秘密
オフィスビル中の広いフロア。その中にたくさんの電話ボックスが置かれている。
この電話ボックスは、あるベンチャー企業が始めた『誰にも言えないことを聞きますよ』サービスに使われている。このサービスとは、誰にも言えない秘密を持ってストレスを抱えた人たちが、受話器に向かってその秘密をしゃべりまくってスッキリして貰うというものだ。私はここでスタッフとして働いている。
今日も朝から秘密を持った人々が、続々とこのボックスにやってくる。ボックスの扉はぴっちりと閉じられ、その中で利用者は受話器に向かい、思う存分秘密を話すのだ。しかし何かあったときの為に、中には監視カメラが備え付けてあり、その様子は私がいるコントロールセンター内のモニターに映し出されるのだ。
ある日、いつものように私がモニターを眺めていると、見覚えのある男性が‥。主人だった。
実はここでパートをしていることを、私は主人に内緒にしていた。なぜなら彼は、私が外で働くことを良く思ってはなかったからだ。しかしその割には、給料の大半は自分で使ってしまい、ほとんどうちには入れてくれない。困った私は内緒で働きに出ることにしたのだった。
言いたい放題、我儘者の彼に、言えないことなんかあるの?
そう思った私は、彼が何を話すのか興味がわき、彼のボックスのモニターの音声をオンにした。
‥いつも、俺に尽くしてくれてありがとう。なんか照れ臭くて上手く言えないけど‥
そう切り出した彼は、今まで聞いたことのないような、懺悔の言葉を受話器に向かって語りだした。それを聞いて私も、付き合いはじめた頃から今までのいろいろな思い出を彼の語りに被せながら思い出していた。思えば彼、はじめは暴君じゃなかったんだよな。
ごめんな。いつも辛くあたって。今日クリスマスイブだろ。つまらないものだけどプレゼントを用意したんだ。
そして、少しの沈黙の後、
愛してるよ。
彼が受話器に優しく囁いた。
それを聞いた私も、思わず大声で
私も!
と、モニターに向かって叫んだ。それと同時にスピーカーから、
ともちゃん。
と、彼の声が。
誰、ともちゃんって‥?
さーっと冷めていく気持ち、そして込み上げてくる怒り。私は主人のボックスのロックボタンを押し、彼をボックスに閉じ込めた。そうとは知らない彼は、ともちゃんとやらに愛の言葉を囁き続けている。私は椅子から立ち上がると、コントロールルームのドアを開けて、彼のボックス向かってゆっくり歩き出した。
(了)