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【二十四節気短編・大暑】夏の初めのSSW決定戦

1 開幕


 二✕✕✕年七月二十日、第五回SSW決定戦が開幕した。
 SSWとは、『Summer Story Virtual Vision』の略称だが、Vを連続してつなげる意味でWとなっている。
 Virtual visionとは、人の想像力と脳波が【W-computer】と呼ばれるこの大会用に作られたスーパーコンピューターが映し出す仮想空間の総称。
 W-computerはスーパーコンピューターなのだが、メインコンピュータールームに設置された機械ではなく、野球球場程の広さを誇る会場そのものがメインコンピューターと言い換えてもいい巨大なコンピューターである。
 W-computer内で特定の装置を付けた者が、この中で想像する事により仮想世界に光景が作り上げられ映し出される。

 大会参加資格の審査は二回。一回目はVirtual visionの数値で映像可能かを査定される。
 想像中に邪推が入り、大会テーマにそぐわない風景が映し出した者は、どれ程優秀な風景を描いていようと失格扱いになる。この第一審査を通過する事がかなり困難であり、イマジネーション訓練をした者や、勝負風景を日々の生活圏内で見て感じている者、さらには想像力が強いかなり一途な者など、”脳内想像”に関する力が尋常ではない猛者が生き残る。

 大半の参加者を振るい落とした第一審査を通過した者達を次に待ち構えるのは、”審査員に響くかどうか”である。
 Virtual vision数値が規定値を超えていても、観戦客や視聴者などの人間が観て『テーマに会っていないのでは?』と、炎上騒ぎを引き起こさないためのチェックを踏まえ、決勝進出の判断が下される。
 本会場では機材の影響により映像可能人数が八人と制限されている。前回大会までは六人だったが、W-computerの性能向上により人数が増えた。
 しかし人数が増えたとて、審査員は毎年悩みに悩み決勝進出者を選ぶ。
 また、参加者は難関である第一審査を通過しての最終審査に緊張が中々治まらないので、中には頭を痛めて途中退場する者も現れる始末だ。

 大会が始まるまでは、参加者も運営側も苦難の数か月を過ごすことになる。
 さておき、今年も無事に大会が開幕となった。


『さあ始まりましたSSW決定戦。今宵はどのようなヴィジョンが皆様の心を引き付けるのでしょうか』
 司会アナウンサーは、今年一番人気の高い男性アナ・川島と、女性司会者枠として、上半期人気絶頂の女優・笹川である。
『さて笹川さん。今回からSSW決定戦は参加人数が増えましたよね』
 笹川の笑顔は、本大会がすごく好きすぎる思いと、初司会の緊張と興奮、それらも含めて必死に抑えつつ作り上げたプロ根性である。
『はい! 前回まではvirtual visionの性能上、最終参加者人数が六人まででした。しかし、技術面の向上により、今大会から八人! なんと八人まで増えました!』
 まるで通信販売の宣伝のように視聴者と参加者へ訴えている。観客と視聴者は知らないが、彼女は司会の練習を影で猛練習していた。

 性能面の向上を、解説席に座っている専門家が説明し、特別席に座る著名人に本大会に向けての意見を司会者は訊いていく。いつもの流れが一区切りつくと、川島と笹川はカメラ目線で構えた。

『さあ、それではもう間もなく、本大会一人目のvirtual visionが開始されます』
『夏の始まりを告げるSSW決定戦。もう間もなく開始ですよ皆さん!』

 司会者の興奮もさることながら、参加者の興奮も高まっていた。

2 青春夏物語


 そこは夏の浜辺。
 真夏の日差しが強く照り付けるが、水着にTシャツ姿の高校生の男女は波打ち際で水を掛け合って暑さなど気にしていない。
 二人の楽しく青春を謳歌する光景はこれだけではなかった。

 学校で授業中に居眠りする男子。
 吹奏楽部の練習をする女子。
 友達と駄菓子屋でアイスを買って食べながら帰る姿。
 浴衣姿の数人の女子と半そで半パンの男子たちが揃って夏祭りで楽しむ姿。
 真剣に告白する友達を草むらの影で覗き見る。

 仲の良い男女の高校生たちが織り成す夏の青春群像劇。

 波打ち際で楽しんだ二人は砂浜に倒れ、夕陽が照らす海を眺めていた。
 茜色の光、海面の揺らめきと押し寄せる波により、キラキラと輝きが優美である。

「あと半年で卒業かぁ……実感湧かねぇな」
「うん。どうなるんだろうね私達。……大学行って、就職して……口で言うと簡単だけど、その時々で色々あるんだろうねぇ」
 男は勇気を振り絞った。
「……あ、あのさぁ」
 女は男の言葉を待たずに立ち上がり、海原へ向かって叫んだ。
「絶対スポーツ選手と結婚してやるぅぅ!!」
 哀しいかな、男はプロポーズする前にあえなく撃沈した。
「ねぇ、叫ぼうよ! スッキリするよ」

 失恋した。しかし気分は悪くない。
 男は女の隣に並んで将来自分がなりたい事などを叫んだ。

 楽しそうに二人が叫び合うシーンがゆっくりと光に包まれるように消えて映像は終了し、会場から拍手が沸き起こった。

『素晴らしい青春群像劇でしたねぇ笹川さん』
『はい。今ではドラマでもなかなか見ないような、1980年代から90年代を彷彿させるような昔ながらの学生青春夏物語。私はこういうの大好きです』
 歓喜の笑顔で感想を述べられる。

 ここ数年、温暖化による夏の酷暑も緩やかに治まりだしてはいるものの、夏は油断すると熱中症で病院へ搬送される事態は例年続いている。
 今、流された光景通りの高校生活を送ると、あらゆる部分で倒れてしまう危険が高い日本の夏だが、昔の映画やドラマでこういった青春を送りたいと切望する若者は少なくない。

 司会の二人が感想と、集計得点データの現状を報告すると、今までのSSWの傾向と照らし合わせる解説をした。
 タイトル『懐かしの夏物語』は六人目である。先の五名は、面白おかしい学校の怪談、に始まり、少年少女の夏の不思議体験、神社と寺で起きた怪談話、昔流行った夏歌を熱唱して歌手の思う夏の風景プロモーション仕立て、五名の吹奏楽演奏と夏風景、である。

『傾向といたしましてはホラー関連が多いように見えますねぇ。それに昔ながらのものが多いと』川島が言う。
『私もお父さんが90年代から2010年代までの夏映画とか好きで一緒に観てました。その映画も昔ながらの時代を舞台にしたのが多くて、私も本っ当に大好きです。川島さんはこういった夏はお好きですか?』
『私は観るのは好きですけど、あまり外に出たくない派ですねぇ。暑いのは苦手でして』
 雑談をしている間に、次の準備が整ったとされている。
『さて、次の参加者の準備が出来ました』
『では本大会、7番目の出場者は音楽とダンスによる夏の表現になります。タイトルは『情熱の夏』』

 会場が暗くなった。

3 情熱の夏


 初めに会場に響いたのは太鼓の音だった。
 リズミカルに響くと、やがてステージ上に現れた赤を基調とした衣装を纏う女性が踊り始めた。すると、今度はボンゴを数人が叩き、小太鼓など太鼓類が続くとギター奏者数人、バイオリン奏者数人と続く。
 アップテンポで力強い演奏、激しく踊り続けるダンサー。会場の映像も、日光照り付ける砂浜の舞台から、炎に囲まれたどこかの荒野、ファンタジー小説に登場しそうな不思議な形状の生き物たちが踊る森の風景など。音楽の緩急や区切りで印象の切り替えに合わせて風景も見合ったものへと変化する。

 もう、音楽、映像、ダンスと全てが目まぐるしくも観る者達を魅了して止まず、心奪われつつまだ見続けたいと思わせる夢の様な光景。
 太鼓の音が激しさを増し、弦楽器も会わせてリズムに凄みが増す。踊りも最高潮に達し、大音が響いて一瞬にして止む。

 熱気が沈むかの如く映像の鎮静して辺りが暗くなると、拍手が沸き起こった。先の参加者たちよりもかなり拍手の音が大きく、口笛まで響く。

『いやぁぁ凄い! 圧巻とはまさにこの事と言わんばかりの舞台でした』
『あまりに迫力がありすぎて涙が出てしまいました』
 笹川がハンカチで涙を拭っていると、川島が感想を続けた。
『笹川さんすごいですよ。今回のチーム・煌舞きらめきまいの皆様、本業とは別に本大会の為に一年かけて入念に練習に励んできたそうです』
『もう、入れ込み具合が巨匠の域と言わんばかりです。私も表現者として一つ一つの作品に魂を込めて入り込まないといけないと、感化されてしまいました』

 次々投稿される感想コメント、上がり続ける評価値を見て、二人は興奮が治まらない。

『いや~、これは凄い、凄すぎです。これは……次の参加者へのプレッシャーが尋常ではありませんよ』
 そして次の参加者リストを見るや、川島はスタッフに意見を求めに向かった。
 あまりの展開に驚きを隠せない笹川は、動揺しつつも司会を続け、暫くして川島が戻ると安堵した。

『突然の事でお見苦しい所をお見せしました。えー、実はですね。次の参加者の方のご年齢を拝見いたしましたところ、気分や体調のほうが心配になりまして、無事に出来るかをスタッフに確認をお願いしてまいりました』
 笹川も次の参加者リストを見ると表情に若干の不安の色が滲んだ。
『それで……どうでしょうか』
『えー、参加者の方に確認を取りましたところ……続ける方向で話が進みました』
『――ええ!? それは……大会側の……』
 主催者側の意志かと確認を濁らせつつ訊く。
『いえ、参加者の闘志に火が付いたみたいで、かなりやる気満々だそうです』
 笹川は拍手して驚いた。
『大会の締め括りとなる最後です。どのような演出が観れるのかがとても楽しみです』
『さあ、会場の盛り上がりも治まりません。熱気は凄いですが、いよいよ最後になります。では、本大会最後の出場者です! タイトル『日本の夏』』

 会場が暗くなった。

4 日本の夏


 舞台の中心に設置されたのは調理台に包丁とまな板、その上に見事な仕上がりのスイカが置いてあり、スポットライトが当てられている。
 観客はこれから何が起こるのか分からないまでも、”スイカ・夏”から、浜辺でのスイカ割りを連想してしまい、期待は多少下がってしまう。そんな中、ゆっくりと老婆が調理台へ歩いて向かい、包丁を取ると、徐にスイカを切った。

 『スイカ割り』ではなく、老婆がスイカを切る姿を見て、いよいよ会場中の熱気も冷めていく。
 スイカをくし形に切り終え、近くの皿へ乗せた老婆は、前を向いて一言叫んだ。

「みんなー、スイカ切れたよ~!」

 途端、老婆を中心に昔ながらの日本家屋の光景、『夏の田舎』と題することが出来る自然の風景が広がった。尚、老婆は台所から窓越しに外を眺め、蝉取りを楽しんでいる二人の男児と、近くの畑で仕事している老爺に声を掛けている様子であった。

 会場の沈黙は、先程の音楽とダンスの熱気を冷まされた事で静まっているのではなく、今やどこを探しても見つける事が難しい、時代が昭和か平成初期あたりの、『日本の夏の風景』に見入ってしまって静まり返っている。

 縁側で年齢は五歳と三歳と思われる男児、それと老爺がスイカの種を庭先へ飛ばして競い合っている和気藹々とした光景。
 蝉の騒音、綺麗に咲き並ぶひまわり、入道雲と青空。
 何処からか、静かに夏の童謡のメロディーが流れ、会場の光景が田舎町の姿だけではなく、田舎の風景を次々に見せた。

 苗が育ちつつある田んぼ、農作業に励む百姓、女子生徒を荷台に乗せて二人乗りする高校生。
 場面は木造校舎の高校へと切り替わる。
 グラウンドで練習に励む生徒達、屋内では吹奏楽や演劇の稽古、図書室で扇風機の風に当たりながら勉強する生徒。
 さらに場面は自然の風景へ。
 蝉、カブトムシ、ギンヤンマ。
 アキアカネ、ヒグラシ、ゲンジボタル。
 夏の昼から夕方、夜にかけて見れる虫たちの光景が繰り広げられる。

 またも場面は初めの日本家屋の庭先へ。
 蚊取り線香、風鈴の音、動いている扇風機に向かって「あー」と声を掛けて遊ぶ子供達。
 仕事帰りの父と母らしき者達も混ざり、居間で素麵を食べている風景。
 風呂上り、袢纏はんてん姿の老爺、父、子供達が庭先で花火をしている。ふと三歳の男児が空を見上げると、夜空に星が散りばめられている。

 星空が映し出されると、余韻を残しつつも光景は消えていき、会場は真っ暗に戻る。


 再び会場にスポットライトが当てられると、老婆が一礼して終了の意を示した。
 会場から拍手喝采。立ち上がる客からのスタンディングオベーション。涙を流す者達も相次ぐ。

「素晴らしい!」
「本当に良かったぁぁ!」
「アンコール! アンコール!」
 日本人の昔では当たり前であった夏の風景が、人々の心に染みわたる。
 もう、今回の優勝者が誰かを示している。もう、審査も採点もいらない。それ程に、勝者は明白である。

『優勝は、佐伯文香さんでぇぇす!』

 優勝トロフィーを受け取った老婆は、スイカを切る前より若く見えた。

5 夏休み始まりの朝


 七月二十四日午前七時。
 佐伯龍一は祖母の文香が、近未来型の大会に出場して優勝する夢を見て目覚めた。

 龍一は幼い時から夏は『猛暑だ酷暑だ』と騒がれ、夢の様な田舎生活を送った事は一度も無い。内心でそういった時を過ごしたいと願う思いはあるも、大学二年生で今の生活に必死な龍一にはどうすることも出来ない。

 部屋の暑さに嫌気をさしながらも夢の全容を思い出そうとするも、もう思い出せない。”祖母が出場して、何か凄そうなSFっぽい大会で優勝して若返って見えた”それだけである。そして、思い出す気も完全に失せた。

 今日から夏休みの始まり。若者には夏の始まりとなるこの時期に『夏の始まりを告げる』をテーマにしたような大会の夢を龍一は見た。
 窓を開けて空を見上げ、何かの縁なのかとしみじみ思いながら、ふと決心した。

(実家に帰ろう)と。

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