【長編】奇しき世界・六話-2/2 意思あるモノ達
1 ボンと語る
オイラの名は【ボン】。って呼ばれてるけど、人形のオイラに名前なんか本来無いんだ。
オイラを買った家で付けられたのは別の名前だったと思うけど、”まだ意識が無かった時”だからその名前は知らない。
この家に来てボンって名前が付いたんだ。
こうやってオイラの意識があるのは今年の夏からなんだ。よく分からないけど、この体で意識が急に生まれた。
何が出来る訳でもないけど、とりあえずはオイラと似た感じの奴らと交信できる。つっても、ニンゲン風に言うなら”会話”ってやつだ。
あ、ニンゲンってのは、”人間”って呼ばれてる、やたらめったらデカい存在の事だ。そいつらが言うには、オイラ達みたいなのはキセキだとかキイとか呼ぶ存在らしい。
意味は分からんが、なんか、不思議な存在らしい。オイラからしたら、なんで人間はそんなデカいかが不思議だ。
人間の中にはオイラと話が出来る奴が一人いる。けど、そいつは人間の姿をしてるけどオイラ達と同じ雰囲気がする奴だ。
そいつはカノンって言って、この家でのオイラの名付け親なんだ。
どうやらオイラは“ゴミ捨て場”って所に落ちてたらしい。カノンがアヤトって人間と話してる時に聞いた。
アヤトって奴は人間だけどオイラと話せない。まあ、人間だから仕方ないんだけど。でも、アヤトも変な雰囲気が漂う奴だ。だけど話は出来ない。変な話だ。
オイラと話が出来るのはキセキやらキイって呼ばれる側の存在だけだ。どうやらカノンもこちら側で、アヤトが持ってきてカノンが集めてる連中とオイラは交信が出来るんだ。
人間みたいに声を出せないから、オイラの特技である交信で意志疎通するんだ。
会話は一日一体だけ。しかも長く会話できなくって、ある程度会話すると、強制的にオイラの意識が消える。だから、良い感じの所で終わらないといけない。
説明が難しいなぁ。……う~ん。例えるのが難しいけど、カノンがテレビってのを観てて閃いた。あのテレビみたいな感じだ。
何かが映ってる間が話してるオイラで、映ってるのを消した時が意識が飛んだ俺。こんな感じだ。
変な切れ方したら、相手に悪いし次交信する時に変な空気になったらオイラが築いた関係が台無しなんだ。
オイラは今日も、誰かと交信するんだ。
CASE:1
ボン……。あなた名前なんてもらったんだ。
え? 私の名前? 絵画に名前なんてあるわけないでしょ。絵画にあるのはタイトルだけ。
『睡蓮と猫』
これが私のタイトルよ。
どうして意識を持ったかって? ……さあ、気付いたら持ってたかな?
三年位前から意識を薄っすらと持ってた感じが続いて、今年入ったか……ぐらいにこんな感じ?
ん? 奇跡? ああ、確かアヤトって人間が言ってたやつね。
私のは、そんな迷惑になるようなもんじゃないと思うんだけどね。人間同士の記憶を繋げるって言うのかな。あ、でもこれと言って、人間に凄い変化が起きるんじゃなくって、見る夢を交換したりする位の変化かな。
ん? ちょっと違うかな? まあいいや、所詮私には関係ないし、大した惨事にもならないからいいでしょ。
あ、でも、能天気に考えちゃ駄目よね。だって、私の所有者が恐い映画が好きだったみたいで、記憶を交換して家族全員が悪夢に魘(うな)されたらしいからって、アヤトが呼ばれて私が見つかって。
聞く所によるとアヤトって、私みたいな意識ある存在を消すとか。けど、なんで消されないかは分かんないけど、ここはここで気持ちいいかな。別段、力がいきなり動いたりしないからね。
え? 私がやってたって? 違う違う。私が率先して悪夢見せたんじゃなくって、奇跡が勝手に起きたの。ちょっと面倒な力でさ、私は制御できないみたい。
あ、どうやら意識もそろそろ限界。
じゃあねボン。また話せたら話そ。
CASE:2
あっしですか? あっしは見ての通りの花器でさぁ。
何でこんな喋り方かってぇ聞かれましても……。まあ、あっしを使ってくれた主人が、時代劇っつーのが好きで、テレビでよく見てたのが切っ掛けだぁ。
まあ、主人とは長い付き合いだったんですがねぇ、ついこの前からこうやって意識が持てるようになって。そしたら、『主人と話したい』って思ったんだわ。
けどまあ、向こうは人間様、こちとら所詮は花器風情だ。つり合いどころか対等とは程遠い関係だ。話なんて本来あるべきではねぇのさ。
突然声がするってんで、あっしみたいな奇妙な花器みたいな物を扱う連中が来て、あっしはあっさりと回収されちまいましてね。
まあ、当然の事なんですがねぇ。
いよいよ壊されて土へって、肚ぁ括った次第でさぁ。あ、肚なんてねぇんだけど、言葉の綾ってやつで堪忍してくださいな。
んでよぉ、壊されるの覚悟だった筈がどういう訳か、アヤトって坊主にここへ持ってこらされてこの顛末。嬉しいのやら何やらだ。
けどまあ、気分は悪くないから良しとしようかい。主人にはもう会えないってのは残念無念だが、そういった縁だって割り切りゃいいだけの事よ。
――へ? 力?
あっしに、特別な力はねぇけど……あ、そういえば、あっしを連れて行った連中の中に、「この花瓶はまだ進化してない」とかなんとか言ってたが。
まあどうあれ、力云々なんて関係ねぇよ。
あっしは所詮花瓶。なるようになる運命を受け入れるだけさね。
CASE:3
へぇ、君、ボンって言うんだ。
あたい、ポポロって言うの。見ての通り、キリンさんの人形よ。
ねえボンちゃん、不思議に思わない? 君もあたいも、動物の形をした人形よ。でも人形って、人の形をした玩具だから人形って呼ばれてるのよ。
ぬいぐるみって呼ぶ人間もいるけど、なんでだろうね。あたい達、人形って呼ばれる事が多いのよ。不思議ね。
あたいの意識は結構前からこんな感じよ。
正確に? うーん。こうなってから、タマちゃんがランドセルってのを背負いだしたかな?
あ、タマちゃんはあたいの友達。タマキって名前だったみたいだけど、タマちゃんのママがタマちゃんって呼んでたからタマちゃん。
タマちゃんがランドセル背負って、何年か経って、手提げカバンになって、それから“セイジンシキ”ってのに行ったのが今年かな。
あたい、捨てられそうになってたんだけど、タマちゃんの周りで変な事が起きたからって調べに来た人達があたいを見つけて持ってったの。
それからアヤトって人がここへ連れてきたのよ。
え? 変な事って何か?
うーんっとねぇ。時間が巻き戻るの。って言ってもほんの一時間程よ。
どうやって戻るのかは、あたいを連れて行った人達が調べてるみたい。
でもここっていい所ね。ボンちゃんにも会えたし、なんだかとっても落ち着く。
ただ、苦手な存在もいるよ。
誰? って訊かれても、あたい人形だし、頭がこれ以上動かないから見れないけど、なんか変な存在。
抵抗感が生まれる感じかな。とにかく苦手。近寄りたくないってか、近寄れないかな。
あー、楽しかったね。またお話しましょ、ボンちゃん。
CASE:4
拙僧は口下手故、話はあまりせん。
扇子風情が何口答えを、と、罵されようと話す気は無い。
まあ、其方の問いかけには答えよう。
拙僧はどういう訳か時間を一時間進める術を手にしたらしい。
どういった原理で起きるかは知らぬが、何かの危機に瀕した者を見ると、咄嗟に危機回避を望むようになった。すると、力が起きる。
しかし、それが起きるとズレた時間の修正とばかりに、黒い靄の様な存在が現れて動き回る。
靄は人間を切り傷程度だが傷つけ、物を僅かばかり壊す。
これといった惨事は起きぬが、いずれ惨事が起きる可能性がある。
拙僧が見た靄は、拙僧を所持していた主以外の人間に気付いてもらい難を逃れたが、力を使うと何が起きるか分からん故、拙僧は力の使用を自らに禁じた。
あとは、アヤト殿にここへ連れてこられた次第。
もうよいなボン殿。
拙僧はこれにて失礼する。
CASE:5
ほう、話せる者はワシ以外にもいたのか。
いやぁ、どういう訳かボン殿が話しかけてくれんと誰とも会話が出来んのだ。
ほうほう、会話が出来る奴は他にもおるという訳だな。
けどどうしてだろうなぁ。ワシが一輪挿しの花を描いただけの小さな絵だからか?
お、違う? ワシより小さい奴も会話が出来ると。
だったら、どうしてワシだけなのだろうな。
ん? 今度は生い立ちとな。
所詮小さな絵画如きワシに、劇的な生い立ちなどありゃせんよ。
貸し借り、盗まれ、ごみ扱い。また盗まれてと、一風変わったたらい回しぐらいだ。
あ、そう言えば、いつぞや古めかしい家に引き取られた時、変わった人間を見たぞ。
ん? 何が変わってるって?
まあ、一般的な極々普通の人間とは別に、やたらと半透明な人間だったな。奇妙な奴だったぞ。
髪で顔を隠して歩いておってな、前も見えにくいだろうし歩きにくいだろうに、それでも髪を切ろうとも、上げようともせんかった。
まあ、そんな変な人間がいる家に居た時、ワシの中にへんてこりんな字を書いた札を中に入れられてな。
あ、そう言えば、その時からだったかな、半透明な人間を見なくなったのは。
一体、何を入れられたのやら。
CASE:6
ボン君って凄いよね。
ボク、率先して会話とか怖いし、なんか嫌じゃない? 話した人が恐い奴だったり、暴力的な事言って来りしたら。
そんな方々に、ボクの事を色々聞かれたら嫌だよ。
僕って、電池を新しく変えても、ある時間帯だけ止まって、気付いたら進むような、不気味な置時計なんだよ。
買ってくれた人間が不気味がって、それで物置に入れられて、“オオソウジ”っていう理由で捨てられたんだよ。
偶然アヤト君が見つけてくれなかったら、もう時計じゃなくなってるんだよ。
そんなボクの事を知ったら、話せる奴は馬鹿にするかもしれないじゃないか。
え? 皆そんな奴じゃないって?
そんなの、ボン君だからだろ。ボン君とボクは全然違うよ。
え? 皆、もっと変わった奴らばかりって?
え…………とぉ……。
どう反応していいか分かんないよ。
もう今日はおしまいね。またね。
〇
オイラはボン。言ったと思うが人形だ。
アヤトとカノンが集めた雑貨の連中は、まさに様々だ。
疎通できる奴もいれば出来ない奴もいる。
人間みたいな個性的な奴もいる。
けど、どうしてオイラ達が集められてるのかがさっぱりだ。
カノンに訊いても、オオイナルキセキが来るからとしか言われなくて、やっぱりさっぱりだ。
何が起きるか分かんねぇが、正月以降、なんか意識がはっきりしない時がある。
ボーっとしたり、知らない間に意識が飛んだり、訳も分からず一点集中で見たり。
オイラだけかと思ったけど、他の奴らも似たような事が起きてるらしい。
ちょっと安心したけど、早く原因を突き止めて欲しい。
なんか、このままだと、大きな存在が現れそうな不安がする。
あ、もしかして、この不安が、オオイナルキセキってのか?
うーん。考えてもはっきりしない。
やっぱりさっぱりだ。
2 運命を語る女
女性は自宅リビングの隅で震えながら膝を抱えて座っていた。
家中の電気は点けず、ベランダの窓の死角になる部屋の隅で毛布に包まって。
スマホを片手に持ち、震えが全く止まらない。
季節も冬で寒いながらも暖房も点けずに。
――ガラッ。
冷凍冷蔵庫の自動製氷機能により、氷が落ちる音にまで過敏に反応してしまう。
外で暴走族がバイクの騒音を響かせる音にも耳を塞いで震えた。
――トン、トン、トン。
突然、誰もいない部屋から足音が聞こえた。
女性は恐怖に顔を歪めて足音のする方を見た。
「随分、様変わりしたわね。それにかなり怯えている」静かで品のある声の女であった。
女性は恐怖を抱いている対象でないと分かると安堵した。同時に、声の主に対する怒りも芽生えた。
「ちょっと、あんたのせいで変な事になったじゃない! なんで暴力団みたいな連中から逃げなきゃならないのよ!」
怒り心頭であれ、誰にも見つからないようにその場から動けない。
不思議な事に、窓際に女が立っていても気にも留めなかった。
「あらあら、酷い言われようね。私は貴女に”幸福になる為のチャンス”を与えただけなのに」
女性は出来る限り小声で反論した。
「何が幸福よ! 何から何まで良い事なんてない。優しくしてやった後輩には裏切られるし、皆素っ気なくなるし。この三日、惨めで寂しくって、あたしがどんな思いで生活してたと思ってんのよ!」
「それは私に言われても仕方ないじゃない。全ては貴女自身が背負った業のせい。二日程度では消化されなかったみたいね。しかも濃度が濃いのかしら。仕打ちも手ひどいモノばかりじゃない」
「もういいわ。元に戻して! あんたみたいな魔女の力なんて頼らない! あたしはあたしの力で生きてきたのよ。これからもあたしの力で生きていくんだから!」
窓際に立つ女は軽く握った拳の人差指第二関節付近を唇に当て、小さく笑った。
「何が可笑しいのよ!」
「これが笑わずにいられるかしら。だって、私は貴女に選択と考察の機会、そして願望が叶う幸福の権利も与えたのよ。しかも挑戦するかしないかは自由。それを貴女は自分なりに達成できると判断して、勝手に『均衡の試練』を挑んだ。まさか、ここまで手酷い業を背負ってると自分では思ってもいなかったのでしょ?」
窓際に立つ女は怯える女性に近寄り、間近で顔を眺めた。
怯える女性は振り払うも、体をすり抜けて触れられない。
「貴女、その口と頭の悪さで敵を沢山作りすぎよ」
「うるさい!」
怯える女性は大声で怒鳴ってしまった。
すると、インターホンが何度も鳴り、続いて殴って扉を叩き怒声が響いた。
「おいクソババァ! さっさと出てこいや! 隠れても無駄やぞ!」
関西弁だと貫禄があり、恐怖が増した。
「大変ね。幸運とは程遠い末路を歩むみたい。どうするの? 捕まって酷い目をみるか、それとも……」
再び窓際に立つ女は外に目を向けた。
ここはマンション四階部屋。そこで外を見るという事は、一つの選択を浮き彫りにさせた。
「あたしに飛び降りて死ねって言うの!」
「選択肢の一つよ。それに、ここから逃げるとも取れるのではなくて? 貴女は少しでも自分が不利になったり嫌な思いをしたら、周りに攻撃的な態度をとってしまう。その性格の結びつけた縁と展開がこの有様よ。つまり、攻撃的な態度と横暴な存在を結び付けてしまう気質を育んでしまったみたいね」
「あたし、そんな人間じゃないし、望んでもないわよ!」
「貴女の望む望まないは関係ないわ。言ったでしょ、気質の問題って。人間には良い諺(ことわざ)があるじゃない。類は友を呼ぶって」
窓際に立つ女は、今も尚ドアを殴って怒鳴る入り口に目を向けた。
余程怯える女性の運が悪いのか、外の男性たちが通報されてる様子もないのは、周りの住民が知らんふりをしているのか、放置しているのか、全員留守か。
とにかく、あそこまで横暴三昧を繰り広げられる状況が出来てしまっている。
「貴女に相応の人間と結ばれる。これも運命よ」
ピッキングで鍵を開けようとする音が聞こえた。
怯える女性は立ち上がって窓際に立った。
「さあ、そろそろ運命の決断よ。貴女が至った悪辣な沼の中で、貴女はどのような決断を下すのかしら」
「そんなの……決まってる」
ガラス戸の鍵を開け、勢いよく戸を開いた。
「あんな奴らに良いようにされてたまるか」
ベランダの手すりに乗った。
「良いように……」
下を見ると恐怖で体が固まった。
「……良いように……」
自殺する気力が一瞬で恐怖に侵食され、落ちれなかった。
混乱しながら別の方法を考え、戸惑い、躊躇った。
女性の正気を取り戻させたのは、他ならぬ黒いスーツの男たちが、女性の身体を掴んで引きづり戻した時であった。
「おいクソババア、もう逃げられへんぞ」
女性は涙を流し、失禁し、それでも容赦なく連れていかれた。
すでに女性と話していた人外の女は消えていた。
3 雪降る夜の屋上で
とあるマンションの屋上で、雪降る夜景を女は眺めていた。
眺めていると、幾つか気になる場所を見つけた。
「随分と運命の力を堪能しているじゃないか」
突然、女に向かって男の声がした。しかし、どこにも男の姿は無い。
女は不思議に思わず言葉を返した。
「あら、相変わらず顔は見せてくれないのね」
「俺は君と違ってインドア派なのだよ」
女は微笑した。
「堪能とは違うわね。私は運命を司る力を持って存在しているのですから、役割を全うしているだけよ」
「くくく。そいつは失礼したな」
「貴方、私を観察しているけど、私は何か利用されているのかしら?」
男の声が返る前に鼻で嗤われた。
「まさか、俺はただ君の動向を観察しているにすぎない。君がどれだけ僕の計画の邪魔をする行動を起こそうが、誰しもが目を塞ぎたくなるような悪逆非道な行いに励もうが、こちらから手出しは出来ない。……今はまだだがな」
女は溜息を吐いた。
「まあいいわ。私は私の、運命を司る役を全うするだけ。貴方の計画とやらがどういったものかは分からないけど、私も貴方を干渉しないであげるわ。お互い、この世に存在したのだから、存分に役割を果たしましょ」
女は言い終えると歩きだし、姿を消した。
「ああ。……楽しませてもらうよ。君が千堂斐斗と接触したらどのような変化が起きるかを」
男の声もやがて消えた。