【短編】変理の種
彼女が叶えたい願い
変理の種とは、世界中を変化対象とした、理そのものを変える力を持つと云われる種の事。外見は巨大な岩の様な丸く表面がざらざらした赤紫色をしている。
種は三百年に一度現れ、ある条件下で【拡散状態】と呼ばれる、外殻も内部も小さい粒子となって爆散する現象を起こす。
変理の種が拡散する。それは、どんな願いでも一つだけ叶えてしまう変化現象の事。
個人であれ集団であれ、人間の力によって変えれるようなものでも、どう足掻いても変えることの出来ない、世界の理さえ変えることも可能となる。
もし人の力で変えれる願いであれば種の拡散後、人々の記憶に変理の種が影響を齎したと記憶に残るが、秩序を変える程の世界を巻き込む願いであれば拡散後は記憶に残らず、変化した理の世界が一般世界となる。
後者の場合、最後まで変理の種の傍に居た者達は記憶の書き換えが起きない。なぜなら、変理の種に願いを捧げる方法と、願いを阻止する方法が同一だからである。
現実世界にある変理の種に触れ意識を集中すると、意識が種の中に入り、種の中で夢を見ている状態になる。尚、その時の身体は種の解明不能な力により護られる。
現在、変理の種に一人の術師が願いを捧げ、種に意識を同化させたまま結界を張った。
変理の種に触れた魔術師の女性は、周囲にどうしても叶えたい、変化させたい願いがあると漏らしていた。
彼女の追い立ちはけして裕福ではないがそれなりに楽しく、貧しいながらも周辺住民達と協力して生活していた。
齢二十八歳であり、苦労して術師の技と経験を積んだ女性が考えうる、理を変える程の願い。生い立ちと周囲の環境から人間の考えうる願望をひとつに絞るなど到底無理である。
ただ、理を変えたいほどの願い。それが如何なる状況になろうと、最悪の事態を考慮するだけでも阻止に値する。一個人の秘めたる願望を阻止するために、その国でも優秀な魔術師五人が阻止に向かった。
阻止
王命を受けた五人の魔術師達は、種の世界に到達すると、想像を絶する幻想的な光景に見惚れた。
虹のように染まる巨大な雲が空に点在し、薄緑の風の波が緩やかに流れ、木々の形状は曲がりくねったものから枝分かれの多い大樹など、葉は青々と茂っているが、中には黄色や朱色のモノもある。
大地は白と黄色と桃色が混ざり、飛び交う鳥達は雲を突き抜け、大地を突き抜けてはまた出現する、異様な飛び方をし、大地を駆け回るウサギやシカなどは見たことも無い跳躍力で駆け回っている。いや、跳び回っているというのが正しいのかもしれない。
一時、五人は使命を忘れてしまうところであった。しかし、隊長格の術師が一喝して四名の意識を戻し、改めて目的の場所を目指した。
目的地は一目瞭然である。離れた平地に不自然と佇む円筒形の十階建てはありそうな石積みの塔。その最上階に巨大な種の一部が漏れていたからだ。
五人は幻想的な光景に見惚れず塔まで辿り着き、それぞれの魔術を駆使して術師の女性が仕込んだ魔法陣の罠を解き、変理の種が仕掛ける侵入妨害攻撃を防いで突き進んだ。
最上階、種の前に辿り着いた五人は事態の緊迫した状況に焦り、急いで解除術式を組む作業に取り掛かった。
変理の種はすでに拡散状態間近であった。
拡散
「おい急げ! 早く術式解かねぇと種が開くぞ!!」
「わーってる!!」
五人は種の周囲を取り巻く宙に浮く青白い光を放つ文字【光文字】を読み、色違いの光文字を発生させて青白い光文字を消していた。
青い光文字をすべて消し、種に破壊の魔術を掛ける事で全ては解決するのだが、光文字の相殺に苦戦を強いられた。
「……駄目だ。間に合わない……」
手練れの魔術師が弱音を吐くほどの事態だ。
光文字の結界はまだ五割は残っており、そんな中、変理の種は拡散の合図となる本体の『色変わり』が起きた。
真っ赤に種が染まる事態は、もう間もなく拡散が起きる合図。そう文献に記されている。
「――くそ! くっそぉぉぉ――!!!!」
五名は各々、悔しい感情を表した。
魔術師としての技術力が高く優秀な彼女に、種の力添えにより結界の力が底上げされた状況。たとえ優秀な魔術師五人が揃おうと、時間があまりにも足りない現状において到底無理な任務であった。
五人が悔しがり、敗北を痛感し脱力する中、とうとう種は眩い白色の光を放ち拡散した。
現実世界においても種が拡散すると、世界が光に包まれた。
変化したのは……
理が変えられた世界で目を覚ました五人は、世界が一体どのように変わったかがまるで分からなかった。
いつも通りの街並み、人の形も生活習慣も変わっておらず、自分達の知る街であり、国であり、世界である。
何が変化したかを必死になって五人は探った。
「えーっと……、今日の青眼の女性は……げげ、運勢的には最悪みたい」
「あ、あたしの紅眼は良い感じの運勢だって」
本日の占い話で女性達が盛り上がっている。その話を偶然、仲間の一人が耳に入れ、今までそんな占いがあったかどうか疑問に思い、そして眼の色は全人類同じ色だったことを思い出した。
真相を確かめるため仲間の顔を見て異変に気づいた。
「お前……眼の色、緑だったか?」
確たる証拠を得るため、五人は各々の友人知人、先輩後輩等、あらゆる者達の目の色を見ると、全員が色とりどりの眼をしていた。
五人は、”術師の女性はこういった占いをもっと広めたかったのだろう”と結論付け、大した事態にならなかったことに安堵しつつも、くだらない結果により、どっと疲れが出た。
「……なあ」
「……うん?」
「俺ら、なんであんな必死になって結界解いてたんだ?」
「………………知らねぇ」
五人の内、仲の良かった二人は種の残骸を茫然と眺めながら酒を飲んでいた。