドの方の「感度」です。
旅の途中、5人と3人のグループに分かれてお祭りを楽しむ時間がありました。3人になった私たちのグループに、なおきさんというアテンドの方が加わってくれたのですが、なおきさんは私たちのグループに加わるとすぐに、
「こちらのグループは3人で、女性1人、男性2人ですね」と言ったのです。
まだ誰とも言葉を交わしていないはずなのに、暗闇の中でどうして人数や男女比まで言い当てられるのか。不思議に思い質問を投げかけてみると、なおきさんは「皆さんの囁く声やわずかな気配でわかります」と教えてくれました。
視覚以外の感覚を研ぎ澄ませて相手と関わる能力の高さに、深い感銘を受けました。
90分の旅が終わったあと。
参加メンバー同士の心の距離が、ぐっと近づいていることを実感しました。まさに、本プロジェクトメンバーである私たち一人ひとりの価値観が「Refine」されたひとときとなりました。
プロジェクトメンバーの林 充宏さんは、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の旅の感想を、こう述べています。
「良い意味で、大変ショッキングな体験でした。今まで障がい者のことを多少は理解していたつもりでしたが、単に健常者側から障がい者を表面で捉えていたに過ぎなかった。自ら当事者の気持ちになって捉えることができたのは、非常に有意義でした。また、世の中が複雑化していく中で、『障がいは多様性のひとつ』と捉えると、健常者と障がい者には本質的な違いはないのだと実感しました。これからもさまざまな人とのつながりを大切にし、共生社会の実現に貢献したいと思っています」
オンラインミーティング〜視覚に障がいのある生徒の将来に必要な支援は何か
2024年8月13日。
7月に行われたキックオフミーティングをうけ、プロジェクトメンバーによるオンラインミーティングを開催しました。
テーマは、3つです。
以下、メンバーから出た気づきや意見の一部をテーマごとに列記します。
1 筑波大学附属視覚特別支援学校で先生方、卒業生へのヒアリングや対話を通しての気づき
・ 「卒業生で現在ICU(国際基督教大学)3年生の坂本奈々美さんのお話は、構造化していてとてもわかりやすかった。学校、先生方が、個々人が受け取る情報の違いを理解し工夫を凝らしながら、生徒一人ひとりの認知に変えていくプロセスに興味を持った。視覚特別支援学校ならではの教育に、プロフェッショナルさを感じた」
・ 「坂本さんの、『通常の学校で障害の有無に関わらず皆がまざりあって学ぶよりも、視覚特別支援学校で専門性が高い先生たちにエンパワーメントしていただいたことにメリットを感じています』という当時者としての率直な意見に、正直ショックを受けた。インクルーシブの勉強をしている最中で、自分とは違う人の存在を小さな頃から知らないことが分断を招いていると思っていたが、現実は異なるのだと。一方で、これからの社会はどうなっていくといいのか?というレイヤーでの話もしていかないと、次のステップに行けないのではないか。分断を招かない将来を描き、プロジェクトを進めていけたらいいのではないか」
・ 「企業人事部の方の、『当事者も情報をとっていくのが大切』という言葉を、学校内でも話し合った。『情報』が、生徒の武器のひとつになるのではないか」
2 分断された教育環境で育った生徒が社会に混ざっていくタイミングで、必要な支援とは何か
・ 「社会の中に出て生きていくということは、他者に対して価値を提供し、お金をもらう必要があることを意味する。障がいが不利にならない仕事や、むしろ武器になる仕事や分野とは何か?その仕事を少しでも多く作っていくのが大切なのではないか。すでに活躍しているロールモデルの存在を知り、学ぶことも大切」
・「DXが進んで社会構造が変わり、現在、民間企業では、汎用スキルも大切だが専門性と細分化がより求められている。一般ビジネスパーソンもこれから求められるこれらの能力について、障がいのある人が価値提供できる可能性が高まっているのではないか。汎用スキルをどう身につけ、個性をどう尊重するのか。ここに活路がありそう」
・ 「健常者と同様に、障がいのある生徒にとって大切なのが、自己肯定感。生徒さんたちに自分の存在価値を認識し、自信をもってもらうためには何ができるのか」
3 視覚に障がいのある生徒の現状とビジョンについて
・「障がいのある生徒に対する分断や配慮に、本当に科学的根拠があるのかについてきちんと検証する必要性を感じた。『なんとなく』の排除が多いのではないか」
・「障害者の問題というより、我々がこの100年受けてきた教育に問題がある。
間違ったスパルタ教育など、その根っこを少しでも外していかないといけない。
一人一人を承認し、『あなたにはあなたの生き方があるんだ』と人権をベースとした教育に変えないと、根本解決にはつながらないのではないか。とはいえ、そのような理想的な世界はすぐには変わらないので、対処療法と根本解決の両方向から見ていかなくてはいけない」
・ 「視覚障害はそれぞれ程度が違うが、視覚障害というだけで大きな括りで捉えられ、大学や企業から支援を断られることがある。一人一人を理解し、その人の可能性を具体的にていねいに分解して考えてもらう必要がある」
これらを受け、今後、
などのアプローチができるのではないか・・という結びで、ミーティングが終了しました。
視覚に障がいのある生徒の将来の選択肢を広げるRefine(リファイン) Project。
これからも、より多くの関係者の意見を聞き、学び、多角的な視点からプロジェクトを進めていきます。
次回は、筑波大学附属視覚特別支援学校で行われている教育の真髄と、そこで学ぶ生徒さんの今についてレポートします。
どうぞお楽しみに!
(構成、文・長島ともこ)