【長編】奇しい世界・六話-1/2 十二月の告白
1 雑貨の奇跡とカノン
十二月十一日。
叶斗は、以前斐斗が借りたアパートへ呼び出された。
今年は例年よりも寒く、本日も最高気温が一桁台であると天気予報で放送されていた。
現在の気温は三度。
寒がりの叶斗は、帽子、耳当て、ジャンパー、手袋、下着も防寒用のインナーを上下共に着用している。
三〇一号室のインターホンを鳴らすと、しばらくして斐斗が戸を開けた。
叶斗に反して寒さに強い斐斗は、ロングティシャツにカーディガン。ズボンは暖かそうなものではない。
部屋に暖房が効いてるからこの薄着なのかと思いきや、設定温度は二十一度。叶斗は目を見開いて驚いた。
「正気か兄貴?! 異常気象級の極寒だぞ! なんで暖房二十一度でその薄着なんだよ!」
「お前が寒がりすぎるだけだろ。どれだけ着込んでるんだ?」
この兄弟の体感温度に関する言い合いは、決して分かり合えはしないだろう。
「で、俺呼んだりゆ………」
叶斗は入り口側の部屋の隅に足を組んで座る女性を見て、声が止まった。
「うそ……だろ?」
「ああ、彼女の事を」
「彼女?! 嘘だろ兄貴!」
必死の形相で斐斗に迫った。
「陽葵さんを置いて、別の女作んのかよ!」
「は?」
「陽葵さんが嫌な理由ってあれか? なんとかっていう体質の事か?」
明らかな誤解をしているのだと斐斗は呆れ、更に叶斗の後ろから近づく者の姿を見て面倒の前触れを察し、溜息が漏れた。
「なに溜息吐いて――」
叶斗は肩を叩かれて振り返ると、自分と同じ服装、顔立ち、体格の人物が笑顔で立っていた。
「――うわああぁぁ! ドッペルゲンガー!」
斐斗の後ろへ隠れた。
「兄貴やべぇ! 早くなんとかしてくれ!」
予想通りの展開に、案の定と抱きつつ、もう一人の叶斗を見た。
「いい加減にしろ、カノン」
「はーい」
声が叶斗のものから女性の声に変わった。
「その子が斐斗君の弟さんでしょ。ついつい楽しんじゃったよ」
先ほどの女性へと姿を変えた様子に、叶斗は驚いた。
「え?! 何? どういう事?」
「驚かせたな。彼女はこの部屋で起きた奇跡だ。こうやって居住者の知ってる人物に姿を変えて会おうとするんだ。名はカノン」
説明が大雑把である事にカノンは言及しなかった。
「人間じゃねぇの?」
「一応は現象型の奇跡で、この部屋内ではこうやって姿が見えるんだ」
「ネーミングは? 兄貴のセンス?」
カノンを指さした。
「こっちのセンス。テレビで見た映画かアニメで仕入れた情報らしい。名無しよりかはいいだろ。変な名前でもないしいいかなって」
座卓に三種類のジュースやお茶の入ったペットボトルを置き、三人は座った。
部屋には他に丸い小さな絨毯とテレビ、冷蔵庫と棚がある。本題に入ろうとした矢先、叶斗は部屋の隅の棚と、その周辺に置かれた物品が気になった。
「兄貴、あの雑貨の山、何?」
湖を描いた風景画、虎と鳥の木像、流木、子犬程の大きさはある岩、種類の違う玩具が数点。
その品々は、まるでインテリアを意識したようにきちんと並べられている。
「あいつらは、どう手を付けていいか分からん奇跡だ」
「いやいやいやいや、奇跡って。どう見ても雑貨とゴミじゃん」
急に玩具が三つ、棚から落ちた。
心霊番組さながらの変化に、叶斗は驚いた。
斐斗は玩具をそのまま放置した。
「ごみ扱いするから怒ってるぞ」
叶斗は戸惑いながらも、玩具に向かい、「すんません」と呟いて頭を下げた。
「けどさ、兄貴っていっつも、さっさと解決する派だっただろ。なんで置いてんの? それに」
レモン味の炭酸飲料を飲むカノンに視線を向け、彼女の存在を容認している意図を求めた。
「切っ掛けはカノンが俺に忠告した話にある」
「何て言った?」
カノンに訊いた。
「”大いなる奇跡が現れる頃だから”って。その後に、”色んな奇跡が斐斗君の味方になる可能性がある”って」
それでこの部屋を物置き代わりにしている事は判明した。
「で、あそこに置いてる奴らって、まだ手を打ってないとか?」
「大半はな。いくつかは話し合いで済んだ。放置するのも、何が起きるか分からんからここに」
立ち上がると、パワーストーンのネックレスを持ってきた。
「お前が俺に頼んだ件はこいつが恐らく関係している」
「なんだ? 金運上昇するとか言ってるもんか?」
「さあな」
ネックレスはブレスレットをいくつか買って分解し、一つにまとめた造りである。
「ただ、そいつが記憶を失う奇跡を引き起こした」
ネックレスを所持すると、些細な幸運が訪れる代償として記憶が失われる。幸運の度合いにより、失われる記憶の質が決められる。
叶斗の依頼では、記憶を失くした者達が、前後に良い事が起きたと聞いていたので、それが原因だと思われた。
「それで、そのネックレスは所持者の記憶を吸ったら次の宿主を探しまわる。移動方法は消えて突然現れるんだと。記憶も書き換えるから、狙われた人間は警戒一つしないで使用する」
「よく見つけたな」
方法をカノンが答えた。
「そこにある小さい犬のぬいぐるみがね、奇跡を探知する奴で、彼のおかげで見つかったんだよ」
「叶斗の依頼に取り掛かったんじゃなくて、偶然見つけたもんだ」
叶斗は感心してネックレスを見た。
「これ、もう使えないの?」
「どうだろうな。ここに来てなんの反応もしなくなった。もしかしたら、奇跡が溜まりすぎて抑えられてるのかもしれない。まあ、一応はここに置いておくから、別件が済み次第どうにかする」
斐斗はレモンティーを飲んだ。
「ところでさ、さっき話してた大いなる奇跡ってなに?」
本日、叶斗を呼んだ理由の一つでもある。
カノンの紹介、叶斗の件が解決した報告、大いなる奇跡の説明。これらの為に来てもらった。
斐斗は自分が知り得る情報を話し、何が起こるか分からないから注意しろと忠告した。
2 噴水広場での
十二月十五日。
空に濃い灰色の雲の塊があちこちに漂い、太陽が見え隠れを繰り返す冬の空。
例年より寒い今年の冬と地球温暖化を絡めたテーマを報道バラエティ番組で取り沙汰される程であり、街を行き交う人々は白い息を吐き、衣服は二月の真冬日の防寒着姿、コンビニから来店する人々の多くはホットコーヒーを買っている。
本日は所々で雪が降ると天気予報で言っていた。
十七時四十二分。
耀壱と夏澄はスーパー銭湯の食堂で早めの夕食を取っていた。既に風呂から上がっている。
「ちょっと意外だった。耀壱君、長風呂派じゃないと思ってた」
いつからか、夏澄は“五十嵐君”から“耀壱君”へと呼び名を変えていた。
同年代なのに、叶斗を名前で呼んでいるのに、耀壱を苗字で呼ぶのはおかしいと思い、呼び名を変えた。
「長風呂って言っても、ずっと湯船に浸かってないよ。ってか、湯に浸かるよりサウナが多いかな。今の季節だったら、サウナ行って露天風呂スペースの椅子に座ったりして熱冷まして、またサウナの繰り返し。もうこの時期って最高」
それで一時間も費やしていたのかと、夏澄はやや呆れていた。
「千堂さんや叶斗さんと来りするの?」
「二十歳過ぎてからは三人一緒ってのは無くなったかな。叶斗は彼女出来たし、斐斗兄とは三年位前までは年に三回くらい。でも、斐斗兄は十五分くらいで上がるから、一人で来た方が気兼ねしないかな。よく来るのは平祐さん」
「広沢さんは長風呂派?」
「僕と同じぐらい。二人一緒の時は良い感じの時間で出るんだけど、双子と一緒だったらやっぱり早いかな。結構平祐さんって気ぃ使ってくれるから双子連れの時は叶斗や斐斗兄誘って来りする。双子連れてる時は斐斗兄と一緒が気楽だって言ってた」
「広沢さん、結構来るの?」
注文した料理が届き、話が中断された。
話は食事中に再開された。
「平祐さんどころか、美野里さんも風呂好き。回数券や年パスとか普通に持ってるよ」
他愛ない風呂談話で時間を潰し、他に斐斗と陽葵の進展具合、叶斗の入籍、目だった奇跡の話などで盛り上がった。
夕食を済ませた二人はスーパー銭湯を後にした。外へ出ると既に日は完全に暮れている。
レンタカーに乗った二人は帰路についた。運転は耀壱である。
「ちょっと寄るとこあるけどいい?」
夏澄の了承を得ると、車は噴水広場へとたどり着いた。
この広場はあちこちに電灯やお洒落な街灯が設置され、若者のデートスポットとして密かな人気のある場所であった。
噴水近くの自動販売機でホットコーヒーを買った耀壱は夏澄の元へ向かった。
「やっぱ寒いね」
二人の吐く息は、日暮れの影響もあって昼間より白く感じる。
ベンチに座った二人は、ライトアップされた噴水を暫く眺めた。
ライトも白一色ではなく、ゆっくりと色が変わるようにプログラミングされている。
「……あのさ、夏澄ちゃん」
「ん?」
耀壱はかねてから計画していた事を実行に移そうと決心した。
夜景の綺麗なレストランで告げようとも思ったが、ネットで調べた料金が、それをさせなかった。
海で実行しようとも考えたが、極寒のような海は無理だと判断した。夏なら良いが、それまでは待てない。
「――あ、雪」
耀壱の話を聞く前に、夏澄は小雨程の雪に見惚れた。
耀壱も暫く見惚れたが、この機を逃すまいと、腹を括った。
「…………僕と付き合ってもらってもいいですか」
夏澄は驚きの表情を見せず、雪を眺めて表れた微笑みのまま耀壱を見た。
「……顔、赤くなってる」
指摘され、耀壱は両手で顔を摩った。
「――いいよ」
夏澄の返事を聞いて、耀壱は真顔を向けた。
「――え……いいの?」
「いやだった?」
耀壱は頭を左右に振った。
「いや、そうじゃなくって。やった。やったぁぁ!」
ベンチから立って上空に向かって叫んだ。
二人は大きい声で喜びの想いを互いにかけあった。
3 恋愛をする事に臆病
十二月十八日十三時二十分。
斐斗は某駅近くの喫茶店へ訪れていた。
お冷を持ってきた店員に珈琲を二つ注文すると、向かいに座る人物に目を向けた。
「さて、今日はどういった風の吹き回しでしょうか。斐斗君から呼びだすなんて珍しいね」
相手は陽葵。しかも斐斗が会う約束を取り付け、陽葵の居住地近くを待ち合わせ場所に指定した。
陽葵は窓の外を見ると、雪が強めに降っていた。
「この雪は斐斗君が降らせたのかな」
「俺は無関係だ。雪は前もって降ると天気予報で言っていたし」
改めて陽葵の方を向いた。
「今日は話があって来た」
こうなったのは十二月十六日に遡る。
十二月十六日午前十時。
耀壱に話があると言われ、斐斗は応接室に呼び出された。そこには夏澄も一緒に待っていた。
「それで、話ってなんだ」
二人は顔を見合わせて緊張した面持ちであった。
「実は……僕たち付き合ってるんだ」
まるで晴天の霹靂のように斐斗は驚いた。
ついこの前に、叶斗が光希と入籍して、次は耀壱。立て続けの事も相まり、若干の動揺が現れた。
「――そ……そうか。……良かったな。いつから付き合ってたんだ?」
様子はぎこちない。
「最初、夏澄ちゃんが友達連れて依頼に来た後に何度か食事して、正式に付き合おうって言ったのは昨日」
続きを夏澄が話した。
「カップルなり立てなんです」
斐斗は小刻みに頷き、紅茶を飲んだ。
「俺に二人をどうこう言える立場じゃないからな。お幸せに、としか。ただ、君の奇跡が何か分からない以上、異変が起きたらすぐ俺に連絡する事。それを」耀壱を見た。「お前も理解しろよ」
「分かってるし。ってか安心したよ。なんか言われるかもって思ったから」
「俺は誰が誰と付き合おうが関心は無い。一緒に住むってなったら話は別だがな。一応言うが、入籍して子供が出来てもこの家では住めんぞ。他に部屋借りるか買うかしろよ」
「分かってるし気が早いよ」
一応、千堂家は、広沢一家の居住地兼斐斗の職場となっている。これ以上大所帯で住むには部屋が無く、広沢一家に迷惑が掛かる。
耀壱も紅茶を一口飲んだ。
「叶斗は入籍したし、僕もこうやって付き合う事になったし、斐斗兄も陽葵さんと付き合ったら?」
「はぁ?!」
「前々から思ってたけど、どうして斐斗兄は陽葵さんと付き合わないの?」
「私も聞いて思ってました。どうしてですか?」
斐斗は怪訝な表情で溜息を吐いた。
「陽葵の事はどこまで聞いてる?」
夏澄に訊くと、奇跡が通用しない体質の持ち主であると、耀壱から聞いた事を話した。
「いくら奇跡が通用しないからって言っても安全じゃない。例えば、得体のしれない奇跡に憑かれ、暴走した奴が暴れ回ったら、奇跡とは無関係の物理的な暴力の被害は陽葵にも及ぶ。つまりは、俺の傍にいればそんな危害に遭う危険性が高い。普通に生活してれば極端にそんな事故には合わん」
聞く限りでは、危機回避の為であると分かるも、夏澄と耀壱は疑問を抱いた。
「斐斗兄。考えすぎじゃない?」
夏澄は頷いて加えた。
「それって、陽葵さんの身を案じてるように聞こえますけど。なんか……事故に巻き込まれるって決めつけてません? レンギョウさんとかが言ったんですか? ”陽葵さんみたいな体質の人は、千堂さんの近くにいたら絶対事故に遭う”って」
そうは言われていない。危険性はあると教えられただけである。
返事に困ると、更に夏澄は畳掛けた。
「千堂さん、仕事に感けて大事な事、蔑ろにしてませんか?」
「なんだ、大事な事って」
「恋愛ですよ。陽葵さん、ずっと一人なら、それってどう考えても千堂さんに気があるって事じゃないですか?」
「君は陽葵に会ってないだろ。どうして彼女の気持ちが分かるんだ」
「女の勘です」
言い切って、斐斗は圧倒された。
「会ったこと無いけど、耀壱君からどんな見た目か聞きました。美人だと思います。そんな人がずっと独身を貫き通して、定期的に千堂さんと会うって言ったら、考えられる事は決まってるじゃないですか」
興奮した夏澄は立ち上がり、決めの一言を発した。
再び十二月十八日、某駅近くの喫茶店。
陽葵は話を聞いて可笑しくなった。
「面白い子ね。で、言われちゃったんだ。斐斗君は”恋愛に臆病になってる”って」
斐斗は珈琲を一口飲んだ。
「まったく、嫌な事を思い出したよ」
「そういや昔、何度も告白された人に、当てつけのように言われたんだったよね。一体、いつからそんな言葉が生れたのやら」
陽葵は注文したチーズケーキをフォークで一口分に切り、口に運んだ。
「それで今日は告白に来たの?」
「動かない事には、耀壱が平祐さんや叶斗を呼んで何言うか分からんからな。とりあえず来るだけ来た。けどどうしようか悩んでる」
陽葵は珈琲を飲み、静かに受け皿へ置いた。
「……じゃあ、例えばだけど。……私が付き合ってって言ったら、斐斗君は付き合ってくれたりする?」
斐斗は真剣に答えた。
「あまりお勧めはしないな。前から言ってるけど、陽葵は事故に遭いやすくさせたくない」
「……そっかぁ」俯き加減で呟いた。
「……すまな」
「ねえ」
斐斗の言葉は遮られた。
「斐斗君って運命とか信じる? 良い事も悪い事も、身に降りかかる事は何かの縁があるってやつ」
「なんだ、唐突に」
以前、カノンが陽葵の姿で運命について語っていたのを思いだし、もしかしたら同じことを言われるのではと構えた。
「斐斗君は考えすぎる人だから、この道楽には付き合ってほしいの」
陽葵は内容を語った。
4 クリスマスの夕方に
十二月二十五日十九時二十分。
耀壱と夏澄は、広沢一家と夕食をとっていた。
クリスマスは人が多い方が食事も美味しいからと、平祐、美野里に言われたが、真鳳と凰太郎が二人とクリスマスを遊びたい本音もあった。
しかし、双子達とは別に、大人達は別の話で盛り上がっていた。
「それで、千堂さんは陽葵さんとどうなったんですか?」夏澄の興味はそこにしかない。
答えたのは、斐斗から相談された平祐であった。
陽葵の道楽とは十二月二十五日に、二人が待ち合わせして一緒に会えたら付き合うというものだった。
日にちと待ち合わせエリアだけが決まっており、時間、場所の指定は無い。尚、エリアは陽葵の住む街である。
持ち掛けられた斐斗は、十八日からずっと頭を痛めていたらしい。
「で、現在、運命の大勝負に出てるって訳だ。連絡はまだない」
偶然に出会えるかどうか、夏澄は興奮した。
「けど斐斗兄も、なんだかんだ言って律儀だよね。付き合う気ないとか言うなら行かなきゃいいのに」
美野里が反論した。
「耀壱君、それは違う」声から、夏澄同様に興奮しているのが伝わる。「斐斗君も好きだからどうしようもない。けど、あの性格だから素直になれないだろうし、今まで『恋愛とか興味ない』で来たから、認めきれないのよ」
夏澄は何度も頷いて肯定した。
「まあ、いよいよ斐斗も来る時が来たって事だな。冴木さんって子と会った日から色々悩んでたみたいだし、まあ、ちょっと鬱陶しくもあったけど」
「平祐さん、なんか言ったの?」
「『グダグダ考えず、腹括って行け』ってな。家族や他人の事ばかり考えるより、もっと自分の事も考えなきゃならんだろ。さっさと世帯持ってほしいしな」
「けど、もしですよ。陽葵さんと千堂さんが付き合って結婚ってなったら、広沢さん達はどうするんですか?」
「まあ、俺らは俺らで色々あるだろうし、斐斗も家を出ていかす気はないって前もって言われてるから、出ていきはしないけど」
「その時はその時で、この家の隣にもう一軒建ててもらえばいいじゃない」
美野里は楽しそうである。
先行きなど、『なるようになる精神』を尊重し、先の事は考えてない風で話は進められた。
クリスマスプレゼントの玩具で遊んでいた双子も、皆と遊びたい一心で、皆を呼びに来た。
十二月二十五日十六時。
街の風景が一望できる見晴台に斐斗は来ていた。
誰もいない見晴らし台の石椅子に腰掛け、自動販売機で購入したホットコーヒーを飲んでいた。
「……来てたんだ」
後ろから声がして振り返ると、陽葵が二メートル程離れた所に立っていた。
斐斗は立ち上がって向かい合った。
「ちょっと意外。来ないか、別の所にいると思ってたから」
「空気の冷たい秋と冬は夕陽に染まる街を見るのが好きだったって、陽葵が言ってたのを思い出した。他にも候補はあったけど、ここにした。待ち時間も五分ほどだから上出来だろ」
「今日はクリスマスですよ。クリスマスの雰囲気が味わえる場所は考えなかったんですか?」
「俺の勝手な意見だけど、君はああいった場所で待っているとは考えにくかった。待ってる場所の雰囲気とか空気も考えそうだと思って」
陽葵は見晴らし台の手すりまで進んだ。
「それは考えすぎですよ。……あ、けど、人の多い所は苦手というのはあるかな」
斐斗も隣まで進み、二人は並んで街を眺めた。
夕陽は確かに街を薄茜に染めているが、厚い雲の塊が多く、日の当たる時間は短い。そして雲も輪郭がはっきりしておらず、まるで空に溶けている様子であった。
陽葵は空を見上げると気付いた。
「これってある意味……」
斐斗も空を見た。
「……ホワイトクリスマスでいいんですかね」
降る雪の量は少量である。
「斐斗君、運命が結果を出したから、もう正直に言うね」
斐斗は陽葵を見た。彼女は街に視線を戻していた。
「ずっと好きでしたよ」
斐斗は何も言えなかった。
「でもおかしな事に、時々会って、恋人同士にもならず、仲のいい友人同士の関係が心地よくって、あのままでもいいかなぁって思ってた。けど、二十八ぐらいから、このままでいいのかなって思いつつ、仕事も忙しくなる時期で感けてたら、あれよあれよで三十一歳。……耀壱君の彼女さんの話を聞いて、間接的だけど、恋をする事に私が臆病だったのかもって」
それでこの待ち合わせ方法。もしもの事を考えると、どうするつもりだったのかと思い、斐斗は大きく一呼吸吐いた。
「もし会わなかったらどうするつもりだったんだ?」
「その時はその時。運命に任せてみようと思って。でも出会えたこと以外にもう一つ良い事がありましたよ」
「良い事?」
陽葵は手すりから離れ、散歩進んだところで両腕を広げ、斐斗と向かい合った。
「私もこうやって奇跡を体験出来ました」
嬉しそうな彼女を見ると、斐斗は何も言えなくなった。
「斐斗君。付き合ってもいいよね」
陽葵は手を出して、続けて言った。
「付き合ってよ」
斐斗は迷わず手を取った。
「君には敵わないよ」
手を引っ張って陽葵を寄せ、思い切り抱きしめた。
「待たせてごめん」
「大丈夫。よろしくね」
雪降るクリスマスに、奇跡を解決する者と、奇跡の干渉受けない者が結ばれた。