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【長編】奇しき世界・九話 迷走の廻転空間(1/4)開始

1 攫われた後


 岡部が組合から異常事態発生の報せを受け千堂家へ訪れると、真っ暗な玄関、他の部屋も真っ暗で何も見えなかった。しかし、上り框を登ると和室に電気が点いている事に気付く。

「斐斗!」叫ぶと、「なに?」とすぐ近くで返って来た。
 真っ暗な中から聞こえ、不気味がりながら玄関の電気を点けた。すると、階段に座り、膝を肘置きにして頭を両手で抱えている斐斗がいた。
「うおおっ! 何やってんだお前。びっくりさせんな」
「ああ」
 呟く程の小さい声が返って来た。
 岡部は廊下の電気も点け、散らかりようから何が起きたかを察した。

「これが、ルールを司る奇跡のやつが起こしたのか……」
「ああ、全員消された。どこに行ったか分からん」
 見るからに斐斗は、喪失感と後悔に苛まれている。
「――兄貴!」
 突然玄関から叶斗が叫んで入った。
 またも岡部は驚いた。
「おっちゃん」
 岡部に気付くも、視線を斐斗に向けた。
「おい兄貴、何があったんだ!」
 疲れ切って様子の斐斗を見て、叶斗は強引に近づき、腕を掴んで立たせた。

「立て! 何があったって訊いてんだよ!」
 斐斗は階段の手すりに凭れた。
「ルールを司る奇跡に全員攫われた」
「攫われたって、連れてくとこ見たのかよ」
「皆消えた。神隠しみたいにな」
 声に力が無い。そしてまた階段に座った。
 情けない兄の姿に苛立った叶斗は舌打ちして岡部を見た。

「おっちゃん、どうなってんだ!」
 岡部はルールを司る奇跡についての情報を話した。組合からの報せも含めて。
「ちょい待ち。そいつは兄貴を狙ってんのか? だったらなんで光希まで攫われんだ? それに、耀壱も電話に繋がらねぇ。あいつも攫われたんなら奇跡の理はどうなってんだよ。この家に住む連中の殆どに手ぇ出したら危害が及ぶのは向こうだろ? 陽葵さんなんて尚更無理だろうし」
 岡部は奇跡の進化時の話から、理が狂う事情も説明した。
 叶斗は頭を抱えて壁に凭れた。
 今までは、奇跡に関係のある者達に影響を及ぼす力により、ある意味では安全だと確信していた油断を突かれての誘拐。
 手も足も出ない状態である。

「……兄貴、どうやって手ぇ打つ気だよ」
「奴がアクションを起こさなければ手だし出来ない。ゲームが開始されなければ……」
「くっそ! 打つ手なしかよ」
 岡部が苛立つ叶斗を宥めた。
 先ほどまで斐斗を落とし込めていた絶望感は、少し落ち着きを取り戻して薄れ、冷静さを取り戻しつつある思考は、ある違和感に気付いた。
 斐斗は叶斗を見た。
「何だよ」
「どうしてお前は攫われてない?」
「ああ?」
 岡部も驚くように気付き、「確かに」と呟いた。

「俺が消えてないと問題なのかよ」
「そうじゃねぇ。奴が斐斗を狙って身内を攫ってんなら、どうしてお前は攫われてないんだ? って事だ。お前は正真正銘、血の繋がった兄弟だろ」
 叶斗は納得した。
「お前、ここ最近、変わった事や変わった奴と会ってないか?」
「兄貴じゃねぇんだ、奇跡絡みの事なんて何も起きてねぇよ。何かあっても気づいてねぇし」

 叶斗について調べても、ルールを司る奇跡に関する情報は得られないと思えた。しかし岡部は疑問を抱いた。

「お前ら兄弟に関係してるっつーと、斐一の子か、嫁さんの子ってぐらいか」
 奇跡に関連した血筋は父方であり、母方とは関連が無い。
「親父の子ってだけで残されてんのか? 兄貴と俺は」
「それはあまり意味が無いわね。残念ながら」
 斐斗と岡部には聞き覚えのある声がした。
 声の主は野菜が散らかった通路のほうからした。そして、それは叶斗の背後であり、振り返った叶斗は、女性の亡霊が出たと一瞬思った。
「――うおぉ!」
 当然の反応であった。
「スズリ、どうして」
「どうもこうも、私は説明役を仰せつかったからね」

 謎が残るものの、物事が進展する兆しは見えた。

2 かくれんぼ


 スズリは自身が担った役の説明を始めた。
「ルールを司る奇跡が始めようとするゲームは、言うなればかくれんぼね。どこかにいるあの方を貴方達兄弟が見つけるのよ」
「はっ、ガキかよ。かくれんぼ目当てでこんな大がかりな誘拐をすんのか?」
「そこまでシンプルな思考なら良かったんだけどね弟君」
 スズリの言葉に、叶斗は「あ?」と返す。苛立ちは治まっていない。

「このゲームは貴方達兄弟がルールを司る奇跡を見つけなければ、攫われた人達は新たな奇跡の素材となるのよ」
「どういう事だ?」斐斗が訊いた。
「このゲームは犠牲が大きいの。貴方達が勝てば多くの奇跡が、ルールを司る奇跡側が勝てば人間が、新しい奇跡の贄として奉げられる。奇跡の進化時はね、何か大きな犠牲の元に誕生しているのよ」
 岡部は自身の頭を摩った。
「おいおい、そんな事聞いた事ねぇよ」
「でしょうね。前回の進化からは百数年は経ってるし、前回までは一定間隔で贄を奉げる事件や事故が起きたのだから。今回は言うなれば異例の事態ね。今まで進化に必要な贄が人間側にも奇跡側にもあまりなかったもの」

 叶斗は「ちょい待て」と言って口を挟んだ。
「百数年つったら、明治時代辺りだろ。それから現代までっつったら、戦争やら自然災害やらで沢山人は死んでるだろ」
「『人間の死』が必ずしも、贄の条件に結びつく訳ではないわ。そして、その条件に結びつかない死が多かったから、この事態の原因の一部に関してるのだけど」
 斐斗が質問を補足した。
「じゃあ、耀壱の奇跡や美野里さんの奇跡が喰らった奇跡は贄の対象にならないのか? かなり喰ったと聞いたぞ」
 叶斗に誰からかを聞かれたが、後回しにされた。

「そういった類の奇跡消失は贄に含まれるけど、あまりにも小さいし少なすぎる。もう少し大がかりな消失が必要よ。さっきの弟君の話の続きになるけど、人間の死も贄となるのは奇跡が絡んだモノのみ。それに、戦争で自然が崩され、人間の生活圏も大きく壊れたから、奇跡の存続場所も大きく歪みが生じてしまい修復に時間が掛かってしまったのよ。だから贄は長期間に渡り溜まらなくなった。文明の進化も大きく影響しているわね。今の起きてる奇跡は、いわゆる前回の進化により出来上がったもの。けど、機械技術の進歩や、過疎化問題、少子化問題なども、今の贄足らずに影響してしまった」

「そこまで人間と奇跡は密接に関わってるのか?」斐斗が訊いた。
「人間の殆どが、合理的だったり理論的に物事を見ようとするけど、それが邪魔をしてしまった。奇跡絡みの現象すらも人為的、自然現象、事故など、現実的に物事を判断してしまったのよ。文明の進化も考えものね。自分達で灯台の下を暗くさせ続けて見ようとしなくなった。そして見方も忘れてしまう。今回のゲームは起こるべくして起きたのかもしれないわね」

 深く考えても仕方ないと、叶斗は割り切った。

「その、ルールって奴か? そいつがどうあれ、勝ちゃいいんだろ。あんたが説明役ってんなら、何処のどんな奴で、いつまでに見つければいいか教えてくれよ。さっさと見つけて終わりにしてやるよ」
 スズリは柔和な表情を崩さずに語った。
「簡単に言ってくれるけど、ルールを司る奇跡の正体は不明。声って言っても、直に聴こえるから特定の音声は無いわ。ゲーム中、貴方達に話しかけるだろうから分かる筈よ」
 そうなると手がかりが無い。斐斗はその点を突いて訊いた。
 スズリは改めてゲームの概要を説明した。

 1 ゲーム日時は、一月二十七日午前十時から午後六時まで
 2 千堂兄弟がルールを司る奇跡を見つければ勝ち。そうでなければ負け
 3 かくれんぼの範囲は斐斗の住む街内
 4 街内はコロコロと風景が変わる
 5 風景の変化にも理由があり、午後四時までに理由を見つけなければ千堂兄弟の勝利は無くなる。その時点でゲームは終了する
 6 行動方法は歩くか走るのみ。正確には、何かに乗ろうとしても乗れない
 7 ゲーム時間内は何をしても良く、誰の助けを得ても良い

「随分と気前がいい条件じゃねぇか」
 岡部は顔を摩った。
「つまり、静奇界の奴らもこいつ等に加勢出来るって意味だろ?」
「ええ、そう聞いてるわ。ただ、そちら側に助けを求めるなんて百も承知だろうから、向こうも一筋縄では千堂兄弟が助けを求められないようにするとは思うけどね」
「十中八九、俺達に縛りが課せられる筈だ。回数か時間か、もしくは会える奴が限定されてるとか」
 斐斗の読みに叶斗が割って入った。
「風景がコロコロ変わるってのが関係してるんじゃねぇのか? 会って話してる最中に変えられるとか」

 考えれば考える程、頭が痛くなっていく。

「つまり手の打ちようがねぇって事だろ。明日になって見ないと分かんねぇ」
 斐斗もルールを見る限り、どうしようも無かった。
「叶斗、今日はここで休め。明日六時にアパートへ行くぞ」
 作戦会議は翌日に持ち越された。
 一方で、スズリは姿を消してどこかへ行った。

3 時間加速


 一月二十七日午前六時三十分。
 朝食と身支度を済ませた斐斗、叶斗、岡部の三人はカノンのアパートへ向かった。
 外へ出て斐斗と叶斗は違和感に気付き、辺りを見回した。

「どうした? お前ら」
 気付いていない岡部に斐斗が説明した。
「空が……明るすぎる」
 現在、六時半はまだ薄暗い筈が、午前八時前後を思わせる程に明るい。
「俺ら、既にゲームの中ってか?」
「いや、スズリが嘘を吐くとは思えない。メリットが無いし、嘘とは程遠い奇跡だ。何か別の原因があると思う」
 スズリは黙秘や惚けて語らないことはあっても、嘘は性質上、考えられなかった。
 叶斗はスマホの時計を見ると午前七時四十分であった。

「くっそ! 俺ら踊らされてんじゃねぇのか!?」
「いいえ。そうじゃないわ」
 スズリの声が聴こえ、正門から、霧の中から出てくるように現れ、近づいて来た。
「どういう事だスズリ」
「少々、事態は面倒な方へ転んでしまったみたいね」
「だからどういう事だってんだ!」叶斗は苛立っている。
「ルールを司る奇跡が街全体に影響しているのは話したでしょ? それで色んな奇跡が活性化され、しかも多くの奇跡がルールを司る奇跡側に力が傾いてしまったわ」

 岡部は首を傾げた。

「どういうこった姉ちゃん。奇跡が奇跡に著しく影響するなんてあるのか? 強力な土着型ならともかくよぉ」
 斐斗は感づいた表情をスズリに向けた。
「どうやら気付いたようね」
「兄貴どういう事だ」
「ルールを司る奇跡は土着型に近い性質だって事だ。加えて奇跡の進化時も影響しているから尚更強力な奇跡だ。……そうか。かくれんぼの範囲が街内ってことは、そう言う事か」
 土着型は、決められた範囲のみが力の影響を及ぼすことが出来る。

「けど斐斗。いくら奴が凄いっつっても、多くの奇跡が奴に偏るのか?」
「ここからは憶測の域を出ないが、スズリが関係している」
 スズリは穏やかな表情を崩さなかった。
「おいお前、やっぱり奴の味方だったのか!」
 斐斗が叶斗を制した。
「違う。スズリは元々自らの意志で力を使えない。運命の力が影響したのは、この街にある奇跡か? それだと辻褄が合う。ルールの奇跡が街全体に関係しているなら、運命の力も影響した所で不思議ではないからな」
「見事な推測ね。本当に憶測かどうか疑ってしまうわ」
「おい姉ちゃん、つまり、この時間が早く進むのは何かの奇跡が影響してるのか?」
「ええ。貴方達が向かおうとするアパートに多くの奇跡があるのでしょ? 早く行ったほうが良いわよ」

「どういう事だ?」叶斗が訊いた。
「もしかしたら貴方達に協力する奇跡があるかもしれないわ」
「意味が分かんねぇ。なんでそうなるんだ?」
「運命の力は全ての奇跡に均等に注がれる。なにもかもが運命に加担する訳ないし、どちらにも加担しないかもしれない。けどね、仲間となる力は傍にあったほうが良いでしょ」

 岡部が腕時計を見ると、既に八時を過ぎていた。
 三人は急いでアパートへ向かった。


 午前九時三十分。
 カノンのアパートへ三人は到着した。スズリはいない。

「おいおい、こんだけ色んな奇跡集めたら、変な異変とか起きねぇか?」
 棚に並んだ物品を見た岡部は頭を摩って呆れた。
「仕方ないですよ。それに、もう異変ならとっくに起きました」
「どんな異変だ?」
 陽葵がこの部屋に来た時、壁に外の風景が現れ、向こうからは風が吹いているのに中からは外に出れない。
 そんな異変が奇跡不干渉体質の陽葵の前で起きた事を説明した。

「やれやれだ。完全に後手に回ってるじゃねぇか」
「それより岡部さん。組合からは何と?」
「向こうも手の打ちようが無いとさ。どう動いてくるか分からん相手に何をすればいいか分かんねぇから、まあ仕方ないっちゃ仕方ない。あ、けどな、レンギョウが後から来るかもしれねぇとは言ってたぞ」
 レンギョウの助け舟はありがたい。しかし、昨晩叶斗が言ったように、レンギョウのいる世界へ行っても風景を変えられる事も視野に入れておかなければならなかった。

「てか、風景変えるって平気で受け入れてるが、要するに、去年ワシとお前が一緒に喫茶店で体験したアレだろ。それが街全体で起きるっつったら、かなり強力な土着型だぞ」
「おそらく、現存する理が狂ってるのが関係してると思いますよ。ここに来る前に別の仮説を立てましたが、現象型や才能型が土着型の力を発揮するかもしれない。結局はやれることをやるしかない事に変わりありませんけど」

 一方、叶斗は、姿形がコロコロ変わるカノンを見て、驚きを隠せなかった。
「兄貴すげぇなこいつ。田中おっちゃんにまで化けれるんだ」
 その人物は、二人が小学生の時に祭りの売店で面白かった男性である。その人物は五年前にがんで亡くなっている。
「カノンで遊ぶな。それより時間が惜しい、必要な奇跡を見つけるぞ」
 男性に化けたカノンは元に戻り、四人は仲間となる奇跡を探した。

4 移転

 集めた物品の中から味方となる奇跡を探す。
 カノンの協力を得て八個の品に奇跡が宿っている事が判明した。
「……これ、無理じゃねぇか? 兄貴」
 その八つの内、六つは運ぶのが困難であった。

 絵画。
 ライオンの抱き枕。
 大人の腰までの高さがある木像。
 両手で持たなければならない大きさの壺。
 可愛らしいウサギの人形が詰められたバスケット。
 二十キロのダンベル。

 持ち運びが困難なモノから、運ぶには年齢的に恥ずかしいモノまで。
 残りはポケットに入る人形と首飾り。
 それぞれ、どんな奇跡があるか分からない。

「おいおいお前ら早くしろ。時間が九時十分過ぎたぞ!」
 また、時間加速の力が発揮され、焦りが増す。
「どんな奇跡があるか分からんなら、手頃な奴を」
「斐斗ちょっと待った」
 カノンが肩を掴んだ。
「首飾りと木像から奇跡の力が消えた」

 三人は同時に「――何!?」と返した。

「おいおい、ただでさえいっぱいいっぱいだってのに、まだ減るのか」
 叶斗は小さい人形を手に取った。
「――おいお前」
「早いもん勝ちだろ」
「お前、なんのために体鍛えた! ダンベル持て!」
「んなもん持って走れっかよ! 持たねぇ方がマシだわ」
 兄弟が言い合う最中、カノンが声を漏らした。
「え?」
 この反応に三人はまたも焦った。
「ダンベルの力が消えた」

「嘘だろ? こんな時にくだらん事言うなよ」
 斐斗は焦りで少し早口になっている。
「あたしだってどれだけ危機的状況か分かってる! 嘘じゃないよ!」
 さらに危機は迫る。
「斐斗急げ! 九時五十分になったぞ」
「早すぎだろ!」
「ワシに当たるな! どれでもいい、さっさと選べ!」

 残されたのは大きい絵画、抱き枕、乙女チックなバスケット、巨大な壺。
 それぞれ力が何か不明。
 持って走るには抱き枕かバスケットが有力だが、スタートからどんなところに飛ばされるか分からない。
 かくれんぼの時間はかなりあるが、今起きている時間加速の力が影響するのであれば、もっと早くに終わってしまう可能性がある。

「まずい! 九時五十九分になった! それに……」
 岡部の焦りは、秒針の動きが五秒分飛んで進んでいる。
 既に二回秒針が進み、残り十秒。
「――九、八」
 斐斗は考えた。
 恥を捨てるか、別の手を。
「急げ斐斗! 四、三」

(ルールを司る奇跡がどのような行動を起こそうと結果は決まっている。お前が勝とうと負けよと同じ)
 巽の言葉が思い出され、意を決して持っていくものを掴んだ。

「血迷ったか斐――」
 突然、斐斗はアパートとは違う場所、どこかの崖へ飛ばされた。一目見て、二時間サスペンスドラマの終盤、犯人が自白する崖のような印象の場所だ。
 一方、叶斗の飛ばされた場所は、見知らぬ学校のグラウンド。校舎は木造であり、寂れた印象は無く、現在でも使われてそうな所である。
 不思議と、遊具は現在の学校にあるような色鮮やかなものではなく、どこか昔の雰囲気である。
 斐斗は持ってきた壺を、置いても安全な場所へ置いた。

『やあ、千堂斐斗、千堂叶斗。初めまして、私はルールを司る奇跡だ』

 どこからか聞こえる声を聞き、二人に緊張が走った。

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