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「合法的なアパルトヘイト」の巻

■発展途上国のような超先進国
 アメリカは「先進国」である。それを否定する人はいないであろう。もちろん、他の先進国と比べて、ここが劣るというところが、この国にも無いわけではない。それは日本にも言えることなのだが、面白いことにアメリカには、先進国らしからぬところ、つまり発展途上国と似通っているところが、日本に比べると非常に多く見られるのだ。
 まず生活必需品が非常に安い。大量生産+大量消費の典型だから、それは当然なのだが、同じ社会構造を持っているのに、日本はそうでない。生産費、就中人件費が高すぎることが原因であることは論を俟たない。アメリカでも産業の空洞化は深刻である。しかし、日本ほどではない。不法移民が、見事に低賃金の単純労働人口をカバーしている。そして低賃金労働者たちがやっていけるのは、安価な食料のお陰なのだ。
 因みに、一般的なスーパーで、2005年春の特売価格(日本同様、チラシに掲載されている)を見てみると、卵(大1ダース)99セント、コカコーラ(2リットル1本)9ドル99セント、米国産缶ビール(レギュラー缶6缶)9ドル99セントとある。並牛肉 (1㍀=約4.5㎏)は2ドル99セントで、100gに換算すると70円程度になる。

■低所得者対策としての公共交通
 私が学部時代に初めてアメリカに来て、幾つかの都市を巡ったとき、あえてロサンゼルスを避けた。治安が悪そうだということもあったが、「ロサンゼルスは、完全な車社会で、歩行者は殆どいない。」とガイドブックに書かれていたので、足がないと、どこにも行けないだろうと考えたからだ。今でも、同様に書いてあるガイドブックもある。
 ところが、住んでみて実感するのは、バスが縦横無尽に走り、歩行者も多いということである。幹線バスは24時間運行し、深夜割引が存在する。ハリウッドなどの観光地、郊外のディズニーランドにさえ、公共バスで行けるのだ。以前も書いたが、ロサンゼルスのバス運行回数は、全米一だという。ということは、おそらく世界一なのではないだろうか。
 ロサンゼルスには大きく分けて、郡(カウンティ。市より大きい行政区)営、市営、その他の三つのバスがあるが、均一区間の料金は、僅か1ドル25セントである。短距離循環路線の市営バス「ダッシュ」に至っては、何と25セントしかしない(いずれも2005年当時)。
 公共交通の値段の安さというのは、勿論、郊外から市内に流入する通勤用自動車を何とかする、という目的もあるのだが、実は低所得者対策の一環でもある。貧富の差が著しいというのは、発展途上国の特徴であるが、アメリカでもそれは顕著なのだ。

■ホームレスとリサイクル
 貧富の差は、住宅地の住み分けに現れる。日本でも、例えば、田園調布とか芦屋市とか、高級住宅地は存在している。しかし、今のところ(あえてそう書くが)スラムは存在していないように思われる。
 スラムといえば、ニューヨークのハーレムを思い出す。だがハーレムの治安は今、ルドルフ・ジュリアーニ前市長の奮闘の結果、随分改善された。
 ロサンゼルスのスラムは、筆者が知る限りでは、リトル・トーキョーの近くで、3番ストリートより番号が増えるあたりは要注意である。これもガイドブックに書いてあるが、こちらは正しい。夜にオルベラ街 (ロサンゼルス発祥の地)やアムトラック・ユニオン駅に行く場合には要注意だ。
 余談であるが、ホームレスの都(?)大阪から引っ越した私も、この町のホームレスの多さには驚くが、ヒスパニックのホームレスは見かけない。彼らは、道端で花や果物を売る、リサイクルできるものを回収するなど、とにかく働いている。
 リサイクルの制度は自治体によって異なるが、ロサンゼルスの場合には、地区のリサイクルセンターに持っていけば、キャッシュバックがある。私ももアルミ缶やペットボトルを、2カ月くらいためておいて持参したのだが、驚くなかれ15~20ドルにはなる。だから、「プロ」のホームレスが廃品を回収して廻れば、その日の食事代くらいにはなる。「セミプロ」と見受けられる市民も多い。
 東洋人のホームレスも滅多にいない。白人と黒人だけなのだ。ここでも住み分けができているのだろうか。

■階層制の再生産
 ビバリーヒルズが最高級住宅地であることはご存知のとおりである。それ以外にも、裕福な支那人が多いパサデナ、日本人・日系人が多いサウス・ベイ地区、韓国人が圧倒的なコリア・タウン、メキシコ人などヒスパニックが多いダウンタウンの外れ、そして、圧倒的に黒人が多いサウス・ロサンゼルスなど、自然と住み分けができている。
 2005年2月6日、13歳の黒人少年が、盗んだ車を運転中、警察官に見つかり、抵抗を見せた為に射殺されるという事件があった。サウス・ロサンゼルスにある交差点での出来事である。偶々私が、毎日通勤に使っていた通りでその事件は起こった。そこには、今でも花や蝋燭が供えられている(カバー写真参照)。
 個人的には私は、犯罪に年齢は関係ないし、この措置は妥当だったと考えるが、この事件の際(その後起こった同種の事件ではいつもそうなのだが)少年の行動の是非は論じられなかった。この時の問題は、事件の場所がサンゼルス市警察)に対して猛烈な抗議が殺到し、少年犯罪はどこかへ行ってしまい人種差別事件にすり替えられたということだ。
 ダウンタウン西部の南北の大通りを南下する。交差する通りの番号が、概ね20番を超えると、黒人が目立つようになる。通りの名前が50を越えると、朝のバス停、学校に通う子どもたち、車を運転する人々……。見る限りでは90%以上が黒人ではないかと思う。
 南アフリカ共和国のアパルトヘイトが、そもそも人種差別ではなく、「住み分け」から始まったということを知らない人も多い。名目上は、原住民が自分たちの文化や生活環境を守る為でもあったが、この「住み分け」は次第に歪み、完全な隔離政策と変化した。
 アメリカでは、奴隷解放後も黒人が差別を受けていたが、M.L.キング・ジュニア牧師が中心になった公民権運動などの力により、黒人の地位は対等になったという。しかし、文化の違い、さらに言えば収入の違いが、意図せざる「住み分け」を継続させ、階層性を維持したのである。
 こういう言い方をすると、多くのアメリカ人は怒るかもしれないが、あえて言うと、ある意味でアメリカは、アパルトヘイトに成功しているのである。誰も黒人を強制隔離してはいない。しかし、強制されずに、彼ら自らその場所に集まってくれるのだから。ただ、事件が起きた時に駆けつける警官は、同じ人種だとは限らない。そういう時には、今回のように、彼らの行動が、人種問題に転嫁されることもあるのだ。

■階層性の再生産
 1992年4月に、ロサンゼルスで起こった黒人暴動を記憶している方も多いと思う。これも引き金になったのは、黒人容疑者者を逮捕した際に暴行を加えた白人警官が、陪審で無罪評決を受けたことであった。韓国人商店が襲われ、店主と思しき人物がライフルで応戦しているシーンが非常に印象的だった。
 私はこの出来事を、ずっと、戦前における日系人差別と同じ構造なのだと理解していた。下層市民が、裕福になってきた移民に対して、理不尽な怒りをぶつけたのだと。1980~90年代に、旧西ドイツでトルコ人移民への風当たりが強かったのも同様で、「俺たちは市民なのに失業したり、ホームレスになったりしているのに、何で余所者のあいつらが、店を持って、その俺たちから金儲けができるんだ。」という捻じれた人種差別感情である。
 しかし、ロサンゼルスの場合は少し異なる。韓国人が黒人の居住区だと、暗黙の了解ができているサウス・ロサンゼルス地区に流入し、商店を開業していたのも「問題」だったのだ。勿論それは合法だ。しかし前述の通り、このアパルトヘイトは、「暗黙の了解」を守ることによって秩序が保たれている。実は、黒人が韓国人商店を標的にしたのは、単なるやっかみではなくて、そういった問題も底にはあったのだ。
 勿論、新興住宅地などには、多民族が入り混じって住むことも多い。しかし、この国では、場所によっては、「暗黙の了解」があるということを、知っておく必要がある。
 この、住み分けにより発生する階層制の再生産という社会的構造は、古くはP.E.ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』(ちくま文庫)で、英国における実例が指摘されている。アメリカ連邦政府は、アファーマティヴ・アクション(積極的差別是正策)などで、これに対処しようとしたが、今のところ功を奏してはいない。
 日本における階層制の再生産に関しては、苅谷剛彦東京大学教授らの研究からも指摘されている。要するにこれは、日本が、英米と共に、名実ともに先進国になったということなのだろうか。

『歴史と教育』2005年5月号掲載の「羅府スケッチ」に加筆修正した。

【カバー写真】黒人少年が警官に射殺された現場にあった供物。このあたりの治安の悪さは、LAの中でも特筆に値する。(撮影筆者)

【追記】本文中にも書いたが、警察官が抵抗する犯人を射殺するというのはよくある話なのだが、その犯人が黒人の場合、どんな凶悪犯でも、警察官の命が危なかったとしても、必ず人種差別問題にしてしまう。この傾向は近年勢いを増している。それはかえって差別を助長することになりかねない。ここにBLM運動の問題点がある。黒人の命だけではなく、すべての命が重要なのであり、そして、犯罪者は犯罪者なのだ。黒人が治外法権を得ているように錯覚させる運動になってしまい、それに誰も反論できないのは、恐ろしいことだ。

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