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【長編】怪廊の剣士 二十話

 十八日後。急な大雨に見舞われ、翌日には過ぎ去った。
「四日後に作戦を決行する」
 唐突にトビが告げた。ルシュが黒碑へ向かう日を。
「なんだよ急に」
 ラオは水浴びを済ませ、上半身裸で縁側に座った。ここ最近、鍛錬に厳しさを増し生傷が多くなるも、着実に肉体の引き締まりは鍛錬の成果がしっかりと刻まれている。
「昨日の大雨で地面が泥濘んでるだろ、だから念押しで四日待つ。滑って殺されました、じゃあ話にならねぇからな」
 淡々とが進められるが、兄妹は作戦内容をよく知らない。漠然と、ルシュが怪廊へ行くとしか。
「結局は何をするんだ? ルシュが怪廊へ行って、えーっと……」
 悩むシャレイに向かってアザキが「黒碑だ」と告げ、説明をした。
「怪廊には化物を退治する為の方法みたいなものを記した岩があるんだよ。それが黒碑って言ってね、それをルシュが見に行くんだ」
「ルシュでなくてはならんのか?」ガロが訊いた。
「ああ。本来はかなり実力がある術師しか向えない方法でな、ルシュは宜惹の影響で黒碑まで行ける身体になってるのさ」
「どうして宜惹が関係してるんだ?」
 ラオの質問にルシュが答えた。
「神の封印を解いた話は覚えてるだろ」
 兄妹は揃って頷いた。
「怪廊が現われるのとルシュの憑きものを宜惹が鎮めたとか、だったよな」
「ああ。宜惹を護り主として契約して憑きものを払うが、決まった周期で現われる怪廊と共存する。それは魂が怪廊に馴染んでいるからなんだ。だから術師の修練が無くても黒碑へ行けるんだよ」
 宜惹と離れられない。しかしいなければ怪廊がさらに広がってしまう。
 ルシュが宜惹を殺せないのは、契約を結んだからと兄妹は直感するが、ガロ、ウダ、ヒギの三名は、宜惹の強さにルシュが劣るからとも考えた。正解は誰も知らず謎のままだ。
「ルシュが怪廊へ行くと宜惹がまた出てきて悪さを働くではないか」
 心配するシャレイの想像では、濃霧の怪廊が現われて宜寂が出てくるものであった。トビは詳細を省いた。
「その宜寂を止めるための作戦でもあるんだよ。その為に婆さんの術とお前等の協力が必要でな」
 この家に住む前、黒碑を見つける話をした際、トビを含めた三名でなければならないという話があった。
 ヒギは意図を読んだ。
「ラオ様とシャレイ様が宜惹と戦うのか?」
 ガロとウダが心配を寄せる中、トビは「惜しい」と返す。
「二人が宜惹とやりあっても敵わねぇよ。百秒以内に殺される」
「俺はそこまで弱くねぇぞ」
「私だって」
 突っかかる二人へ、トビは「無理だ」と断言した。
「奴は不可思議な術を駆使する戦術でな。今の奴に対抗出来るのは、契約上、奴の術が効かんルシュか、訳ありのオイラだけだ」
「じゃあ、皆で協力して」
「ルシュと戦えるのか?」
 意味が分からなくなる。宜惹と戦う話をしていて、どうしてルシュに相手が代わるのか。
 意味を理解したウダが返す。
「まさか、宜惹はルシュの」
 身体に乗っ取り戦う。
 全員が不穏な表情となり理解したと分かる。

「この作戦は、分かりやすく説明するとだな、ルシュの魂が怪廊の深ぁぁい湖に潜って黒碑を見つけ、シャレイに憑く化け物をどう対処するかを暴く。その際、本体には宜惹が憑く。どうせあいつのことだ、放っておけばあちこちで面倒事を起こすだろうから、戦って足止めする羽目になるのは決まってる。んで、オイラが奴の相手をしてルシュの帰りを待つ」
「じゃあ俺とシャレイは? それにガロ達はいないのか? 皆でかかればたとえ宜惹でも」
 アザキが「無理だ」と口を挟む。
「黒碑からシャレイの憑きものを暴くには奴と関係してる血が必要でね。あたしが張った結界内にクオ一族の血縁者がいなくちゃならん。余計な人間を入れると、余計な黒碑が増えちまって目当ての文面を見つけるまで時間を食いすぎちまうんだよ。とても深い水底での長居はルシュが危険だ」
「じゃあトビは?」
「こやつは九赦梨で過酷な修行を積んだ身だからね。あたしの結界内でも自由に動き回れるように出来るのさ」
「かなりダルいがな」
 それは身体に枷を嵌めるような術を施す方法である。
「では我々は何を?」
「一応、婆さんの結界があるけど、霧が充満して野次馬が群がるだろうから人払いに徹してくれ。余計な被害は避けたい」
 結局、兄妹は何をするかが不明である。
「私達、何をするの?」
「ここでお前等の鍛錬の成果を発揮してもらう。宜寂が現われるってことは、妖鬼がわんさか沸いて出る。というより差し向けてくるだろうな」
「どれぐらい来るんだよ」
「お前がおっさんと怪鳥に襲われた時みたいなのがひっきりなしにだ」
 思い出される光景。ラオに緊張が走る。
「で、お前等が死ねば妖鬼はオイラのとこに攻め入りオイラも死ぬ。そしたらルシュは黒碑から文面を見つけ出せず、長居しすぎて向こうで死ぬ。オイラ達は誰か一人が死ねば全員死ぬ連帯を背負ってるのを忘れるなよ」
 作戦の恐ろしさを聞き、ガロが意見した。
「まて、これほど命がけだと話が違いすぎる。ルシュが黒碑を見なくとも憑きものを外へ出して叩く作戦へ切り替えられないのか? 確かそのような方法もあると言ってただろ」
「黒碑無しで憑きものを外へ出し兵士総出であたれば勝ち目はあるな。千人で攻めて二人生き残るかどうかだがな。ほぼ全滅必須の作戦だ、それが良いなら今決めろ」
 シャレイは大勢が死んで自身が生き残ることを拒み、その思いが「そんなのは嫌だ」と言葉に出た。
「シャレイ以外もそう思うだろうな。そうならないための山場二つ目が黒碑だ。化け物がクオ家先祖代々から憑いてるってんなら、位は相当高い。黒碑で名を見つけ、手段を手にすれば、死者数は大いに減る。黒碑に触れたルシュがいるだけで加護がかかり、それだけでも憑きものの強さは抑えられる。戦術、戦略次第じゃ誰も死なくて済むんだ」
 黒碑が死傷者を抑えシャレイを救う重要な難所。
 兄妹が戦う作戦にルシュは妙案が浮かぶ。
「妖鬼の群れだが、シャレイの憑きものに任せられないのか? 危うくなったら助けてくれると聞いたが」
「それは切り札だ。お前が戻るまでどれだけかかるか分からんし、都合良く妖鬼だけを仕留めるとは限らんしラオまで巻き添えを食う危険がある。宜寂が手段を変えて操りに徹しでもされたらこっちは全滅だ」
 まさに山場となる作戦。
 この日より三日間、全員の鍛錬に身が入った。そして作戦当日を迎える。


 放牧地へトビ、ルシュ、ラオ、シャレイは訪れた。既に昼食は済ませ、いつでも戦える準備も整えている。アザキは二日前から準備で先に来ており、同行と手伝いでガロ、ヒギ、ウダも来ていた。
 木柵に囲まれた放牧地には、牛、豚、鶏、犬、猫、そして小さな虫なども多くいた。家畜の半分はシオウが手配してくれたものだ。
「こんな所で戦うのか? 邪魔で仕方ないだろ」
 ラオはトビに訊いた。
「安心しろ。全部消える」
 説明が始まる前にアザキが歩み寄ってきた。家畜の量に感心している。
「ウダに頼んで正解だったな。この量、かなり気合い入ってるじゃないか」
「そりゃそうだ。けど勿体ねぇな、食えば旨そうなのに」
「ふん。だったらルシュに集る邪な金稼ぎから足を洗い、農家でもしろ。世のため人のためにな」
「やなこった」笑顔で返す。
 家畜がここまで必要な理由。ラオはアザキに訊いた。
「ん? 怪廊をこちらから開くには生け贄が必要なんだよ。ちょっとした間だったら生け贄はなくて良いんだけど、今回ばかりは大ごとだ。ルシュは黒碑を見つけに深く潜るし、あんたらは戦い続けるんだから」
 道理は通る。かつてルシュが封印を解いた際、多くの人間を生け贄として怪廊を開いた筋は通る。
 アザキの説明では、生け贄の質が怪廊の規模や質に反映するとあった。この動物達が人間なら、どれ程危険な怪廊が開かれるのかと考えるだけでシャレイは恐れる。
「準備が出来たら言っとくれ。柵より中へ入ったらすぐに始めるよ」
 トビは三人の方を向いた。
「こっからは本気で修羅場だ。腹は括ってるな」
 やや怖がりながらも、兄妹は真剣な顔で返事する。ルシュはいつも通り平静なまま「とっくに」と返し、先に木柵を飛び越えた。
「んじゃな婆さん、ちょっくら行ってくるぜ」
「誰も死ぬんじゃないよ」
 ルシュに続いてトビも木柵を飛び越え、アザキへ頷いて「行ってくる」「行ってきます」と返す二人も木柵を超えて中へ入った。


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