#66 たったひとつの事だけ知らない男
知識も教養もありルックスも抜群、街を歩けばすれ違う女性の8割が足を止め振り返り、ひとたび笑えばハートを奪われる者 後を絶たず。
当然ながら仕事も出来、性格も良く、思い遣りに溢れ、謙虚であり気配りも出来る、それでいて嫌味にならないという、非の打ち所がない私のような男がいるとしよう。
ところがその男。
どうした神の悪戯か、はたまた偶然なのか たったひとつだけ、ある情報がスッポリ抜け落ちているなんて事があったら面白い。
例えば「携帯電話」という情報が全く無かったとしたら・・。
テレビを見ても携帯のCMの寸前に偶々チャンネルを変え、雑誌の広告も何故か2ページ捲ってしまう。
新聞はとっているが目が悪く、字が小さいと感じてからはロクに読んでいない。
当然電車に乗っていても、街を歩いていても、友人達と一緒にいても他人がいじっているものが何だか良くは見えない。
と、まあこのように彼と情報が交わる瞬間がひとつもないという、奇跡のような あり得なさの繰り返しで今日までを過ごして来た人物が絶対にいないとは言えないだろう。
(可能性はゼロではない)
するとどうなるか。
彼の辞書に「携帯電話」の文字はないのだ。
「ああそうだ。キミの携帯を聞いておこう。教えてくれないか。」
「は?・・ケ・・ケイタイ?・・ですか。ケイタイを聞く?ですか。えっと・・私が何かを携帯しているのでしょうか・・(ん〜、、あ、形態?生活形態ってコトか?)はい。え〜私は・・朝は大抵7時に起きます。まだ独身で一人暮らしですが、田舎には両親と妹がいて・・」
「何を言っとるんだね!キミの起床時間や家族構成を聞いてどうする⁉ 携帯だよ!携帯!携帯の番号を教えてくれと言っとるんだよ!」
「番号?・・ですか。形態の番号ってのは・・(あ、芸大⁉ 確かに俺は芸大出身だけど・・ん?受験番号ってコト?何でそんなもの。まあいいや。)えっと・・確か28564でした。」
「え〜と、ニイ、ハチ、ゴー、ロク、ヨ・ン・・っと。随分コンパクトな番号だね・・って短くないかこれ!電話だよ、電話!携帯電話の番号を教えればいいんだよ!」
「電話⁉ 携帯って・・あんなもの携帯出来ますか?線で繋がってるし、嵩張るし。そもそも外では電話かけられないし。携帯したってしょうがないじゃないですか!荷物になるだけで。いやだなあ、部長。冗談ばっか。ハハハ。」
「分かった。そうまでして教えたくないんだな。君は優秀で専務も期待していたし、社長もお嬢さんを君に会わせたがっていたが、そーゆーことなら仕方がない。もう帰っていいぞ。」
このような、突拍子もなく、またくだらない事を考えるのが日々の慣しの私。
家族からは「どうしたらそこまでくだらない事を思い付くのか」と言われるが仕方ない。
思い付いてしまうのだから。
けれど、これ程のあり得なさではなくても、殆どの人は知っていて、自分だけが知らない事は誰にでもあるかも知れない。
幸運にもそれが今日まで発覚しないだけで。
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