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#38 旅立つ理由

とても惹かれるタイトルである。

この本は多くの国々を訪れた筆者がそこで経験したり、感じ取ったであろう事々を元に綴ったフィクションの短編集である。

「旅立つ理由」とはなんだろう。
自分の場合はなんだろう、そんなことを思いながら読み始めた。

色々な国や地域の、街の様子や生き生きとした登場人物達の営みを拾い上げ、それぞれ違った文化の中で人と人が繋がれてゆく様が平易な言葉で表され、読み手の頭の中にはその空気感と共に風景が鮮やかに浮かび上がる。
まるで「そこ」にいるかのように。

名前のない主人公"彼"は(正確には何度かその名を呼ばれるのだが) 人々が行き交う街で色々なことに気付く。

例えばそれはザンジバルで、バイーアで、ベリーズシティで、ハバナで、フィレンツェで、サラマンカで、ナイロビで・・・
そして東京で。
そこにはいつだって人がいた。

「旅立つ理由」は人の数だけあり、その全てがポジティブな意味を持つものとも限らない。
それでも移動した先で健気に淡々とできることを為して生きてゆく市井の人々の日々は逞しささえ感じる。

フィクションとは言うものの、作品に登場するエピソードは筆者の実体験に基づくものが多いのではないかと容易く想像ができ、ルポものを読んでいるような、ノンフィクションに限りなく近い作品なのではないかと思えてしまう。

この作品はある家族の物語でもある。
「家族」がその背景に横たわっていることに気付く。
(私の読み違いかも知れないが)
父親がいて、母親がいて、子供のいる家族。

作中、父親と息子が度々登場し、"彼"はあからさまに表に出すことは決してないが、息子が感じること、発言すること、行動することその全てに、他の誰でもない、子供の父親としての感激や喜びが静かに滲み出ていることがこちらに伝わるのだ。
また子供を尊重しながら接するその眼差しは優しく、なんだか温かい。

そして最終話、それまであまり触れられていなかった母親と息子の描写に胸が熱くなる。

読者は自身、其々の「旅立つ理由」に想いを巡らせることだろう。

今日も地球のどこかでハンモックが揺れているに違いない。

📖📖📖📖📖


※そしてこちらは「旅立つ理由」著者の長男である、お笑い芸人リロイ太郎氏が本作について書いた記事であり、併せてお読み戴ければと思う。

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