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ベルリン・ミッテ区の〈平和の少女像〉を撤去させるな! 

1.ベルリンの〈平和の少女像〉撤去の危機

 いま、ドイツのベルリン・ミッテ区の公園にある〈平和の少女像〉が撤去の危機にあります。
 ヨーロッパで初めて公共の敷地に建てられたベルリン・ミッテ区の〈平和の少女像〉は、2020年9月の設置当初から、茂木外務大臣(当時)や加藤官房長官(当時)が撤去要求を公言するなど、日本政府は強力な妨害活動を続けてきました。
 ドイツではもともとニュースにもなっていなかった〈平和の少女像〉ですが、日本政府の露骨な政治介入により社会問題化し、多くのドイツ市民の批判を浴びました。その結果、もともと2022年までの有期の設置だったものが、さらに2年延長されて2024年の現在に至っています。
 岸田首相も2022年に日本を訪問したショルツ首相に対して少女像の撤去を要請しましたが、ショルツ首相は「区長に権限があるため連邦政府が介入できない」と答えました。そのためか、日本政府はベルリン市やミッテ区に対して、強力な政治介入を行っています。今年の5月にベルリンのヴェグナー市長が来日した時にも、上川外務大臣は撤去を要請しました。

 これまでも日本政府は今回のベルリンの事案にとどまらず、世界中の日本軍「慰安婦」被害者を記憶するモニュメントに対して、設置しないよう、あるいは撤去するよう圧力をかけてきました。
 事は外交ですので「圧力の証拠」というものはなかなかありません。けれど2022年に就任したミッテ区のレムリンガー区長が、就任当初は〈平和の少女像〉の継続に積極的だったにも関わらず、いまは撤去を口にしていることから、その圧力がどれほど大きかったか想像つきます。
 またベルリンのヴェグナー市長は〈平和の少女像〉を設置したコリア協議会の支援予算も削減しました。「日本政府と紛争があるから」というのがその理由らしいのですが、削られたのは人権教育予算です。コリア協議会は韓国や、あるいは朝鮮民主主義人民共和国と関わりのあるような団体ではありません。東アジアの平和と安定、そして人権教育を推進する民間の市民団体です。市民団体がベルリンの子どもたちに戦時中の性犯罪をはじめとする性暴力全般を扱う人権教育を行ってきましたことが、なぜいけないのでしょうか? コリア協議会は現在、プロジェクト中断を余儀なくされています。

 在ドイツ日本大使館は市民団体への支援予算を審議する諮問委員を5つ星ホテルで接待し、予算支援に反対するようロビー活動を行ったと報じています。
 これが日本の外務省のお仕事の実態です。

2.〈平和の少女像〉撤去は、日本政府の歴史の抹殺に加担するということ

 ミッテ区のレムリンガー区長は、設置期限である9月28日までに〈平和の少女像〉を撤去させなければ過料を加えると、設置団体であるコリア協議会に伝えてきました。同時に「すべての戦時性暴力の被害者のためのシンボルを設置する」とも言明したそうですが、私たちにしてみればとても納得できる説明ではありません。
 2年前はミッテ区は多くの市民の声に後押しされて設置延長を認めたのに、今回は認めなかったというのには、一応表向きの理由があります。それは〈平和の少女像〉に設置された碑文の内容です。
 少女像の碑文には「第2次世界大戦当時、日本軍はアジア・太平洋全域で女性を性奴隷として強制的に連行した」という文言があり、この文言について「事前に通知がなかった」というのが、延長許可を出さなかった理由です。レムリンガー区長はそのプレスリリースで「日韓が折り合える妥協案を望みます」と述べています。
 私たちは碑文の内容に問題があるとは思っていませんが、仮に碑文が問題であるのならば碑文の文言を修正すればいいのです。実際そういう議論もあったときいています。しかし文言を修正したからといって、事態は解決しません。なぜならば、日本政府にとっては碑文の内容が問題なのではなく、〈平和の少女像〉の存在そのものが容認できないからです。
 日本政府はレムリンガー区長に対してどのように圧力をかけたのかはわかりませんが、区長の「日韓が折り合える妥協案を望みます」という見解は、お花畑的な発想だとしかいいようがありません。日本政府が認めることのできる唯一の「妥協」案とは、日本軍「慰安婦」問題について言明しないこと……つまりはなかったことにし、歴史から消し去ることです。
 2015年12月28日の日韓合意によって、当時の安倍政権と朴槿恵政権は折り合い、妥協しました。文字面だけ読めば、「最終的かつ不可逆的に解決」したのです。その結果が、日本軍「慰安婦」のことを記憶しようとすると「日韓合意違反になる」という事実です。ばかげた事実ですが、実際に日本政府はそのようにふるまっています。記憶しようという行為が「政治的」となり、そのような行為が「最終的かつ不可逆的な解決」に反しているというのです。
 日本政府は記憶することさえ許さないのです。今回のベルリンの〈平和の少女像〉の騒動も、その延長線上にあります。
 レムリンガー区長は〈平和の少女像〉の代わりに、「すべての戦時性暴力の被害者のためのシンボルを設置する」としています。それがどのようなものになるかはわかりませんが、日本政府はその「すべての戦時性暴力被害者」のなかに日本軍「慰安婦」被害者の姿が抹消されていることを確認し、そして満足することでしょう。
 日本政府は日本軍「慰安婦」を性奴隷とは認めていません。おそらく「戦時性暴力被害者」とも認めないでしょう。ミッテ区が新たに設置しようとする「すべての戦時性暴力の被害者のためのシンボル」とは、日本政府にとっては日本軍「慰安婦」問題を歴史から抹殺する成功例であり、ミッテ区にとってはミッテ区の「つもり」、あるいはレムリンガー区長の「善意」とは無関係に、日本政府の歴史修正主義、歴史の抹殺作業に加担することに他なりません。

3.9月28日の撤去期限までに、私たちにできること

 設置団体であるコリア協議会はもちろんのこと、〈平和の少女像〉を守るために闘っているドイツの市民たちは、あきらめていません。
 そして私たち日本の市民にもできることはあります。

 ひとつは国際署名に協力することです。その署名とは《ベルリンの「平和の少女像『アリ』」を守ろう!》というものです。change.orgを使ったこの署名はコリア協議会によって提起され、レムリンガー区長とベルリン市長に届けられます。「ベルリン アリ 署名」で検索するとすぐヒットするかと思いますので、ぜひとも試してください。目標5万筆のところ、現在4万人が署名に賛同しています。
https://www.change.org/p/ベルリンの-平和の少女像-アリ-を守ろう
 ここで「アリ」という耳慣れない固有名詞に首をかしげる人もいるかもしれません。
 ベルリン・ミッテ区の〈平和の少女像〉は、ドイツ現地では「アリ」という愛称で市民に愛されてきました。アリは「勇気ある女性」を意味するアルメニア語で、アルメニア虐殺のサバイバーで勇気を奮って声をあげた女性を、尊敬を込めてアリと呼びます。平和の少女像「アリ」は、戦時性暴力の被害を乗り越えて平和を訴えた女性たちの勇気の象徴として、ドイツで支持と理解の輪を拡げてきました。
 繰り返しになりますが、ドイツでは〈平和の少女像〉は戦時性暴力の被害を乗り越えて平和を訴えた女性たちの勇気の象徴として認知されているのです。日本では「反日の象徴」などという人もいますが、そもそもドイツには「ドイツ国家にとって反対勢力であるか否か」という概念はありません。反日、親日、あるいは嫌日? 世界からみれば、そんな概念そのものがばかばかしいとしか言いようがないのです。

 もうひとつは、日本国内から提起されている署名に協力することです。私たちも参画している日本軍「慰安婦」問題解決全国行動が署名を提起しています。こちらもミッテ区長とベルリン市長に届けられますが、「日本から届けられる」という意味で、とても重要です。「慰安婦 全国行動」で団体のホームページにヒットしますので、そこから署名のサイトにつながることができます。本日のアピール原稿も、多くはこのサイトで書かれていることに依拠しています。ぜひご覧になってください。
https://docs.google.com/forms/d/1rHP8t_-TVgNTRlqhT7XdbSwEalgTXpPt1ZJeeU1VOzc/edit

 ミッテ区議会は、2020年9月に〈平和の少女像〉が設置されて以降、少女像の永久存置を求める決議を数度にわたりあげてきました。また区議会の分科委員会のひとつである文化教育委員会は今年7月10日、ミッテ区に対し、〈平和の少女像〉の存置に向けてベルリン市当局と対話するよう求める決議案を本会議に上程しています。全く望みがないわけではありません。
 そもそも日本政府がやっていることが無理筋なのです。まともな歴史感覚と人権感覚を持った人物であるならば、日本政府がやっていることは歴史修正主義であるとすぐ気がつくでしょう。
「アウシュビッツの毒ガス室はなかった」
「ナチスがしたことは悪いことばかりでなく、いいこともした」
そう主張するのと同じことなのですから。
 それが同じだと気づかないのは、きっと遠い東アジアの出来事で、関心がないからでしょうか?

4.それとも……日本政府の加害に同調しようとしているのはドイツが性買場を容認している国だから?!

 あるいは今のドイツが性売買を容認する国家だから、なのかもしれません。
 ドイツは性売買に対しては2002年以降、合法的規制主義の政策を取っています。つまり性売買を合法的な経済活動とみなして、法的・制度的なルールを適用するという考え方です。そして性売買女性を店と同等な契約関係を結んだ個人業者とみなしています。この考え方の根底には「人身売買を減らし性売買女性たちの処遇を改善できるから」というものでした。しかし現実はどうでしょうか?
 例えばハンブルグの性売買集結地では大きなものでは180もの部屋のあるビルに、女性たちは部屋を借り、性売買を行っています。部屋の廊下には買春男性が女性たちを品定めできます。対価は1回につき20~60ユーロ。1日の部屋の家賃が140ユーロなので、業者は莫大な利益を上げることができます。
 女性たちは部屋代を払いつつ生活費も稼ぐために、できるだけ多くの客を取らなければなりません。客がまばらだったり、女性が体調を崩したりすれば、たちまち借金を増やすことになります。性売買に従事する女性の多くは、東欧出身の移住女性たちです。
 フランクフルト在住のある女性は、自身がフェミニストだという自覚もあり、子育てをしながらセックスワークをするという道を選択しました。しかし性売買によるうつ病とトラウマに悩まされ、仕事を続けていくことが困難になり、保護を求めて労働福祉官を訪ねたのだそうです。しかし彼女は労働福祉官に「なぜもっとセックスワークができないのか」と言われ、実際に性売買できないことを立証しなければ失業給付を受けられないと告げられたのです。
 ドイツではセックスワーカーの人権を保障するという名目で、性売買を合法化し、新自由主義の競争社会の中に女性たちを容赦なく放り込んでいます。性売買に従事する女性たちは職業選択の自由の名の下に、被害が自己責任とされています。

 社会が性売買を認めた瞬間に、女性たちは分断されます。性売買を自分の意志で選択した女性と、被害を受けた女性とに。そのキーワードは自己責任です。生きるために選択したことと生きるために強いられたことは同じことのはずなのに、その違いが強調され、容赦なく分断されてしまうのです。
 日本軍「慰安婦」問題を巡る議論でも、かつて同じような議論がありました。日本人「慰安婦」を巡る問題です。
 日本人「慰安婦」の多くは、遊廓にいた女性たちでした。借金がかさむ中、より高い収入を求めて戦地の慰安所に転売されていきました。それは見る人が見れば、自己責任であり、そこに強制はなかったということになってしまうのでしょう。「無理やり慰安婦にさせられたわけではない」「その人の意志だった」「お金儲けだった」……そういう言説は、今でもよく見かけます。
 私たちにとってみれば、そこにいたる経過や本人の意志とはかかわりなく、被害者は被害者です。自由な労働者たりえません。自分の意識の中では自由意志だったとしても、それは自由意志ではなく強制です。そのような被害者がいることが前提で成り立っている時点で、慰安所とはすべからく「レイプセンター」なのです。
 
 ミッテ区のレムリンガー区長は「第2次世界大戦当時、日本軍はアジア・太平洋全域で女性を性奴隷として強制的に連行した」という文言が問題だとし、「すべての戦時性暴力の被害者のためのシンボルを設置する」と言明しました。逆説的に言えば〈平和の少女像〉は「すべての戦時性暴力被害者のためのシンボルではない」ということです。そこには、自発的な女性と強制された女性を分断しようという意識は働いていないのでしょうか?
 もちろん私にも確信はありません。そうでないことを祈るばかりです。
 ただ事実として、2020年、ドイツでは社会民主党も緑の党も左翼党もすべて、セックスワーク論に基づいて売買春の自由化を推進しました。ドイツ共産党を除くすべての左派が、グローバルな人身売買を全面的に助ける政策を支持したのです。ドイツとはそういう社会だということです。
 「強制であれば違法だが、強制でないから問題ない」というのが日本政府の言い分です。在独日本大使館の職員がどのようにドイツの政治家や関係者を説得したのかはわかりませんが、「性奴隷ではなかった」「強制連行ではなかった」と主張していたことは間違いなく、そういう主張を受け入れてしまう素地がドイツ社会の中にあったのではないかと、私はどうしても疑ってしまいます。
 
 しかし私がいくら疑ったところで、日本社会はそれ以上に最悪であるという事実は厳然として変わりがありません。日本では性売買は違法ですが、それは形ばかり。誰でも知っている通り日本は性売買天国です。あまり知られていない事実ですが、アダルトビデオが作られている国は、アジアでは日本だけです。そのような社会であるからこそ、日本軍「慰安婦」問題の解決が阻まれていると私たちは確信しています。
 日本政府に買収されたドイツの政治家が悪いのではなく、買収する日本政府が悪い。当然のことです。
 だからこれは私たちの問題です。
 この闘いのオール(櫂)を、ドイツ市民に全面的に委ねるわけにはいきません。これは私たちの問題だからです。

 私たちの責任において、ベルリン・ミッテ区の〈平和の少女像〉撤去に反対してきましょう!
 ベルリン・ミッテ区の〈平和の少女像〉撤去の中止を実現させましょう!

[2024年8月28日 第187回神戸水曜デモアピール原稿]


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