#71 超短編小説 "遣らかしの午後"
「ピンポーン♪」
胸まで炬燵に潜り込んで惰眠を貪っていた真奈美(仮名)はチャイムの音で目を覚ました。
慌てて立ち上がり、はねた髪の毛を手でなでつけ玄関へ向かう。
「はい。どちら様でしょうか?」
「あ、本日お約束戴きましたガス会社の者です。コンロまわりの点検にまいりました。」
忘れていた。
素早く身を翻し台所の方へ首を伸ばす。
あろうことか昼食はもとより、朝食の汚れた皿や茶碗、数個の鍋まで積み上げられているのが見える。
コップに突っ込んである、青ノリの付いた割り箸の向こう側には"ペヤング"の文字も。
殆ど修羅の景観である。
迂闊だった。
「ちょ、ちょっとお待ちくださあい!」
玄関に向かい「Stap細胞はありまあす」のような言い方でそう声を掛ける。
さて、どうするか。何と言おう。
「済みません、さっきまでカーボベルデ領事館の職員の方達を招いてパーティーをしていたんですの、オホホ」
駄目だ。
外交官をペヤングでもてなすパーティーがどこにある。
信じて貰えるワケがない。
「今、強盗が押し入って、料理して、食べて、台所まで持って行って出て行っ・・」
いや無理。
映画の"食べて、祈って、恋をして "に似てるけど無理。
・・・💡‼
「そうだお風呂だ!お風呂へ持って行ってしまえ。浴室ならコンロは無いし、見られることはないだろう。」
そうと決まれば後は運ぶだけである。
何かに取り憑かれたかのように台所と風呂場を鬼の形相で往復し、全てを浴槽の蓋の上に置く。
ペヤングなんかゴミ箱へ捨てればいいのに。
我ながら信じられない早業である。
パッと見 、綺麗なキッチンではないか。
ワハハ。
「済みません、お待たせしてしまって。(ハァハァ)どうしても切れない(ハァハァ)大事な電話だったもので」
息切れを隠し、見え見えの嘘を言いながら玄関のドアを開ける。
= = = = = = = = =
「はい、こちら何も異常はございません。」
点検はものの3分とかからず終わり、真奈美はそうと気付かれぬよう小さく安堵の息をもらす。
しかし次の瞬間、担当者の口から放たれた思いもよらない言葉に身体が凍りつく。
「え〜・・次はお風呂場の給湯スイッチパネルの点検になります。」
(実話)
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