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北野武監督『Broken Rage』笑った。まだ挑戦しようとしてる!/真野愛子
北野武監督の最新作『Broken Rage』をAmazonプライムで観ました。
4回ほど腹から笑いました。
わたしは北野映画をすべて観ていますので、「わたしの好きな北野映画ベスト3」を以下の記事で紹介しています。
よかったらご覧ください。
『Broken Rage』は全体が約60分で、前半をシリアスなヤクザアクションとして、後半をセルフパロディのコメディとして描いた2部構成の作品です。
かなりの実験作です。
そしてAmazonプライム用に制作されているので、自由な部分と飲まざるを得ない条件の部分で折り合いをつけるのがこれまでとは違っただろうと勝手に想像しています。
けど、北野監督がアイデアで困ることはなさそうなので、そういうところはサラリと乗り切り、結果こういった実験作になったのかなとこれまた想像しているのです。
ですから、本作に対するネットのレビューで厳しい声も聞かれますが(それはそれで共感できるものも大いにありましたけど)、どうやら『Broken Rage』を次のきっかけにしてるっぽいなと感じました。
(※以下、ネタバレはありませんが、観ていないとわからないこともそれなりに言いますので、そのつもりで読んでくださるとうれしいです)
わたしにとって、たけしさんはお笑い芸人というより映画監督で、独自の映像表現で既成にカウンターをくらわす人です。
とにかく、映画『あの夏、いちばん静かな海。』(1991年)が大好きで、「なんて天才なの!」と虜になったわたしはそれからビートたけしさんの昔の映像をYouTubeで見まくりました。
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このワケのわからなさ。ワケがわかりません。
北野映画が世界でファンを魅了しているひとつに、この“ワケのわからなさ”があると思っています。
たけしさんは元々こんなことをしていた人です。
人気バラエティー『お笑いウルトラクイズ』(1992年)で芸人さんたちをバスに閉じ込めて海に沈めていました。
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その後、映画監督として撮ったのがこちら。映画『ソナチネ』(1993年)から。
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このシーン、とても恐ろしいんだけど、どこか笑っちゃいます。
『お笑いウルトラクイズ』を知らない海外の人からしたら「ナニコレ!? めっちゃゾクゾクするやん!!」とワケのわからない感覚にコーフンを覚えることでしょう。
きっと漂う滑稽さは薄まっているものの伝わってはいるはず。
こんな感覚に陥れる監督は珍しいと思います。
これ、画像はボヤケていますが、『お笑いウルトラクイズ』の「地獄のマラソンだじゃれクイズ」のワンシーンです。
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ほぼ同時期に映画監督として撮ったのがこちら。『あの夏、いちばん静かな海。』から。
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このシーン、アンラッキーでこうなっちゃうんですが、どこか間抜けな感じがしてそれがまた「ナニコレ!? めっちゃ愛しいやん!!」となるのです。
やはり『お笑いウルトラクイズ』を知らない海外の人からしたら不思議な感覚にさせられるのではないでしょうか。
たけしさんが世に出た80年代や芸人として活躍しまくっていた90年代は、バラエティーがハチャメチャでパロディー笑いが全盛期でした。
そもそも、タケちゃんマンも正義のヒーローのパロディーだとか。
『お笑いウルトラクイズ』も『アメリカ横断ウルトラクイズ』のそれで。
つまり『Broken Rage』で言うところの前半をAパート、後半をBパートとするなら、北野武さんのキャリアは、
Bパート → Aパート
へ変化してきた人です。
だから、あんな不可思議な魅力の映画が撮れたんだと思います。
そして今回はさらに一周まわって、
Aパート → Bパート
へ正面から挑んでいます。
が、それは80年90年代のバラエティーのパロディーと同じであってはならない。
と、ご本人は思っているはず。
しかも前述の通り、北野映画はシリアスでもどこかに笑いが漂っており、今回もAパートですでに笑っちゃうシーンが何ヶ所かにあるのです。
錦鯉の長谷川雅紀さんの登場なんて、日本人のわたしは吹きました(笑)。
それでも、
Aパート → Bパート
に挑むわけです(Bパートのギャグは尻上がりによくなっているように思えました)。
まだまだ自分に課題を課していて正直たまげましたね。
とにかく変わり続ける。
スゲー。
北野監督、78歳。本作で何かをつかんで80代になっても新作を世に送り出してほしいです。
最新作『Broken Rage』はAmazonプライムで配信中です。
約60分の作品なのでサクッと鑑賞できます。
よかったらぜひ!
【真野愛子 プロフィール】
フリーライター。『アンポータリズム』などにコラム掲載。超インドアですが、運動神経はよい方だと思っている20代。猫とバイクが好き。将来の夢はお嫁さんw
ここからは余談です
ちょっと話が変わるのですが、黒澤明監督の名作『羅生門』(1950年)は、芥川龍之介の小説『藪の中』を原作とし、タイトルや設定は芥川の短編小説『羅生門』が元になっています。
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芥川の原作がそうなのですが、映画で描かれているのは、ある武士の殺害事件の目撃者や関係者がそれぞれ食い違った証言をし、それぞれの視点から同じ出来事を重ねていく物語です。
黒澤監督はユーモアを解する方ですが、ギャグを得意とする作風ではないので、小説『藪の中』をあんなふうに見事に映画『羅生門』にしちゃうわけですけど――
ギャグ志向の人間からすると、これ、セルフパロディーものだという理解もできなくはないこともないわけではないですよね(ん?)。
というか、パロディーしたい欲がムクムクともたげてくる作品ですが……
まぁ、日本が誇る黒澤監督の名作をそんなことしちゃダメなのでここで話題を変えます(笑)。
ここからは余談パート2です
山中瑶子監督の映画『ナミビアの砂漠』(2024年)を配信で観ました。
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視聴に忍耐を強いられる作品でしたが、最後まで観てわたしは面白かったです。
主演の河合優実さんがとても力強い。
忍耐を強いられるので、エンドまで到達すると安堵も手伝って満足する心理を利用しているとも言えますが、山中監督が素晴らしいのは映画の観客を信じているところだと思いました。
ちゃんと観てくれるはずだと。
山中監督、27歳。透き通っています。
一方、北野武監督の『Broken Rage』はAmazonプライムで配信されるものなのでそうはいきません。
寝転びながら見る人もいると想定してつくっているのがわかります。
現代のわたしたちは事前のレビューに毒され、デジタルやネット環境に毒され、効率化に毒されています。
結果、去年より面倒くさがりになってるはず。あなたも、わたしも。
そんな中で映像作品を生み出していくのは、なかなかのジレンマでしょう。
もしかしたら映像を楽しむうえで大事なのは、クリエーターが試行錯誤することより、わたしたち観客が変わることで、その方が手っ取り早いのかも。そんなことを思ったりもしました。
が、それでも本物たちは、わたしのような安易なことは考えずに挑む方を選ぶわけです————これは大変ですよねぇ。