【二十四節気短編・立秋】 花と結ばれる苦難の道
1 高嶺の花と彩りの花
八月八日。
世間は連日の酷暑に異常だなんだとニュースやワイドショーなどで話題に上がり、毎年恒例のような地球温暖化問題が深刻さを増す今年の夏。そんな地球問題など一切気にも留めない大学生・郷太は、夏休み真っ只中にアルバイトもせず、自室でゲームに没頭する夏を送っていた。
そう、地球の問題など今の郷太にはどうでもいい問題でしかなかった。
室温18℃設定の冷房。
傍らにペットボトルジュースと保冷剤が入ったクーラーボックス。
手の届く所へスナック菓子多数。
酷暑の夏を過ごすには極楽生活だが、運動もせずゲーム三昧生活に加え偏った食生活。後に生活習慣病で痛い目を見るだろうが、今の郷太には何を言っても効果は無い。
さておき、郷太は現在あるゲームに没頭していた。そのゲームは二日前に友人・昌大から勧められたものである。
八月六日。
郷太の家へ昌大が訪れると、勧めたいゲームがあると言って、いそいそとインターネットでゲームのストア画面を映し出した。
「何これ? 【高嶺の花と彩りの花】……ん?」
タイトルを何度も確認して疑ってしまった。なぜなら、ゲーム内容はメインヒロインを口説き落とし、最終的に恋人同士となるゲーム。いわゆるギャルゲーである。
「ギャルゲーっつったら、パッケージは可愛いメインヒロインが描かれて、ロゴも可愛い感じとか大人びた恋を演出する。みたいなやつだろ」
しかし画面には薄暗い学校の教室一面に薄っすら暗みがかった多種類の花が並べられ、中央に光り輝く一輪のピンク色の花が咲いている。
パッケージ画面もタイトルも、可愛げを微塵も感じない。
「つーかデータ容量、やたらとでけぇな」
「なんか、結構難しいけどやり込み要素が高ぇギャルゲーらしい。データ容量すっげーけど、最速クリアは一時間かからないシナリオもあるとか」
「は? ギャルゲーっつったら、会話文をダッシュで見ても一時間クリア、絶対無理だろ。」
紹介した昌大も、どういったゲームかは分かっていない。一部のギャルゲー好きがインターネットで密かな盛り上がりを見せた大容量ゲームであること以外の情報はない。詳細を調べれば分かるだろうが、今朝それを知った為に、下調べせずに来てしまった。
早速郷太はスマホで調べもせずに購入し、データをゲーム機へ落とし込み起動した。ゲーム画面は昔ながらの2D背景にキャラクターが現れ、文字画面に文章が綴られる代わり映えの無い仕様。
「ベタな絵だな。なんでこんなゲームに容量が馬鹿でけぇんだ?」
文句を言いつつも郷太は淡々と会話文を読み進めた。
「つーか、主人公の登校までにどんだけ選択肢あるんだよ。学校行くのにどれだけ余裕綽々なんだ、こいつ」
家族との会話文を読み進めると、画面右上に表示された時計が、現実の秒針同様に止まることなく進んでいるのが見えた。それが七時四十分を迎えると、会話が突然切り替わり、母親が驚きながら時間を告げた。
主人公は食パンを食べながら走りながら家を出た。
『やっべぇ~、遅刻遅刻!』
定番の展開。食パンを食べながら遅刻寸前状態での駆け足登校。
郷太と昌大は呆然と眺めていた。
「……ベタじゃね?」
「……ベッタベタだな。いや、遅刻は自業自得だろ」
郷太はこの定番風景に、今まで抱いていた疑問を投げかけた。
「俺、昔からずーーっと思ってたんだけどさ。走りながら飲み物無しで食パンって食えるか?」
「あー俺無理だわ。こうなったら即捨てる」
「俺もこうなったらパンは犬猫の餌提供コースだわ」
くだらない雑談中、曲がり角が画面に映り、まさかと二人は思った。
映像が揺れ、藍色の長髪、色白肌の可愛い女子高生が現れた。
『いっつ~……。あ、ごめんなさい。急いでて』
『俺もごめん。確認してなかった』
『ごめんね。遅刻するから行くね』
またも主人公とヒロインの定番展開に郷太と昌大はまたも呆れた。
「なんでさぁ、二人揃って遅刻なんだ? ド定番は喧嘩するけど、これはしない系なんだな」
今度は昌大が昔から思っていた事を口にした。
「俺、この場面で思ってたんだけど……。高校でこんだけ学校まで距離あったら、チャリ通でよくね?」
自転車通学の事を言っている。
またも二人の雑談の最中、話が進む。今度は教室で先生が入室した場面である。
『えー、知っている奴もいるだろうが、大事な報せがある』
もう、二人の頭に浮かんだのは“転校生”の存在。主人公視点で教室にいるのだから、ぶつかった女子高生が転校生だと思われた。
『隣のクラスに転校して来る生徒が今朝事故に遭い、転校が延期になった』
ドが付く程に定番だったゲームが、ここに来て定番ではなくなった。
以降、淡々とゲームを進め、プレイ時間一時間二十分でクリアとなった。しかし、この結末に問題が生じた。
「……え? ヒロインは?」
郷太がエンドロール中にぼやいた。
昌大が今まで黙っていたこのゲームの秘密を打ち明けた。【高嶺の花と彩りの花】は、エンディング数がかなり多いゲームだと。
一般の恋愛シュミレーションゲームでは、メインヒロインと複数人のサブヒロインやライバル的存在などといざこざがあり、問題を解決していき、メインヒロインに告白して付き合う流れが定番の運びである。
これはメインヒロインと恋人同士になるのがメインエンディングとなるのだが、サブエンディング数の多さから、クリアが困難な恋愛シュミレーションゲームとインターネットで上がっているほどだ。
「で、どうするよ郷太。ベストエンディング目指す?」
「当たり前だろ。ぜってぇネットでクリア方法観ずに『花ちゃん』落としてやるよ」
メインヒロインの名前は“花”。高嶺の花に掛けているのだと思われる。
こうして郷太の苦難のギャルゲーの夏が始まった。尚、一回目は『夏休み前に花が転校していく』という結末を迎えた。
2 もう、サブでもいいだろ
八月八日午前十時。
現時点で郷太は合計十五回のエンディングを迎えていた。
クラスの委員長・サキ、二回(別々のエンディング)。
ツンデレ幼馴染・ミドリ、二回(付き合うエンディングだが、卒業後の進路が二回とも違う)。
保健室の先生・カナエ、一回(駆け落ちエンディング)。
サブキャラ的女子、計五人(サブキャラなのに先の二人と遜色ないエンディング)。
行きつけのコンビニ店員・ひろ子とミヨ(エンディングは違えど三角関係で終わる)。
花の友人・ひより、三回(ひよりは三回ともまったく別の進路を歩むも、主人公はついて行くのに変わりないエンディング)。
どれだけプレイしても、メインヒロイン・花の元に辿り着けない。どういう訳か、全く関係の無い女性ばかりと付き合わなければならなくなってしまう。
プレイ回数により花と出会えるイベントが発生するかと思うも、どうやらそういう訳ではない。転校生の事故、もしくは事故死の報告以降、シナリオがどんどん変わっていく。未だに何をもって分岐点が発生するのか不明。
下手な選択をしてしまうと、危うくボーイズラブ展開にまで陥る危険性を孕んですらいる。
そして十六回目のエンディング。友人のいとこ・なつきと卒業後に結婚エンディングを迎えた時、昌大が家に来た。
「え、あれからぶっ通しでプレイしてんの!?」
郷太は寝る時間を削減し、部屋から出る回数も減らし、ゲームに没頭している。
「お前、ダメ人間街道まっしぐらだぞ。身体悪くするからまず外出ろ外へ」
「おめぇがコレ進めたんだろうが。つーか、暑くて出る気しねぇ」
「親が光熱費で苦しんでるのぐらい考えろ! ほら、飯食いに行くぞ」
強引な外食により郷太の連続プレイは睡眠以外で停止した。
「で、クリアできそう?」
ラーメン屋で二人は昼食をとっている。生活習慣は一向に良い方向へ向かう気配がしないが、今の郷太には説得や忠告しても意味を成さない。尚、余談だが昌大も郷太に負けず劣らずの悪習慣が沁みついている。
「無理。なんでか知らねぇがメインヒロインにちっとも会えん」
「……もう、攻略法見たら?」
「いいや邪道だ。あれだけ頭使うギャルゲー見た事ねぇし。つーか、恋愛シュミレーションですらねぇからな、アレ」
「じゃあなんだ?」
「アレはもう、列記としたヒューマンドラマだわ。登場キャラそれぞれに別々の悩み抱えて、皆にひた隠しにして生徒やって、先生やって、社会人やって。……正直、ぽっと出の”花”より、サキ、カナエ、ひよりしか考えらんねぇよ。どうしても贔屓にする選択肢選んじまう」
「じゃあそれで良いだろ。いい加減止めねぇと、貴重な夏休みをギャルゲーで終えるぞ」
郷太はラーメンをすすりながら、悩ましい表情を浮かべている。この様子では、まだまだ止める気配を見せないと思い昌大は説得を諦めた。進めたのが自分である手前、面白半分で進めた事を少し後悔する。
「けど最初の転校生イベント、要るか? どうせ出現しねぇキャラのイベントなのに、マメに報告するし、生きてたり死んでたり。続ける理由ってなんだ?」
その意見が郷太の中で何かを閃かせた。まるで難問解決の糸口でも見つけたと言わんばかりの郷太は、急いでラーメンを食べ、小走りで家へ帰った。
昌大は渋々ついて行く形となった。
3 生存ルート
郷太の気付き。それは、“転校生を無事に転校させる”であった。
何度もプレイして一番違和感であったのが、朝の身支度の無駄選択肢と画面左上の時計であった。
途中から鬱陶しいイベントとして、話を聞かずに最初の選択しばかりを連打し続けていた郷太であった。けど帰宅して改めて考えを整理し、一つの仮説を立てた。
”早く家を出て花とぶつからなければ、転校生が無事に転校出来るのでは?”
そもそも、転校生が何処でどういった事故をするかは知らされていないが、花とぶつからなければ花が止まらずに走って登校する。そしてどこかで転校生と出会って足止めをくらってしまうが、転校生は事故に遭わずに済む。
朝の登校時、転校生とヒロインがぶつかる最悪の出会いという、超ベタ展開を滞りなく進める作業。それが主人公に与えられた最初の関門なのではないか?
あくまで仮説でしかないが、郷太は遅刻せず登校出来る為の選択肢を迅速且つ慎重に選び、時間切れとなる前に登校した。すると、花とぶつかるイベントが発生せず、郷太は無事に登校出来た。
「よっしゃー!」
ついつい郷太は声に出して喜んだ。
興奮治まらぬまま話を進めると、気のいい能天気な見た目の転校生とメインヒロイン花が話している場面に遭遇する。
「これだけボーっとしてりゃ、事故っても仕方ねぇな」
毒づきながらも、ようやくメインヒロインとまともな接点を持てた事に喜び、会話の文面をしっかり読み進めた。
今までの転校生無しルートだと平均一時間十分ぐらいだったのが、転校生有りルートだと一時間を超えても終わる雰囲気を見せない。しかし、やたらと選択肢が多く、これでメインヒロインと付き合えなければ一からやり直しと考えてしまうとゾッとした。
「……なあ……なんかこれ……ヤバい展開じゃね?」
一緒に観ていた昌大が気付いた。この事に郷太も気づいているが、“もしかしたら、まだ修正が……”と願いを込めながら進める。
結果、合計プレイ時間三時間にして、転校生と花が付き合う結末を迎えた。
「くそっ! 三時間ぶっ通しで“転校生のための噛ませ犬エンド”ってなんだよ畜生!」
「どっかの選択肢で狂ったんだろうな。転校生生存ルート――」
昌大の中で転校生登場が生存ルートと認識されてしまっている。そして郷太もその言い方で理解している。
「――が花ちゃんと親密になれるルートみたいだから、後はあのやたらある選択肢からベストエンディングを迎えるしかねぇわけだが……、もう長いから止めちまおうぜ」
「嫌だ。ここまで来たらちゃんとしたエンディング迎えるまで続ける。今までやった甲斐が無駄になる」
脇役数名に心奪われた人間の台詞ではない。そして昌大は既に白けてしまっていた。
メインヒロインの外見や表情や印象は可愛い部類だが、ありきたりと言えばありきたりであり、何より名前がシンプルすぎて、タイトルに掛ける為だけに付けた制作陣の腹が見え透いている。
ビジュアルやネーミングだけにとどまらず、最終が“告白→付き合えた→卒業→めでたしめでたし”の展開だろうと予想出来てしまうから尚更気が乗らない。
情報に踊らされて興奮しながらゲームを勧めた昌大だが、その実、大して恋愛シュミレーションゲームが好きではなかった。
「お前、やるのは良いけどちゃんとした生活しろよ。大学生になってまでゲームのやり過ぎで体調崩したり、エコノミークラス症候群とかで病院送りとか、一生後悔する後遺症とか残ったら馬鹿馬鹿しいぞ」
「俺がそんな馬鹿するわけねぇだろ」
これ以上忠告しても聞き入れないと判断し、昌大は諦めて帰る事にした。
しかし、郷太の執着は、昌大の不安視していた展開を迎えた。
4 案の定な展開
八月十四日。
「ギャルゲーで死にかける奴を始めて見たわ」
郷太の部屋に入った昌大は、ベッドで横たわる郷太に言葉を浴びせた。
初めは昌大の忠告を素直に聞き入れ、一日一回の食事と五時間の睡眠をとっていた(この時点で健全な生活ではないが、彼にはまだ健全な生活という認識であった)郷太であったが、思い通りに話が進まず二日間徹夜してプレイし続けた。
数多くある選択肢を間違えると、転校後の一時間から二時間でエンディングを迎えてしまう。
何も無く卒業エンディング。
卒業後、職場で花と再会し、結婚すると告げられるエンディング。
街中でやくざに絡まれて酷い人生を歩んだエンディング。
爆破事故に遭うエンディング。
恋愛があったりなかったりするエンディングを次々に迎え、中には転校生と付き合う、別の男子生徒と付き合うといったボーイズラブエンディング、等々。
「徹夜と不摂生な生活で死にかけ、色んな人に迷惑をかけたお前への罰だ。ベストエンディングを迎える重要選択肢はこれだ」
昌大が取り出したメモ書きに、どの選択をすれば迎えれるかが記されており、耳を塞ごうと拒む郷太の手を無理やり外して重要な五つの選択肢を告げた。
なんと、転校生と花が付き合うエンディングの途中までは正しく、二つ前の選択肢で花に冷たく当たれば良かったというものだった。
昌大はこれでもかと言わんばかりにタブレット端末を取り出し、わざわざベストエンディングを迎える場面を郷太に見せつけた。その結末は、昌大が想像していた通り、主人公が花に告白し、頬を赤らめながら返事を勿体ぶり、照れながら告白を受け入れる。
あらゆるアニメやゲームでやりつくされたであろう『古風』とも捉えれる反応により、二人は付き合う事になる。
卒業後、二人は結婚する場面へ切り替わり、子供を見ながら幸せ満載といったシーンでエンドロールが流れるものであった。
終わってみれば退屈なゲームでしかないのだが、【高嶺の花と彩りの花たち】は、郷太にとってひと夏の悲しい思い出とし、生涯忘れる事のない黒歴史として心に傷を負わせた。
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