癒しの羊羹
赤坂に本店を置く老舗の和菓子店。滅多には行かないが、仕事で近くに来たときには必ず立ち寄り、名物の羊羹を買う。今日も仕事で近くに来たので寄ってみた。
広々とした店内には、おすすめの商品たちが、まるで美術品のように並べられていて、私はそれを見ながら奥のカウンターに進み、お気に入りの羊羹を注文した。
はい、わかりました。空間を御一つですね。
そう店員さんが言ったので、聞き間違いかと思い
いえ、空間ではなく羊羹です。
と、少し大きな声で言い返すと、店員が
すみませんお客様、本日は羊羹の販売は行っておりません。今日は空間販売日なんです。
と言った。
空間販売日?
私が聞き返すと店員が、
そうです。癒しの空間を販売しております。お陰様で大好評でして、限定販売日にはたくさんのお客様がいらして下さいます。本日も朝から大盛況でして、最後の一点になってしまいました。いかがなさいますか?
と言う。
最後の一点とか限定という言葉に弱い私は、その言葉を聞くと急にムラムラと購入意欲が起こり、気がつくと奥の部屋で店員から使い方の説明を聞いていた。
本日はお買い上げありがとうございました。
尚、こちらは当店の羊羹です。おまけしておきます。癒しの空間内でお召し上がりいただきますと、より一層癒されます。
そう言って、店員は羊羹を紙袋に入れながら、にっこりわらった。
自宅に戻って、早速紙袋を弄り癒しの空間が入った箱を探した。しかし紙袋にはおまけの羊羹しか入っていない。店員が入れ忘れたのかな?私は店に電話をかけてみた。ところが、
恐れ入りますがお客様、当店には癒しの空間という商品の取り扱いはございませんが、何かのお間違えでは?
電話口でそう言われたので、
そんなことないですよ。夕方4時くらいにそちらにお邪魔して‥
と返事をしたら、
すみませんお客様。販売の方は本日お休みをいただいておりまして、このお電話は事務所の方に転送されております。
と言われてしまった。
夕飯の後、お茶を飲み、おまけの羊羹を一口。
物がひしめく散らかった自室が、癒しの空間に変わった気がした。
(了)