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【二十四節気短編・白露】 残暑の陽炎

俺-1 紹介 


 彼女と会ったきっかけは取材だった。
 取材と言えば雑誌記者のように聞こえは良く意味のある記事となる印象だが、俺がしようとしているのはそんなしっかりした理由ではない。
 俺は趣味で書いているネット小説のネタ欲しさに友人のコウジに頼み、ネタとなりそうな情報を持っている彼女を紹介してもらったにすぎない。

 今まではどこにでもありそうな恋愛話や友人関係のいざこざをベースに、フィクションを組み立てて短編小説を投稿していった。
 元々小説を読むのは好きな方だし、習慣づいた投稿のお陰で文章力はそこそこついたと思える。だからといって、芥川賞や直木賞、ノーベル文学賞を受賞した小説家のような文章力に至っていないと、自己判断だが分かる。

 今回、コウジに紹介してもらった女・柏木カナメの話は、ありきたりな恋愛話だと思っていた。そう思えたのは『コウジの知人』という点と、紹介の語彙力が影響している。

「そいつ、なんかスゲー恋愛したみたいで、なんかヤベェ、ずっとヤベェんだぞ」

 とりあえず、”普通でベタな恋愛をしていない”というのは分かるが、何がどう凄く、何がどうヤバいのかが分からない。
 壊滅的な語彙力での紹介だから、ギャルか素行の悪い女を紹介されると思い、質問も少なめに、すぐ帰宅しようと密かに計画した。

 そんな考えも、彼女を見て変わった。

カナメ-1 出会い


 初めまして柏木カナメです。コウジ君の同級ですが……あ、貴方も同い年ですか。
 それで、私の恋愛話を聞きたいとコウジ君から聞かされてるのですけど……、多分あの話ですね。私が恋愛をしたのは、後にも先にもその一度だけですので。

 話を聞きたい理由はコウジ君から聞いてます。正直、凄いと思いました。私は小説なんて書けないし、よく話が浮かぶなぁと思いますし、よくあのように文章が出てくるのか不思議でなりません。
 けど、宜しいのでしょうか……、私の話は恋愛ですが、ちょっと奇妙な話しです。……ホラー……ではないですが、ミステリーっぽくもあります。それでも宜しいですか?

 ……………では、お話しします。

 あの人、サトキとの出会いはいわゆるナンパです。
 九月上旬ごろ……だったと思います。あの時期では珍しく雨が続いてた筈ですから、蒸し暑くはありましたが気候としては夏の終わりの様な感じでした。
 その時期、丁度父が足を怪我してしまったので大学までバスに乗って登下校してました。その帰りのバス停でサトキが現れたの。

 突然笑顔で現れたから変質者だと思って警戒してたんですけど、妙に愛らしさを抱かせる笑顔でしたから、なぜか不思議と話は聞こうと思ったんです。
 先に自己紹介を彼がしてくれて、
「お友達からでいいので、付き合ってください」
 なんて、ベタな告白をされたの。それで、慌てて何かを思い出したように補足説明。私の友達の友達ですって。
 一応その場で確かめてみて、本当だったから素直に信じて……。まるでB級恋愛ドラマみたいな展開で、今思い出してもビックリ。
 と、まあ、出会いはそんな感じで、友達から始まったけど、ものの三日で恋人同士になりました。

俺-2 ミステリアス


 柏木カナメは普通ではない。それが話の中盤までで抱いた感想だ。
 ただ単に“普通ではない”でまとめると、俺も語彙壊滅組、類は友を呼ぶの法則にハマってしまう。つまり、コウジと同類になってしまう。……そうならない為に、しっかりした説明は必要だ。
 普通ではないというのは短絡的かもしれない。だが、不思議や奇妙な印象といった言葉に縋ってしまうのが悲しい現実である。

 まず見た目の印象が一番強い。
 初見の印象は格別美人でも可愛くも無く、極々普通の女であり、態度としてはもっとタメ口で話をするのだと思ったが、終始丁寧な口調。また、丁寧な説明だったのだが、時折一人語りに陥いり、印象が変わる、と言えば語弊がありそうだが、そのような口調に変わった。

 この独特な説明で和服の似合う美女であるなら、俺は話に出て来たサトキのように突然の告白をするだろう。それ程ミステリアスで妖美な印象を抱いてしまった。
 不思議ついでだが……いや、これは俺の見間違いか日ごろの仕事の疲れが出たのだろうか……。俺は彼女が時々、若干だが、揺らいで見えたのだ。それこそ、彼女の話にあったカゲロウのように。
 カゲロウ。昆虫のカゲロウではなく、炎天下に起きる、遠くの光景が揺らめいて見える現象の陽炎だ。

カナメ-2 陽炎


 サトキとの恋愛生活はとても楽しかったわ。
 友達同士って時は買い物程度だったけど、本格的に恋人同士ってなると、買い物に行ったり映画や水族館やライブとか。幸い、酷暑ではなかったから熱中症を気にしすぎなくて済みましたよ。あ、あと海も楽しかったわね。

 と、そんな恋愛映画でいう所の回想シーンである楽しい恋人同士のような関係を培ってきたわ。もう一度言うけど、一生涯において、サトキといた時間が一番楽しい時だった……。

 こうやって思い出すと本当に不思議です。出会って数日で恋人同士、そして一生分の楽しい思い出を作ったような日々だけど、その時点ではまだ九月の半ば過ぎです。
 え、学校? ……ええ。生まれて初めての、時間を忘れてしまう恋だったから大学は行ってないです。遊び惚けてたと言われればその通り。
 けど、思い返せば遊び惚けでもありますが、恋愛に酔いしれ溺れていたのかもしれません。普通でない。とても微睡まどろんでいるけど、楽園でのひと時。そんな感じです。

 一通り遊ぶ日々を過ごすと、当然、男と女ですから……少し恥ずかしいですが、サトキと肉体面でも関係を……結びました。
 私、初めてだったから、こういった話は高校で済ませている友達との会話で、恥ずかしいのは最初だけと言われて。本当かな? と疑いすらしてました。だって、その友達は男友達が多かったから、失礼だけど、そういった羞恥心があったのかなぁって……。

 そんな話はさておき、彼との関係を持つ日々はとても充実してました。もう、あらゆる関係を結んだ、若い内にする事を半月以内に凝縮して済ませたような日々です。
 ……そうね……たった半月、いや、二週間程だったんですよ……。
 けど、なんでこうなったんでしょうね……。あの、変わった日に私が見たアレに何か関係してるのかと思うと、どうにもやるせない思いです。

 え? ああ、ごめんなさい。ついつい思い出に浸ってしまって。アレとは陽炎です。そう、炎天下により遠くが揺らめくアレです。

俺-3 考察


 聞けば聞くほど奇妙としか言えなかった。コウジがどう思って聞いたのだろうかと思えるくらいの不思議体験だ。確かに説明できず、やべぇやべぇと連呼するのはこの事だろう。

 柏木カナメには何かが憑いている。そう考えても申し分ないと思われた。そう断定出来たのは、やはり一番は彼女の雰囲気の変化だ。
 どことなく口調が変わったと思われた時、人相が変わる。その言葉が適しているだろう。まあ何より、こうも堂々と目の前で人相が変わる人間を見たのは初めてだった。

 失言で逆鱗に触れ、怒りで形相が変わる女とは訳が違う。哀愁に浸る印象とも違う。話しの内容はそちら側へと向かうのだが、そういった切ない表情ではない。俺も人相の知識があるわけではないのだが、確かにあれは人相が変わっていた。
 例えるなら、人間Aが人間Bに寄る顔つきと言えば分かりやすいだろうか……。顔立ちが似ている人間同士が入れ替わったような。それ位に柏木カナメは顔が変わったのだ。相変わらず揺らめきは続くが。

 彼女がサトキとの濃密な恋愛、長期間で培う互いの関係性を約二週間に凝縮した恋愛話だが、その点で言わせてもらえば目新しいものではない。こんな恋愛をする奴もいれば、恋愛に没頭すると周りが見えないと言われる現象が起きたのかもしれない。そんな熱い恋愛をしたことが無い俺には分からない世界だからこれ以上深堀は出来ないのだが。

 この話が奇妙と位置付け出来るのは九月の終わり。気候も暑さが和らいで秋の匂いがしだした頃であった。

カナメ-3 誰?


 あれは九月の二十二日。ゾロ目の日って、何故か覚えてました。けど不思議な日。
 前日は少し肌寒くあった温かい気候で、夜には虫の音と秋の匂いがする風が吹いてたのよ。
 分かりますよね。冬から春だと花の匂いのような淡い香り。夏も、スーッと鼻腔を通る、夏の印象が脳裏に描かれる香り。
 秋もスーッと流れるけど、清々しい印象で、金木犀とかの匂いがあればそれを例えに使えるのですけど、そうじゃない、説明に難しい香り。

 ごめんなさい。私、作家さんとかじゃないから、そんな漠然とした表現しか出来なくて。
 とにかく、秋の匂いがしたんです。けど九月二十二日は真夏に突然戻ったような日でした。天気予報でもあそこまで気候変化が起きるなんて言ってなかったから、二十二日って覚えれたのも気候変化の印象が強かったからなのかも……。

 あの日、サトキが「話がある」と電話で言って来たから待ち合わせ場所の海へ行ったの。そしたら、丁度風が吹いてて、暑かったけど気持ちのいい日だった。

 海に着いたら先にサトキが浜辺にいました。
 私、てっきり告白されるものだとばかり思って、胸をときめかせながら彼の元へ向かったわ。そしたら、彼のいる所まで後少しってところでそれは起きたの。

 サトキの足元から陽炎が起きて、彼を包みこんだ。

 何が何だか分からなかったけど、立ち止まってジッと見てた。いえ、違う。ジッと見る事しか出来なかった・・・・・が正解かも。

 近づけなかった。
 声もかけれなかった。
 思考も働かなかった。
 文字通り何も出来なかったのよ。

 今思い出しても、“私は見ていた”って表現が正しいかどうかが分からない。はっきりと覚えているけど、それが”100%本当に立って見ていたか?”って訊かれでもしたら、断言できない。何もかもが曖昧な状態だった。

 矛盾してるでしょ? サトキが陽炎に包まれるのを見てて、印象に残ったって言ってるのに、その記憶が確かどうかが分からないって。

 ……それからサトキは陽炎に包まれて消えた。何を話したかったのか分からないけど、彼とはそんな形で別れたの。
 けど、この後も不思議な事はあったわ。あー、不思議な事というより記憶かな?
 サトキとの思い出ははっきり覚えてるから夢じゃない本当の事って断言できる。だって、今でもはっきりと彼がいた感覚が残ってるし、彼の温もりも覚えてる。声も、顔も、呼吸も、何もかも。
 不思議な記憶は、あの楽しい思い出を過ごした風景すべてに陽炎が漂ってるって事よ。
 まるで消えない。思い出そうとすればするほど色々な風景を揺らめかせる。
 記憶が消えてしまうものとも思ったけど、けして消えなくて、ずっと揺らめかせるの。
 ……以上で私とサトキの不思議な恋愛は終わりよ。ご清聴ありがとう。



 ……………………あ、コウジ君のお友達? 私、柏木カナメ。

俺-4 憑いた謎


 アレは誰だったのだろう。
 陽炎に消えた恋人の事を話していた女は柏木カナメであって彼女ではない。俺が抱いた、人相が違うというのはこう言う事だったのかと合点がいく。

 “柏木カナメは何かに憑かれている”

 幽霊といった類ではないのだろうが、人外の存在と言えるだろう。
 本物の柏木カナメも、どこか受け入れている様子で、俺が今までの経緯を話すと彼女自身も説明中の記憶が無くなる、と言っているが雰囲気から受け入れていると分かる。

 本当の柏木カナメにサトキなる人物の事を聞くも、確かに好きだったが、気が変になるほど入れ込んだ記憶は無く、思い出もあまり無いらしい。

 この話はかなり謎しか残らない。小説のネタとしては十分すぎる話であり、そのまま書きたいがどう考えてもフィクションだ。一応は書かせてもらうが、色々と脚色やら改変やらで物語を纏めていかなければならない。
 コウジには感謝しよう。確かにすげぇやべぇ話だった。これを広めたら彼女の周りに大勢の物好きが集まるだろうから、そうしなかったコウジの弁えて秘密を貫いた礼儀は褒めるべき所だろう。


 ……けど、本当に彼女とサトキは何者なのだろう。

 帰路の途中、サトキと呼ばれる田舎くさい童顔の青年と若い女がイチャイチャしていたのを見たが、もしかすると彼が…………。
 だとしたら目的はなんだ?
 女性との恋愛を楽しみ、肉体関係を持ち、子は作らず消える。
 どういった存在だ? 
 謎しか残らない。

 ……謎と言えば、あの話以降、どうしてあの時の事を思い出そうとすると風景は揺らめいているイメージなのだろう?
 誰かに話そうとすると、正確に話せなくなるのは何故だ?
 もう一人の柏木カナメの顔が思い出せなくなるのは何故だ?


 コウジの言っていた『やべぇ』とは、本当はもっと別に…………。

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