薔薇獄
演劇脚本 【薔薇獄】
あらすじ
吃音症を持った[青年]は、近所に越してきた[少女]の絵を描くことだけが安らぎだった。しかし、学校に赴任して来た教師[恒川]がきっかけとなり、狭い教室と、自己の狭間で起こる幻覚のような時間が、次第に青年の精神を病みはじめる。
【序章/美形の独白】
-暗幕から美形、スポットライトに照らされている
美形 「冷や汗と耳の熱くなるのを感じている。席順で当ててくる音読の順番を数えるのと教科書の句読点を数えるだけで終わってしまう国語の授業。葬式でその肩に私の顔をうずめて涙を隠してくれた父よ。私は今でも泣きそうです。」
-太鼓の音
美形 「本日はどうもお越しくださいました、お越しくださいました!この世でうまれた方も、生まれることがならなかった方も、二十七週足らずの母胎の中で鮮血の暑中見舞いを送れば、溶けてひとつになりましょう。私のかたわれ、双子の弟は、私が栄養を吸い取って、人の形になり損ねてしまいました。ただ、弟の分の不幸までも吸いすぎてしまったようなのです!……みなさまは、人の形になり損ねた人について考えたことはあるでしょうか。そこのお嬢さんも例外ではない!……今日はそんなお話です。」
-振り子時計の音
【第一章】
×××
川岸
-どこからか振り子時計の音がする。うなだれている青年、その音で目を覚ます。カメラを持った少女、青年に気づかず写真を撮りつづける。
青年 「……僕も、綺麗なものは好きです。純粋なものは良い。」
-少女、青年の向かいにしゃがみ
少女 「何をお描きになっているの」
青年 「いや、これは、絵を書いてばかりで___」
少女 「これ、あたし?」
青年 「あ、いや……何故だか、今日は、ひとを、描きたくて。すまない。」
少女 「あたし、この間、この街に越してきました。」
青年 「……それ。写真が好きなんですか」
少女 「ええ。叔父さんからカメラを貰ったから、レンズにカビ生えないようにこうやってたまに外で風通ししてるんです。写真は好いです。その物の、実物大を、ありのまま映してくれるから、カメラの前だと、飾らない姿で居れます。」
青年 「ありのまま、ですか」
少女 「あなたは、よく人をお描きになるの?」
青年 「近頃は、風景だけで……。人の目を見るのが怖いんです」
少女 「なら、あたしあなたを撮りたいわ!」
「あなたはあたしを描いて、あたしはあなたを撮るの。」
青年 「俺なんか撮っても。こんな吃りといたら、きみきっと」
-少女、青年の顔を両手やわらかく掴んで。暗転
×××
教室
-男子学生3人 、こそこそと額を付き合わせて囲うように座っている
-端正な顔立ちをした教師恒川。赤いマニキュアをしている。戸を勢いよく開け、
恒川 「本日付けでこの教室を任された恒川です。宜しく。」
学生 「昨日まで来ていた、武田先生はどうしたんですか!」
恒川 「処分されたよ。この学校の生徒と問題を起こしてね。」
学生 「この学校の生徒でありますか!」
-男子学生達立ち上がり、次々に重ねて
「なんと!」「先生、本当でありますか!」「生徒と!」
-1番後ろに座る青年を指し
恒川 「君。如何にも優等生らしいが。君みたいな子が先生を誘うのかな。」
-青年に近寄り、顔を覗き込む恒川。しんと静まり、男子学生達、青年の方に身体を向けて囲むようにして見る
-青年ぱくぱくと口を動かすだけで 恒川、青年の耳にささやくように
恒川-「君の事、何でも知っているんだよ。」
-青年慌てて首の傷を押さえ
青年 「な、何も…なにも、こ…ここには……ありません。なにもありません。」
恒川 「そんなもの、ただ脳の初期不良に過ぎないんだよ。精密に入り組んだ体内構造がどこで誤作動を起こしていたって何ら不思議なことじゃないんだ。ああ。僕も、君と同じだからね。不良品なんだよ。」
-男子学生達、次々に重ねて
「なんと!」「先生、本当でありますか!」…「不良品!」「不良品!」「不良品!」
青年 「……そこには何があるんですか。」
恒川 「きみは」
青年 「ぼ、僕は。なにも。ただ、先生より少し若いだけで。」
恒川 「私は、この面と、ただの不能症だ。
(小声で)他の奴らは、私達より少し重く生まれて来ただけだっていうのに。私達より少し、長くへその緒を切られただけっていうのに」
-青年、耐えきれないように俯く
恒川「そうだろう?なあ。君もそう思わないか。」
恒川 「ロマンチズムの無い奴の言い分は聞くもんじゃないよ。いいかい」
-チャイム
恒川 「次は教室移動の授業ですよ。」
-青年教室を飛び出し、それに男子学生達もつづく
恒川 「お嬢さん、何か用かな。生憎、ここに女子の部はないんだ。」
少女 「……嫌な奴ね、あんた」
-ドアにもたれ掛かる少女、教室へ入ってくる。恒川は微動だにせず
少女 「この学生服ってここ?あなた先生?随分若いのね。」
-少女1枚の写真を見せる
恒川 「聖いね。相応しく。……だが、少女性は破滅的だ。君は学生という身分に殉職したいのか?」
少女 「違うわよ!もう死にたいとは思わなくなったの。だって、あたし、強いから。強くなったから。人よりいっとう弱い分、弱いだけ強くなったのよ。」
少女 「普段人って明日の話とか来週の予定とか、そういう事平気で話しますでしょう?でもね、あたし、明日生きてる保証なんてないって思って生きてます。今この次の瞬間にも死ぬかもしれない。」
恒川 「死ぬかもしれないって、死にたくないのに死ぬことばかり考えてるのかい。可笑しな子だね。」
少女 「死っていうのは、一番遠い所に在って一番近いところに在るんです。だからね、怖くない。でも1度触っちゃえば怖くなる。ものすごく怖くなるんです。ずっとずっと怖いんです。」
恒川 「生まれてるかどうかも解らないのに、死ぬのが怖いのか?」
少女 「はい。怖いです。途方もなく怖いの。」
恒川 「へえ。その年で、どうしてそこまで解るんだい」
少女 「(被せて)わかりません!十八歳で人生なんてわかってたまるもんですか。生きてる意味なんてもんは無いんです。生まれたから生きるだけ。ただ死ぬまで生きるだけなんですから……」
恒川 「……一度気が狂った事があるだろ。きみ」
少女 「あたしが十三のとき、父が自殺しました!あたしが、一番に見つけました……。そのとき、人間なんてこんな簡単に死んじゃうのって実感したのです!目の前で、人が死んだ!それから七年後の同じ日、飼っていた犬も死にました。父と同じ日に死にました。私は犬の骨を噛みました!泣きながら噛みました!何度も何度も噛みました!……悲しみが消えないのです。大きくて透明なあおい湖の中に沈んで、重たくて、見えないけれど、確実に悲しみは沈んでいるのです。少しの拍子で溢れて、涙にかわって溢れてくるんです。」
恒川 「空実感を知っているから、ひとりでいなくてはいけなかったんだね、今まで。だが___」
少女 「彼とは、地獄が同じだっただけ。それだけ」
恒川 「好きなんだね。彼のこと。」
少女 「あなたはなんにも知らないみたい」
恒川 「ん?」
少女 「意気地無しって言ったの!……目の当たりにした時、その、一番に感じたのは、ただ、呆気なくて、悲しみもなくて、そこには何もなかった……正しく、その、事実だけが在りました。現実だけが、変なイビキをかいて横たわっていただけ。」
-恒川は艶やかに笑う
恒川 「ああ、そうだよ。その青年はちょうどその席だった。」
-恒川、教室から出ていく
-倒れる少女。
×××
背景が赤く変わる。
少女 「……飾らないあなたを撮りたいのに。振袖を縫う針で指を刺してしまって、プツリと赤い血が指の先を染めました。そんな爪みたいに。あなた、本当は解ってんじゃないの。」
-お腹を押さえて
少女 「みぞおちから震えてくる熱が。暑い夏のようでした。独りでに出すことが出来ない。もう少し大人になりたかったけれど。あいしてるのよ。おとこが好きかおんなが好きかもまだ分かんないけど。だってまだあたしこども。いつまでたってもこども。まだ恋をしたことがない、あおい目をしているこども。おとこが好きかおんなが好きかもまだ分からないのよ。どっちが好きでもいいの。あたし、いつまでもこどもでいいの」
【第二章】
×××
暗い部屋
-ふたりきりの教室。青年が字を書く音だけが続く
恒川 「一番後ろの、君。書き物が得意なんだと聞いているよ。一番に、発表してくれるかな」
青年 「はい!」
-青年原稿用紙を持って立ち上がり、恒川がその横へつく
青年 「輪郭を伝う水に、あてられた蒸気と、薔薇が一輪、揺れています。赤い紐に吊るされた、真っ赤な薔薇が。その真っ赤で、大きな腹を突き刺して死んで逝きました。親と子。中学一年生の終わり際、寒い冬の日でした。もう十三歳でした。大人に成りました。鮮明な色だけが私を生かせてくれました。彼女の、若い額をよくさすって見てください。その薄い皮の下を想像してください。それで、私は、気が狂いそうになります。張りのいい頬と正反対の、コツコツと、小気味良い音を鳴らす頭蓋骨が、私を犯してくれます。」
-どこからか鈴の音が聞こえてくる。その音楽激しくなって、負けないよう大声で
青年 「拝啓、彼女の鮮明な赤が、爆ぜた。彼女の、赤、赤、赤色、が、どうしようも無く眩しかったのです。彼女は、正しく、少女性の革命でありました!」
青年 「先生!……僕も、忘れ物をしてしまいました!」
恒川 「何をだい。」
青年 「死亡届、です!」
恒川 「誰の!」
青年 「……あなたの!」
-立ち尽くすふたり、天井からたくさんの紙が降ってくる
-激しい音楽。踊り子達、踊りながらふたりのまわりを周り、紙を散らして連れ去る
【第三章】
×××
夜の教室
-白い面をつけた男子学生と、授業をしている老教師
青年 「……遅れて申し訳ありません! 」
-学生達、勢いよく青年の方へ振り返る
老教師 「きみ、どうして遅刻を」
青年 「あ、ああの、道に、迷ってしまって」
老教師 「道に?」
青年 「はい。」
老教師 「毎朝来ている教室なのに?」
青年 「よ、夜だから、廊下の長さが違かったんです」
老教師 「曲がる順番は同じだろう」
青年 「おとしものをしないか、下を見て歩いていたので、一度多く曲がってしまいました。」
老教師 「何をそんなに大事に持っているんだ」
青年 「今日は、ま、満月なので……」
- 立ち尽くす青年
老教師 「早く答えないか」
青年 「……」
老教師 「態度が悪いな。そんな根性一日で叩き直してやる!」
-低い機械音。青年、持っていた紙の束を落とし、一面に流れ散らばる。赤く滲んだ光が青年を照らして
青年 「……どうして、どうしてこんな、もう辞めて下さい。辞めてください!御免なさい!生きていてもしょうがない。もうしょうがないんだ!」
-うずくまり、子供のように泣く青年。懐からカッターを取り出し首筋を切り入れ、
青年 「……こうしている時間だけが、私の内界と外界とを開けっ放しにしておけるただ唯一の時間なんです。鮮度の落ちた、腐敗した現実が横たわっているだけの、内側が熱くなったり冷たくなったりするだけの現実には飽きたんだ!手を休めて待ってくれているようで、それは、ただ私を監視しているだけだったんだ!」
-後ろから男子学生と老教師に抑えられて、はっと息を呑む。暗闇の中で踊り狂う踊り子達。必死に逃げ出そうと唸る青年。冷や汗。さらに激しく踊り、激しい音楽。
-暗闇の中に老婆と少女達
老婆 「お前は望んでこさえた子じゃ無いんだよ!お父さんに犯されたんだ。次は正直な子供を作るためにお前の目の前で作って見せてあげるからね!良い弟ができるようよおく見ているんだよ!」
-逃げ出そうと唸る青年
老教師 「よく観るんだ!」
-一瞬静まり、青年以外ストップモーション
青年 「ありのままでいいなんて、誰が許していても、おとなが許してくれないのです。社会が許してくれないのです。世間が、許してくれないのです......。」
-鈴の音
恒川 「どの海母に生れかわるかい。」
-踊り子達消える。いつの間にか現れる恒川、青年と向かい合わせで椅子に座る。
老教師 「……恒川先生。」
-老教師消え、恒川と青年のふたりきり
恒川 「お前は、どうしてそんなに自分を可哀想だと思いたいんだね?......可哀想な人でありたいんだね。」
恒川 「不幸になることが美しいと思っているお前は、本当の不幸なんか知らないよ。ほんとうは、自分が1番可愛いんだ。」
青年 「そうです、自分が可愛いから。でも直接吐き出せないから、捻じ曲がって仕舞うんです!満たされない欲求が、自分の中でどんどん膨らんで、もっと可笑しい事になるんです!」
-青年昂りを隠せず泣いて
青年 「助けてください。先生、助けてください!先生!先生!」
青年の後ろから顔を掴み、ささやいて
恒川 「よおく観るんだ。」
-暗闇に、ひとり少女が立っている
恒川 「そこの女は、死んだ母さんに見えるかい?お前を産んだ母さんに見えるかい?お前を、犯した母さんに、見えるかい?」
青年 「......ふたつの掌が、背後から伸びてきて、目隠しをしたのである。どうしても、覚まさせてくれない夢があるのです。わたしは、その夢をずっとみているのです。……母さん、どうか、僕に触らないで!お願い、お願い!もう、辞めてください!その赤く塗られた指で僕を殴らないで!」
青年 「きみ……。昔のことを思い出していたよ……」
-うずくまる青年。恒川にスポットライトが集まり、遠くを見て微笑むように
恒川 「心と身体を繋げぬ、精神世界を旅する。羊水にうかんでいる。目を閉じる。死体を目にする度、呼吸、絶えず、鼓動を、はじめる」
【第四章】
×××
川岸
-うなだれている青年、目を覚ます
青年 「でも、何故こんなに、君は。」
少女 「あなたの泣いている声が聞こえたから。勝手な想像をしないために、あなたのすべてを教えてほしいの」
-少女、青年の首の傷に触れる
青年 「君の絵を描こう」
-ふたり向き合うようにして、青年絵を描く
青年 「……ちゃんと、人を見て描くなんていつぶりかな」
少女 「昔は、どんな人を描いていたの」
青年 「……母だよ。」
少女 「今はもう?」
青年 「ああ。……中途半端に大きさの腹を残して、赤い腰紐で首吊って死んだんだ。あれは、俺の父なのかもしれないな。」
青年 「死ぬ間際に言ってたんだ。母親に成らせてくれてありがとうって」
少女 「お母さんのこと、愛していた?」
-青年小さく笑う
青年 「ただの洗脳だよ。親子なんて関係は、愛で囲って仕舞うだけの洗脳だ。」
-少女、身を乗り出し青年の頭を撫でて
少女 「愛して貰えなかった記憶はいつまでも付き纏うのよ。父が死んだ日曜日は私の一番嫌いな日だから。愛しているわ。あたし、あなたのこと愛しているわ。」
-少女が笑うよう ひとつぶ涙。青年一瞬、意識が混濁して、ぐらぐらとした目眩。
青年 「僕と君とじゃあ、幸せになれないんだ」
少女 「よかった。あなたの幸せは夢物語、おとぎ話だから。あなたは不幸を味わって味わって味わって……。幸せを知らないなら、ふたり不幸になりたいの。あたしと同じ。纏わりついて離れないから。」
青年 「(笑う)やっぱり、やっぱり君はそうなんだな!同じなんだ!僕と同じ影が見える。追いかけて、追いかけてくるんだろ。」
少女 「……うん。十三歳の一月から、黒い濡れた雑巾みたいなのが、自分にずうっと覆いかぶさっているわ」
青年 「影の重さが同一な事は重要だ。」
少女 「ねえ、死にたくなったら私の血を見て!私を傷つけて。私の唇を噛んで。痛くして!とびきり痛くして。不味いでしょう。不味いでしょう。死は不味いの。不味いのよ……。」
青年 「君の心臓は、きっと、僕のよりずっと小さいんだろう。脈を打つ速度もずっと速くて、呼吸も浅い。ぼくはこんなにも速く、心臓が脈打つことを知らなかったよ。
青年 「なあ、踊ってくれないか。君の踊りをみたいんだ」
-青年、朦朧とし 、少女は舞うように踊り続ける
青年 「ああ、綺麗だ!薔薇の花びらに浮かぶ血管をなぞる様だ!」
-水滴を落とすように背景が赤くにじんでいく
青年 「......すまない、目眩が酷いんだ......!」
-踊る少女の足元が不安定になり倒れ込む。その鼻から血が垂れる
青年 「ああ、赤い!あの赤色だ!あの爪と同じ赤色……。」
-少女を後ろから抱き抱える青年、取り乱し
青年 「きみの体内いっぱいに詰まった赤。なんて素直な色をしているんだ!愛してる愛してる愛してる!愛しているんだ!君を!気色悪いくらいに......!もうどうしようもない、君に溺れてしまったんだ。君の血に溺れてしまった!」
【第五章】
×××
暗い部屋 スポットライト
恒川 「君、君!大丈夫かい。もう読み終えたなら座って良いよ」
-原稿用紙を持ったまま、朦朧とする青年
青年 「先生、ぼく、まだ……!」
恒川 「なに。まだ夢でも見てるっていうのかい。あれ、血が」
-青年の手に血
青年 「先生!」
-恒川、青年の手を握って
恒川 「……さっき、きみは、あの子に、何をしようとしていた?」
青年 「恒川先生!あのこは、彼女は、ボクの、革命なんです!」
-青年、恒川をじっと見つめる
青年 「……先生」
恒川 「なに。」
-青年、驚いたような、不思議そうな様子で
青年 「先生はなにも知らないみたいだ。綺麗に大人の顔してるけど、先生は、先生は、一番子どものままだ。」
-場面暗転
床を這うようにして踊る踊り子。 ふらふらとして呻く恒川。
恒川 「誰だ!……誰なんだお前たちは!殺したはずじゃないか!」
恒川 「生まれた!生まれた!生まれた!生まれた!生まれた!生まれた!生まれた!生まれた!…… 生まれた!生まれた!」
-包丁を振り回し暴れる恒川。さらに激しさを増す踊り子
恒川 「こいつらを殺したら生み直せるかもしれないと思った!夢を見ちゃいけなかったのですか。ぼくが吃りだから。憎くて堪らなかった!苦い思いを何度も噛み殺してきて、もうそんな顔もできなくなりました。心ばっかり歳をとって、顔と体がついて来ないんです。僕ね、もう神様に頼るのは辞めたんだ。死に場所さえ自分で決めさせてくれない神様なんてもう辞めたんだ!やめた筈なんだ......。」
-椅子が二脚 少女と青年
青年 「若さなんてどんなに良いだろう。大金を叩いたって必ず戻らない甘美な才能。けれど、その若さと、その美しさが消えても、お前を見てくれるひとはどれだけいるんだ!それにすがっているには、どんなに醜いだろう。死を享受する側のように、途端に唇は土色く乾いて、麻薬のようにお前を蝕んで離れないだろう。」
-倒れ込んで苦しむ恒川
恒川 「母さん、僕を叱ってやくれませんか……。もう気づいただろう。親と子の関係なんて、ただの洗脳でしかなかったんだ……!」
【終幕/美形の独白】
-振り子時計の音。暗幕と美形、スポットライトに照らされている。その足元に倒れている学生達。青年と少女、隙間を開けて眠っている。
-包丁を持った血だらけの美形(恒川)
美形 「大丈夫。これは誰も知らない。誰も知らない。だって、ボクの内情のみで行われた物語なんだから。隣の芝生は青くなんか無いんだ。他人は他人の地獄で、ボクは、ボクの地獄で生きている。こっちと、そっちの境界線なんて非常に曖昧なものなんだ。やり直さなければ、この体をやり直さなければ。生れるはずがなかった772gの胎児は、間違って生れてきてしまったから。大丈夫。花唇の動脈をなぞれば、何時でもわたしは薔薇の夢を見ていられる……。人は、段々と子供に戻りながら、綺麗な思い出に戻ってゆくんだ……。」
-美形(恒川)、青年と少女の間に座る。静かな空間に、時計の音だけが続いていく