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【長編】奇しき世界・七話 運命の見定め(後編)

1 暗闇から聞こえる声


 一月九日午前九時二十分。

 斐斗は岡部と共に、スズリと出会った街路樹へ向かった。
「本当に問題解決したんだよな」
 岡部が心配そうに訊くのは、どうも斐斗が周囲をやたらと気にしている様子が不安を煽ったからである。
「……ああ。……そっちは」
 呟く返答と様子から、別の問題が生じていると伺える。
「どうしたんだ? 巽の毒が残ってんのか」
 けして体に害を及ぼす毒を巽は持っていない。無毒な存在だ。
「いや……。気になる事があるだけです。スズリに確認しますよ」
 不審な動きが無くなり、二人は街路樹へと向かった。

 例の街路樹へ到着すると、そこには前もってスズリが人間の姿で待っていた。
 斐斗は、来るときに抱いた違和感が、この場所でも生じているので、スズリが関係しているのだと考えた。

「ごきげんよう。千堂斐斗君。直々に来て頂けるのは、何か分かったと思っていいのかしら?」
「ああ。かなり頭を使ったよ。”何に翻弄されるか”が中々掴めなかった」
 斐斗はスズリの方へ向かった。
「斐斗、不用意に近づくな」
 しかし斐斗は止まらない。

 スズリの傍まで寄ると、互いに何も構えなかった。
 斐斗は止まることなくスズリを通り抜けると、スズリもその事に言及せずに見届けた。

(へ? なんだ?)
 岡部は一人だけ何をしたいのか理解できていない。
 スズリから少し離れた位置で、斐斗は止まって道路を向くと、足元から左右の街路樹を眺めた。
「……この辺……かな」
 道路を見つめると手を構え、大きく深呼吸した。
「――リバースライター」
 横一文字を書くと、左右の街路樹内の空間が歪みだし、斐斗目掛けて暗闇が広がり、瞬く間に包んだ。


 暗闇の奥から淡く白い光の塊が近寄ってくる。
 斐斗の傍まで来た光に触れると、どこかの病院で赤子が産まれる光景が映し出された。
 声も音もしないが、両親は涙を流して喜び、赤子は泣き叫んでいる。

 別の光が現れ、斐斗の傍に寄って来た。
 中には二歳か三歳と思われる男児が泣き叫ぶ光景である。両膝と手が擦り傷で血に塗れており、服の汚れから走って転んだと思われる。
 男児は母親に傷を見せながら泣いていた。

 また別の光が寄ってきて光景を見せた。
 夕方の街中で女児が泣き叫んでいる。人ごみの多い所で怪我もないのに泣いている様子から、迷子だと思われる。

 次々に暗闇から現れる光体は、斐斗の傍へ寄ってくると年齢が様々な子供の光景を見せた。
 その殆どが泣いているものばかりである。時々笑っているものも混ざっているが。

「子供を主体に見届けていたんだな。けど教えてくれないか。この子供達は何かに関連しているのでしょうか。あなたの観る未来の姿を」
 まるで光体を見せている存在に気づいている様子で話しかけるが、暗闇には誰もいない。
 斐斗の言葉に応えるように、集まった光がシャボン玉のように弾けて消えると、今度は赤い光体が三つ現れた。

 傍まで寄った光体を見ると、三つとも、大人と子供が入り混じって静止している光景であった。

 斐斗の予測では死亡事故が起きたと推測していたが、どうも様子が違う。
 赤い塊が映し出したのは、人々が静止している光景である。
 この光景は大人も子供も老人も、全てが映し出されているが、光景事態は異様であった。
 全人間の行動とその場の状況に統一性が無い。
 学校へ向かう子供数人を見ても、ヘルメットや帽子や校章が違ったり、向かう方向が違ったり。
 大人や老人も、スーツに私服、喫茶店や販売店の衣装、宅配、郵便局員、車掌など、様々な職種の大人がいる。

 斐斗は不意に気付いた。
 それはある少年と近くの男性数人と老人を見比べた時であった。
 注目した者達は殆ど顔が同じ。年齢による皺や白髪、顔立ちの変化はあるものの、家族と思えたが、少年の頬と顎にある黒子が、似ている大人達にも同じ場所にあった。

「……まさか、少年少女の一生分を……」
 赤い塊に映し出された光景は、静止している子供達の大人になった姿を切り取って貼り付けているものであると気付いた。

“うねりが起きた。子らの未来が定めの轍より逸れ、道を見失った”

 斐斗の頭に声が文章のように浮かんだ。声は無いのに、声を掛けられた感覚である。
 瞬時に、リバースライターの対象だと理解した。
「うねりって何ですか! 一体何が起きて」

“土地の気脈に揺らぎが生じ、変異の流れが起きた”
「貴方様はこの地の神様ですか?」

“我はこの地に根付くモノ。揺らがす力の持ち主よ、大いなる変異はすぐ起きる”
 語り終えると、斐斗の眼前が眩しく輝いた。

2 スズリの試練

 斐斗が戻ると、岡部が駆け寄って来た。

「おい、何があった? 何がどうなってんだ」
 斐斗がスズリを見ると、「おかえりなさい」と声をかけられた。
「どうやら、問題は解決したようだな」
 スズリの様子を見ると、不敵な笑みも不穏な表情もない。
「よく気付いたわね。この地の神の揺らぎに」

 スズリと斐斗の話に岡部はついて行けない。

「どういうこった。あの姉ちゃんが”運命のなんたるかって力”でお前を試してたんじゃなかったのか?」
「彼女が運命を司ると豪語するから、他者の運命に干渉はするのだろうが、今回は俺に大きな影響を与えていない。何かを試そうとしたかもしれないが、本領を発揮できなかったとみていいのか?」
 スズリは余裕ある優雅で穏やかな表情を崩さない。
「正解だけど……、それだと七割かしら。私は自分の意志で力を使用する存在じゃないの。運命の流れを繋げ、整え、断つところは断つ。運命そのものに干渉する存在よ。だから、起きた現象、関わった存在と貴方の運命の流れを繋げた。貴方の実力を知りたいがために言葉は選ばせてもらったわ。ごめんなさいね」
「俺に嫌がらせしたいがために、街の土着の神を使用したと」

 順を追った説明がされずに二人で分かり合っている風で話を進めるから、ついて行けない岡部は話を遮った。

「そっちのやり取りは後でしてくれ。ちゃんとした説明をしろ」
 ことの経緯を斐斗が語った。
「この街路樹付近で奇跡の異変が起きた件があったでしょ」
 それはスズリと初めて会う前、組合の報告より訪れた原因である。
「ああ。んで、来たらあの姉ちゃんが現れたんだったよな」
「それで俺は運命の試練を起こされ、この四日間、面倒事に巻き込まれ続けた。それを俺はスズリの起こした力であり、正解が何かを探し続けて延々悩み続けた」
「それでわざわざ毒蛇の所へ行っても解決の糸口が見つからなかったんだったろ?」

 もう、巽は毒蛇扱いとなっている。

「この一連の経緯が俺達の誤解だったんですよ」
「はぁ?! どこに誤解が生じたよ」
「『スズリの力で俺は試練の渦中にいる』が、誤解だったんです」
 スズリは笑みを零した。相変わらず所作も上品さが滲む。
「姉ちゃんの力が生じてないっつっても、お前は面倒事の渦中にいたじゃねぇか」
「それは彼女の力じゃなく、元々生じた異変の流れを俺に向け、別の力の渦中に俺が巻き込まれただけだったんです」

 その存在が、たった今、リバースライターを使って出会った、スズリ曰く”この地の神”である。

「ご明察ね。ほんと、よく気付いたわね」
「苦労したよ。貴女の言う、翻弄されるなというのが何か、ずっと悩みの種だった」
「正解が分かれば理解してくれるでしょ」
 岡部だけが分かっていない。
「お前、何に翻弄されてたんだ?」
「『スズリの存在』と、『運命』という言葉にですかね」
 解決の糸口は、岡部の表情を曇らせてしまう存在、巽だと告げた。

「千堂斐斗君。貴方の日々の善行からの賜物かしらね。正解に導く存在の話を聞けたみたいね」
 それが巽だと思うと、斐斗も素直に嬉しく思えない。
 話を斐斗は続けた。
「元々は、この地を守る土着型の奇跡が起因だった。組合の指令は、スズリを指してではなく、大いなる奇跡に感化されたであろう土着型奇跡の異変が原因だった」
「けど、何から土着型の奇跡に気付けたんだ?」
「この奇跡は、子供を見守る性質に特化した存在だったんです。俺がスズリの力だと誤解したため中々気付かなかったが、この数日で関わった問題は殆どが子供絡み。巽さんの話でその事に気付いたから、後は原因の場所を探せばいい。異変の起源はこの街路樹近辺だから、ここに来れば奇跡の片鱗に気付くと考えたら案の定」
 岡部はようやく納得できた。

「完敗よ千堂斐斗君。見事な考察力ね」
 岡部は斐斗にリバースライターを使用するように促した。
 スズリもその結末を覚悟していたが、どういう訳か斐斗は力を使う素振りを見せなかった。
「……どういった理由か教えて頂けるかしら」

 土着型の奇跡の一件とは無関係な変化が気がかりであった。

3 強制参加宣告


 斐斗が気になったのは耀壱の反応と陽葵に起きた現象である。
 耀壱は書き換えた奇跡の影響により、自身にストレスが溜まる事が直接起きない。しかし斐斗を見て誤解から怒りがこみ上げた。
 陽葵は奇跡不干渉体質だから何かが起きる事はない。
 さらにここへ来る途中から、人間が周りにいない。屋内にいるのではなく、人っ子一人いない状況である。
 土着の神の仕業は子供絡みばかりで、この現象は別の力だと仮説をたてた。

「今、何が起きてるんだ。貴女の力とは別の力が働いているようにしか思えない」
 スズリは肩に罹った髪を後ろに流した。
「私としては、運命の試練を達成した貴方へ褒美として教えてあげたいけど、残念ながら私とは別の力、しかもずる賢い力。としか言えないの」 

 言い方から知っている様子だと分かる。

「その力の説明だけでもいい。知ってることを話してもらえないか」
「詳しくは無理、知らないからね。知っている事だけを話すと、力は大きく分けて二つ生じてるわ」
「二つ?」

 岡部と顔を見合わせるも、岡部も知らない様子である。

「一つは奇跡全体の変化。いえ、進化と言い換えるべきかしらね。人間が進化していくように、奇跡も進化の時を迎えた。今はそういった時期だから自然現象とでも言えるわね」
 巽に訊いた話である。大いなる奇跡ではなく、奇跡の進化によるものと。
「もう一つは人為的なもの。とは言っても、普通の人間が絡んでいる訳じゃないけどね」
「才能型か? もしくは貴女のような特殊な現象型?」
「私も電話のように声だけを交わしあっただけで正体を見ていないの。男性だとは思うけど。そして、今は傍観の時期らしいけれど、彼は進化する奇跡の力を利用して貴方に絡んでくると思うわ」

 斐斗は自分が何をしたか思い返すも、恨まれるような事はしていない。

「そいつは、いつどんな方法で俺に絡んでくると言っていた?」
「さあ。そこまでは話して――」

 突如、スズリの姿が消えた。

 あまりにも唐突で、驚き戸惑う二人に、またしても変化が起きた。
 瞬き程に一瞬で、どこか建物の屋上へ移動した。
「――おい! どうなってんだ斐斗!」
「俺だって知りませんよ」

 周囲を見回す二人の耳に、爆竹が弾ける音が貫いた。
 音の方に目を向けると、拳大のコンクリートの塊を重し代わりに、手紙が置いていた。
「……読めって事か?」
 斐斗は意を決して手紙の場所へ向かい、手に取ったそれを開いて見た。
「……おい。……なんて書いてあるんだ斐斗」
 訊かれた岡部に手紙を渡した。

 手紙にはこう綴られていた。

 私の力は『ルール』を司る。
 千堂斐斗。君を私のゲームの参加者と任命する。
 去年から君に惹かれてしまい、もっと君を見て堪能したい次第なのだよ。
 拒否権は君に無い。
 近々、君の周りで大きな変化が起きるだろう。
 もう君は知っているね、奇跡の進化が起き始めている事を。
 私はその力を利用させてもらってる身分だ。
 しかしそのような状況であっても、君をゲームに無理やり参加させることは可能なのだよ。
 楽しみにしているよ千堂斐斗。
 最高のステージを用意させてもらう。
 ぜひ、堪能してくれたまえ。

「気持ちの悪い手紙じゃねぇか。ずっと見られてるって、いつからだよ」
 岡部は手紙を畳んだ。
「見られてる気配は何度かあった。けど誰が見ているか分からなかった」

 またも、風景が一変し、元の場所へ戻った。しかしスズリはいない。

「ワシは一度向こうへ戻って組合に報せてくる。お前はとりあえず身の回りに注意しろ。近々って言ってたから、数日は何も起きないはずだ」
 岡部は姿を消した。

(……一体……何が)
 思った矢先、人通りが増え始めた。というより、突然人が現れた。
 今まで経験した現象は、全て『ルールを司る奇跡』に引き起こされたと感じ、斐斗は冷や汗をかいた。


 後日談。
 ルールを司る奇跡とは関係ないが、こういったたとえ話と説明の多い奇跡関連者との出会いから、斐斗の説明力は向上された。
 その事実を斐斗は耀壱に指摘されて以降も気づいていない。

4 隔離

 スズリは見晴らしのいい高台に現れた。

「随分と不躾な事をするのね。彼との話中よ」
 返答は声である。
「あれ以上話されると、俺が準備した置手紙が無駄になってしまうからな」
「それで、私は貴方の力に吸収されるのかしら?」
「君程度、進化の波の前では蟻同然の力量だ。君に意味を成すなら、メッセンジャーとして働いてもらおうか」
「ふーん。それで、誰に何を伝えればいいのかしら?」

 二人の名前が告げられた。

「ゲームの脚色に君を利用させてもらうとしよう。それまではこの空間でくつろいでくれたまえ」
 高台には人間がおらず、見渡す街にも人も自動車も走っていない。
 スズリは仕方なく近くの椅子に腰かけた。
「忠告だせさせて頂くわ。千堂斐斗君は手ごわいわよ」
「それは楽しみ楽しみ」

 声は気配と共に消えた。

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