【長編】奇しき世界・九話 迷走の廻転空間(3/4)徹底考察
1 ルールの傍観
ルールを司る奇跡は、一人掛けソファに腰かけ、千堂兄弟の動向を眺めていた。
『リバースライター』
『ヘブン』
揃って力を使う様子を見て、ルールを司る奇跡は感心した。
「凄いなぁ……。同じタイミングで力使うんだ」
続けて力を使用した後の変化を眺めると、「ふーん」と、言葉が漏れた。
『なにか変化は起きたのかしら?』
斐斗側の風景にスズリが現れた。斐斗が振り返ってスズリを確認すると、再び壺へ視線を戻す。
ルールを司る奇跡はソファに膝を抱えて座り、会話に集中した。
『いや、何かの手ごたえはあったが、どうやら俺に何か手助けしてくれる奇跡じゃないらしい』
『そういうの、分かるのね』
『リバースライターの力とは関係なく、奇跡と奇跡が接触する際、僅かながらも抵抗が生じるからな。一応、力は伝わる。けど、何も無かった。嫌な現実だが一時間無駄にした』
表情から悔しさが滲む。
『……俺に何か伝えに来たのか?』
『あら、心配して現れてはいけない?』
『こんな所で油売ってていいのか? お前は一応ルール側の奇跡だろ』
『確かに私は貴方側の奇跡ではないけど、どちらかに加担する奇跡でもない。あくまでメッセンジャーとして役を全うしてる、ある意味で中立の奇跡よ』
ルールを司る奇跡は呟いた。
「少々、おしゃべりが過ぎるぞ」
その声は単なる独り言で、スズリに伝えている訳ではなかった。よって、斐斗達の会話は続く。
『叶斗へ伝える事は無い。何も分かってない状態で無駄に時間を消費するわけにもいかんからな』
『そう、残念ね。メッセンジャーとしての役目が一つも成り立たないなら、このゲームでは何もせずにお役御免かしらね』
『来るのが早すぎなだけだろ。まだ開始から一時間も経ってないぞ』
斐斗が時計を確認し、消費時間を見てため息が漏れた。
『心配なら俺じゃなく叶斗の方へ行ったらいいんじゃないか? どうせ走り回って疲れてるだろうから、休憩には最適だろ』
『あらあら、私の利用価値って、休憩タイムぐらいかしらね』
吐き捨てると、スズリは消えていった。
壺の奇跡が使えないと察した斐斗は、壷を置き、いよいよ歩き出した。
「ようやく行動開始か? 千堂斐斗。初動の遅さと無駄な時間消費がどう影響するか見ものだな」
ルールを司る奇跡は叶斗の方へ目を向けた。
2 叶斗の考察
叶斗は指を鳴らさなかった。つまりそれは、ヘブンを使用していない事になる。首飾りをかけなおして再び歩き始めた。
(冷静になれ。俺の力は同種を引き寄せる力だ。博打に走るより、別の奇跡見つけて使い所を見極めた方が得だ)
自分に言い聞かせ、考えを改めて風景が変わる世界を進み始めた。
夕方の神社、
昼間の砂浜、
砂漠地帯、
世界遺産でありそうな特殊な形の町、
カラフルな外壁の家が立ち並ぶ町、
祭り準備中の田舎町。
国も風景の共通性も皆無に等しい。
スズリの言葉を思い出すと、コロコロ変わる風景にも何か理由があると言っているが、こうも統一感の無い風景ばかりだと訳が分からなくなる。
(わっけ(訳)分かんねぇぇえ!! 何がどうなってルール野郎に繋がんだ? 絶対国が違うとか、何かしらのモンスターや魔法使いとか出てきそうな所とかあるしよぉ!)
さらに苦悩しながら走り回ると、薄暗い廃屋や夕方の墓地など、叶斗の苦手な場所にまで移動する始末。
二十回の風景変化を起こした叶斗は、海を眺めるのには丁度良い、見晴らし台に辿り着いて休憩した。
「随分と走ったわね」
突然スズリが現れ、叶斗は驚いた。
「――うぉっ! あんたか、驚かすなよ」
「貴方達兄弟って不思議ね。お兄さんは動かない、弟君は動き回る。なのに、考えてる事とかは同じだったりする」
「なんだ冷やかしか? 俺と兄貴は全然ちげぇよ。何でも分かってたら、とっくに奴の居場所ぐらい掴めてんだろ。何回風景変化起こしたと思ってんだ? 全っ然分かんねぇってぇの」
「あら、こう見えても休憩時間を与えに来たのよ」
叶斗がスズリを見ると、手首を指差されて時計を見るように指示された。
時間は停止しており、ルール説明にスズリとの会話中は時間が停止する事を思いだした。
「五分が限界よ。ああ、後、何か伝えたい事とかあったら聞かせて頂戴」
「言うかよ。一回でどんだけ時間喰うと思ってんだ」
スズリは微笑んだ。
「やっぱり同じね。真剣に考察を巡らせるところなんてそっくり。休憩中の雑談として聞きたいのだけど、いいかしら?」
「何だよ」
「どうして力を使わないの? 時計を見れば分かると思うけど、お兄さんは使ったわよ」
「だろうな。これだけ意味不明な世界だ。力使うぐらいのアクション起こして、なんか切っ掛けでも作らなきゃ、ルール野郎の手の平の上で踊らされたままだ。けどよ、俺の力はざっくり言うと同種同士を結び付ける力だ」
「ええ。私の力から派生した奇跡でもあるからね」
初耳の叶斗は驚き事情を求めようとしたが、訊いた途端、時間消費を気にして話を切った。
「あんた、奇跡について何でも知ってんなら分かるだろ。無駄に時間を使いたくねぇんだよ」
スズリは残り二分の休憩時間を黙るのはどうかと考えた。
「何でもは知らないわ。私は運命を司る奇跡。どの人間、奇跡においても、運命を左右する分岐を与えるのよ。それは正解不正解なんて単純な二択ではない。あらゆる道、あらゆる選択よ。今は、ゲームに縛られているけど、その効果に変動ないわ」
「じゃあ何か? 俺も……」
何かに気付き、声が止まった。その刹那を見逃さないスズリは言葉を繋げた。
「察しが良くて助かるわね。休憩時間終了よ」
スズリが消え、時間が動いた。
上手く誤魔化した雰囲気を味わった感覚。
叶斗は慎重に考察を巡らせた。
(今のなんだ? 何か報せに来たのか?)
時計を見ると、時間は大幅に消費されていない。
(兄貴と俺が似てるって事は、先に兄貴に会ったって事か? いや、確証はない。けど言ったな、考える事が同じって。何を見てそう思った?)
叶斗が思いつくのは、ヘブンを使用した事と、ルールを司る奇跡の雑談を黙って聞き、斐斗へ必要な情報を告げただけである。
(あの一連の流れを見て思ったって事でいいんだよな。一時間の消費から、兄貴がリバースライター使ったのは明白だし。じゃあ、なんだ? 兄貴と会った、次いで俺。あの女と会うと時間停止が起きるから、休憩時間って考えもあの女の発想より、兄貴の気遣いっぽい感じがする。休んで考えろって事か?)
休憩よりも重要なのは、スズリと会う事にあると考えた。
(伝言もなく、あの女が現れるってのはゲームのシステムかもしれねぇ)
それは、一定時間が経てば、スズリがそれぞれに会って言伝を訊く時間。
(けど、あの女は雑談して五分丸々使った。兄貴の命令通り休憩目当てなら、黙ってても……いや、ありゃ、喋りたい系女子だ。品はあるけど誤魔化されねぇぞ俺は)
思考中、自らの思い込みが生じてしまい、気を取り直した。
(初め、俺にヘブンを使わない理由を聞く。次に伝言確認、兄貴と似てる発言。ヘブン話から自分の奇跡について。一番変なのは俺が運命の選択を迫られてると気付いた時、間髪入れずに言葉を繋げて、うまい具合に話を終えた。って事は、ルール野郎に気付かれないようにってか? あの女、ルール野郎の味方じゃねぇって事か?)
しかしそうなると、一つの疑問が浮かぶ。
(待て待て待て。このゲームの敗者は進化の贄になるんだよなぁ。じゃあなんであの女が俺達に協力する? いや、女が俺らを嵌めようとするなら、もっと効率的な言い方がある筈だ。「どうぞ考察してください」みたいな言い回しじゃなく。なら、何かしらの方法で兄貴と協力し合って俺に何かを伝えに来たって事か? そういやあの女、奇跡の事を”何でもは”知らないって言ったな。言い換えるなら、漠然と、浅く広くは知ってるってか。んで、人間にも奇跡にも”運命の岐路”っつったか? 要するに試練みたいなもんか。正しいか間違いの道なんて簡単なもんじゃなく、どうなるかを決める道。か。それは……つまり……)
何かが叶斗の中で腑に落ちた。
(ルール野郎も運命の試練に巻き込まれてる。それでゲームの傍観者か? それを女が報せてないって事は、ルール野郎に使われてるけど、俺らの勝利を望んでる。その真意は、”あの女は贄にならずにルール野郎から解放される”か。幅広く奇跡の事を知ってんだ。『運命を司る奇跡』って謳ってんなら尚更だ。それで俺に全ては選択次第だと言って来た。既にヘブンを使わないと決めた後で尚、選択する事を求めるって事は、やっぱり首飾りにヘブンを使えって事か? 何が起きるか知ってる上で言ったんなら……いや、早合点ですぐ使うのはヤバいな)
叶斗は使い時を考え、ルールを司る奇跡が話しかけた時を頃合いと考えた。その時、斐斗へ何を告げるか、ルールを司る奇跡に何を訊くか。
再び歩きだし、風景変化の世界へ身を投じた。ただ、不慣れだが考察しながら突き進んで。
3 解決の兆し
斐斗は淡々と歩き続けた。既に風景変化を十回繰り返している。
普段、人ごみの多い所を避けて行動する斐斗への嫌がらせのように、行く先々で人の多い場所へ行きついた。人の少ない所といえば、廃校舎や病院、夕方の浜辺や公園など、環境や時間帯から人がいない風景である。
「いよいよ分からんぞ」
眼前に広がる光景は、人で溢れかえるスクランブル交差点。
通りすがる人は斐斗を避けて通るものの、通行人からは斐斗が見えてないらしく、真正面から向かっている人の中には目が合ったまま近づき、視線を変えずに通り過ぎたり、肩や足がぶつかっても、姿勢を崩さず気にも留めず進んでいく。
「どうやってルールを見つければいいんだ、こんな状況で!」
とりあえず横断歩道を渡り切り、通行の邪魔にならない場所へ外れた。
ため息を吐くと、数秒後には別の風景へ飛んだ。
飛んだ所は、何かに追われている少年たちが平原を駆けて斐斗の方へ向かって来る。
必死の形相から、何かから逃げている様子は伺えるものの、追っている存在の姿は見えない。ただ、土埃だけが舞い上がっている。
「何なんだ一体!?」
斐斗も全力で走った。
普段よく動いている為か、脚力は弱っていない。しかし、少年たちの方が早く、すぐに追い越されてしまった。
見えない何かに追われ、必死に逃げると、前方に腰辺りまでの高さの岩が確認できた。
回り道するより、斐斗は飛び越える選択をした。
飛び越えると、着地した所は別の風景に変わった。
場所は砂場であり、どこかの学校である。人はいないが、照り付ける日差しと蝉の声から、夏場の学校だと思われる。
走り疲れたので近くの影のある場所で腰かけた。
時計を見ると、大幅な時間消費がされていない為、叶斗は力を使っていない事は分かる。
(さて、どうするか……。現状、はっきりさせないとならないのは、ルールが憑いてる奴と居場所か。こうもコロコロ風景が変わると、場所の特定なんて無理だ。レンギョウさんに来てもらって、そいつの場所まで行ってもらうか。いや、あの人の事だから、『素性が判明しない相手の所には連れてはいけない』とか言いそうだ。結局は正体を暴く所からか)
今まで得た情報を思い返していると、ホイッスルの音が響いた。
『やあ、経過はどうかな千堂兄弟。時間は残り五時間半だ。何か僕を見つける手がかりでも見つけたかな?』
二人は何も答えない。
『最初の威勢はどうしたね? 『必ず俺達が勝つ! その場で待ってろ!』とか言ってたよなぁ。いつになったら見つけてくれるんだい? 待ちくたびれてしまうよ。さっさと力なり協力なりを得て、時間を使ってゲームを終わらせてほしいもんだよ』
誰が聞いても分かる挑発行為。追い込みをかけて冷静さを失わせようとしている。
斐斗はぐうの音も出ない。なぜなら、正体を掴む手がかりが何もないから。
「兄貴! そっちの風景変化はどんなもんだ!」
叶斗が質問するという事は、何か掴んだと思われた。
「共通点は無い! 色んな風景ばかりで人が多かったり少なかったりだ」
少しの間が空いた。
「……俺の方は色んな風景だが、人がいない。無人だ!」
”なぜ違いがある?”疑問が浮かぶ。
斐斗が思っている事は、叶斗も考えていると思われる。だから間を置き、この質問にこの返答であった。
『おやおや、お二人さんで何かの変化に気付けたようだねぇ。けど、千堂斐斗は奇跡を宿した壺を別の風景に置いて来たままだ。頼みの綱となる品を捨てたも同然。一方の千堂叶斗は首飾りの奇跡に気付いてさえいない。力を使ってみて見ればいいじゃないか。所詮は一時間。残り五時間半だから五時間分は何をしても構わないのだよ。それに――』
やたらと口数が多い。この休憩時間を無駄に過ごさせようと思われる。
斐斗と叶斗は直感した。それぞれの風景に関する人の量が何かの鍵であるのだと。
二人の違いといえば、年齢、力の性質が違う、風景変化回数。
変化回数は確認していないが、そうでは無いと考えた。なぜなら、ルールに人ごみの違いについての話がされていないからである。ルールの力を遵守するなら、その事を省くことは反則である。
しかしされていない。そして、ルールが口数を増やした。つまり、何か関係があると思われる。
次に、年齢や力の性質は意味が無いと思われる。それらが影響を及ぼすとルールの説明に無かった為の結論だ。
なら、今二人が思いつくことは、力を使用したかどうかと、持参した物の奇跡。
斐斗は思った。
壺には人ごみの量を左右する力は無く、それでいて何かが関係しているなら、それは奏斗の首飾りの力に他ならないと。
叶斗は考えた。
斐斗の壺が何か影響を及ぼしたのかと。しかし、ルールが言うには、壷から何も効果が示されていないし、斐斗は壺を置いて来たから、効果を発揮していても斐斗に届かないのではないかと。
なら、自分のかけている首飾りの影響へと考えが行き着いた。
『――失礼。雑談をしすぎてしまった。残り三十秒、何か伝え合う事や僕に訊きたい事はあるかな?』
「あー、兄貴。俺の持ち時間、一時間でいいから、後は兄貴が使ってくれ。んでよ、三十分で事を済ませるぞ」
声の張り具合から、余裕が伺える。
『何を言ってる千堂叶斗! お前に僕が見つけれると』
「ルール野郎、時間だ」
腕時計を見ていたらしく、時間通りにホイッスルの音が響いた。
(なんだ?! 叶斗は何を掴んだ? 人ごみと首飾りで一体何を)
腕時計を見ると、時間消費が早くなっている。つまり、誰かに助言してもらっていると考えられる。
(冷静になれ、あそこまで叶斗が余裕でいられるという事は、首飾りの力に気付いたんだろう。けど、そこから奴の正体を掴むまで、何を情報にした? 俺らで共通するのは、あと、変化する風景か…………)
斐斗は考えた。
風景そのものに何か意味があるかを。そして、首飾りの力と無人にさせる現象の意味合いを。
約十分。
考察を巡らせ続け、斐斗は一つの答えを導きだして立ち上がった。
4 密会
二回目の休憩を終え、何かを考えて立ち上がった斐斗を観察していたルールを司る奇跡は、斐斗が校舎の方を向いて手を一文字を描くように動かしたのを確認した。
消費された時間が一時間である事から、リバースライターを使用した事は一目瞭然だが、なぜ使用したのか不明であった。
何も変化が起きなかったのか、すぐに走ってグラウンドへ行き、風景変化に巻き込まれて消えた。
「いよいよ頭がイカれたのか? 時間を渋っていたわりに、訳の分からん事をする奴だ」
思いつつも、どうも気がかりでならないルールを司る奇跡は、スズリに話しかけた。
「おい。千堂兄弟に何かしたか?」
スズリを匿っている空間は、ルールを司る奇跡が用意した場所であり、何かをしようものなら力の変動ですぐに気付く。
「あらあら、何があったかは知らないけれど、私に何か出来ると思って?」
「いや、千堂斐斗が無駄に時間を消費したのが気になった。お前が何か企んでいるんじゃないのか?」
「私は貴方に完全管理されているメッセンジャーよ。何も出来はしないし、何かしても貴方に分かるのではなくて?」
確かにその通りなのだが、妙に気がかりでしかない。
「ただ、貴方は間違えたのかもしれないわね」
「何をだ?! 何を間違えたと!」
「このゲーム、貴方はマスターでありオーディエンスに徹しているけど、貴方もプレイヤーである事を忘れているのではなくて?」
「はぁ? 僕の決めたルールは完璧なんだよ! 連中を観察して何が悪い!」
「そう。失礼したわね。なら、観察を怠らないようにね。とだけは言っておくわ」
苛立ちから、ルールを司る奇跡はスズリとの通話を切った。
「なんだあの女、何を考えてやがる」
ルールを司る奇跡は知らなかった。水面下で、自身の土台が崩されている事を。
◇◇◇◇◇
それは、斐斗が壺にリバースライターを使用した時の事だった。力を使用してすぐに世界が突然変わった。
そこは、定まった場所でも真っ当な風景でもない。
地面は砂地、辺り一面は星の良く見える夜空。
地平線の彼方まで山も建物もない。
砂地と星空の世界。
(……なんだ……これは)
宙を白い靄の塊がそこら中に浮遊している。
白い靄に触れようとすると離れ、何もしなければ近寄ってくるものもある。その近寄る者に触れようとすると離れていく。
(何がしたいんだ、この奇跡は)
ただ、『風景が綺麗な世界』という結論に至った。そして、こんな風景を見るだけの為に力を使用した事を酷く後悔した。
「くっそ! 無駄な時間を使った」
「そうでもないわ」
自分以外誰もいないと決めつけていた斐斗は、スズリの声に驚いた。
振り返ると、夜空の砂浜に、気品ある雰囲気のスズリが立っていた。
「お前……――じゃない!? あ、いや……スズリは確か……」
「随分と頭を使ってるみたいじゃない。色んな情報が入り組んで混乱しているようね。安心して、私との会話は時間が停止するわ」
「けど話せる時間は短いんだろ? とりあえず、叶斗への言伝は無いとだけ言っておく」
「あらあら、言伝だけって思われてると、呆気ない寂しい気持ちになるわね」
言いつつも、余裕のある微笑みは健在だ。
「千堂斐斗君。この世界は長居出来ないけど、かなり珍しく、貴方の運の良さが出たかもしれないわよ」
「どういう事だ?」
ただただ綺麗な星空の砂浜に、運の良し悪しがあるか、疑問でしかない。
「この奇跡の滞在時間はおよそ二十分。だけど、外界の干渉から完全に遮断された世界。それは、ルールを司る奇跡も同じよ」
しかし、その説明では腑に落ちない所もある。
「ならお前はどうして普通にしている?」
「私は運命を司る奇跡。あの壺の奇跡がどういったものかは理解しているのよ。貴方がリバースライターを使用すると同時に傍へ現れると、私も巻き込まれてここへ来るのは自然な道理」
「そんな勝手な事して、奴に見つかったらどうかなるぞ。このゲームの理は奴中心なんだからな」
「そうね。けど、全てを掌握している奢りが、逆に弱みに気付けなかったりもするものよ。現に、この奇跡の事を理解していない。彼はこのゲームにルール違反が無いか、それに注意し没頭しながら舞台を整える事に長けているけど、他の奇跡がどういった物かを知らない。集めた奇跡も、手にするまでは力そのものは気付いていなかったわ。舞台構成の際、それ等を適所に組み込んだだけよ。彼の言動と今回のルールから、貴方達が持ってきた奇跡は、彼のディスアドバンテージになる要素を孕んでいる。だから貴方達は持ってこれたのよ」
「本当か? もし、奇跡が奴の不利にならなかったらどうなってたんだ」
「そうねぇ。私が貴方の家に訪れた時から運命の力は街全体に働いていたから、貴方達がこの舞台へ飛ばされる前に奇跡の査定は行われてたと思うわ」
思い出すと、カノンのアパートで次々に奇跡が消えていくのを思い出した。
「そういえば……」
「思い当たる所はあるようね。恐らく、それが査定。だからこの壺はギリギリの時点では貴方達に必要な力を備えていた。そして、ここに連れてこられる運命を背負い、それを全うしたのよ」
つまり、この貴重な停止状態は、かくれんぼ攻略に必要な時間停止能力である。
「スズリ、本当の事を答えてくれ」
スズリは手を前に出した。
「無駄な問答は時間の浪費だから言わせてもらうけど、私は本当の事しか話していないわ。それに、ルールを司る奇跡に関する情報も乏しいままよ」
斐斗は質問を考えた。
「叶斗が持ってる首飾りの奇跡はどんな効果を発揮するんだ?」
「私は実物を見ていないから、感じる気配だけで答えさせてもらうと、”余分なモノの排除”に近い性質ね。貴方の恋人の不干渉から派生した力よ」
まさか、陽葵が奇跡の体質である事に驚きを隠せない。
「陽葵は奇跡不干渉体質じゃないのか!?」
「呼称はそちら側で決めたものよ、まあ間違っては無いけど。奇跡そのものが発動する力を近寄らせない拒絶の力。君も常軌を逸したゴミ屋敷に好んで入ろうとは思わないでしょ? それぐらい強力。貴方達が奇跡に干渉しないと思い込む程にね」
例えがなんとも言えなかった。
「しかし、陽葵の不干渉体質だと、お前は近づく事すら出来ないだろ」
「近づけはしないけど、反発力から力の詳細を感じ取る事は可能よ。貴方もリバースライターを使用した際、奇跡どうしがぶつかる抵抗の様なものを感じているのではなくて?」
確かに、その抵抗は度々感じている。
「話を戻すわね。弟君が首飾りに力を使えば同種の力が引き寄せられ、このゲーム自体のバランスが崩れて動きやすくなるけど、それを知らせるには休憩中に言うか、私を通して伝えなければならない」
「いや、叶斗に気付かせるにはリスクが残る。結局はどんな変化が起きるか、ルールの邪魔だてがあるのではとか。色々な懸念が残る。叶斗が気付いて使用してもらう方が面倒事が省ける」
「けど、そう易々と事が運ぶかしら」
「上手くいえば、あいつは勘が良いから気付くだろうが……博打だな、期待はしないでおく。こちらから他に何か手を下せる方法があればいいが」
「そうねぇ。私の知る限りでは、一つだけ、千堂斐斗君にしか出来ない方法があるわ」
スズリは、その方法を斐斗に教えた。
密会を終え、戻った斐斗は、壷に力を使用した姿勢のままであった。
「なにか変化は起きたのかしら?」
後ろから声を掛けられ振り返った。
「いや、何かの手ごたえはあったが、どうやら俺に何か手助けしてくれる奇跡じゃないらしい」
二人は、ルールを司る奇跡に気付かれないよう、演技で誤魔化した。
ルールを司る奇跡は、密会の事を何一つ知らない。