「アメリカ引っ越し事情」の巻
■さらばLA
2006年10月末にロサンゼルスからカリフォルニア州の州都、サクラメント郊外に宿替えをした。
ロサンゼルスはアメリカに来て初めて住んだ街。住み心地は……、予想していたよりは遥かに良かった。アメリカに来る前のLAのイメージは、映画の街(ハリウッドは実は市外にある)、憧れのロサンゼルス・ドジャースの街、そして犯罪の街。実際、日本では一度も人が逮捕されているところを見ることなどなかったが、LAでは頻繁に目撃した。銃声も何度か聞いたが、個人的に危険な目に遭うことはなかった。食べ物は日本食を含めて何でもあるし、多すぎるくらいに日本語情報もある。意外と公共交通は便利だし、数は少ないが友人にも恵まれた。1年中乾燥した気候に身体が慣れるまでは大変だったが、雨が殆どないのは、非常に快適だった。
最初に住んだ地区ではヒスパニックと韓国人が多すぎて、アメリカにいる気分がしない時もあったが、郊外に引っ越してからはそれもなくなった。心残りは、博物館や美術館に殆どいけなかったことくらいだろうか。
という訳で、この連載はタイトルに偽りありになってしまった。新タイトルを考案中だ。暫くお待ちいただきたい。
■Rent-A-Truck
アメリカ人は平均すると5年に1回の割合で引越しをするという。勿論、日本のような引越し業者もあるのだが、多くのアメリカ人は、自分でトラックを借りて引越しをする。拙宅も、トラックを借りて、2回に分けて自宅と事務所の引越しを行った。尤も、荷物の積み下ろしを家族だけで行うのは大変なので、その部分だけ人を雇ったが、東京・岡山間に相当する400マイルの移動は、自ら運転するトラックで行った。日本風に言えば、「レンタトラック」である。実際にRent-A-Truckという言葉もある。
今回トラックを借りたU-haulは、大手「レンタトラック」会社である。当地で高速道路を走っていると、このトラックと何台もすれ違う。それだけ多くの人が、自分で引越しをしているということだ。今回借りた車は一回目が17フィート(約5.18m)、2回目が10フィート(約3.48m)。U-haulのスタッフの話によれば、同社で貸し出している最大のトラック、24フィート(約7.30m)のものでさえ、Cクラス(普通免許に相当)で運転可能だという。また、牽引免許は存在しないので、屋根付きリヤカーのような小さなトレーラーを引っ張ることや、借りたトラックで乗用車を牽引しながら移動することも可能なのだ。しかし、そんなものを運転して高速道路を400マイルも移動することには些か不安を覚えた。予想外に荷物が多かったので、最初借りた車には事務所の荷物が入らなくなってしまい、止むを得ず、貸し倉庫に預けたまま、出張で2週間後にLAへ来た際に、小さなトラックで2度目の引越しをしたという次第である。
因みに、貸し倉庫もこちらではポピュラーである。一般のアメリカの住宅では、車2台分のガレージが普通で、その半分を事務所に改造したり、倉庫代わりにしたりするのだが、そこから溢れた荷物は、貸し倉庫行きだ。大きさは、1坪程度からガレージ大まで様々で、捨てるに捨てられない品物やクリスマス用品などの季節のインテリアなどが運ばれ、雑然と押し込まれるのが普通である。
■戸籍も住民票もない国
筆者のような居留民には、当然のこと乍ら、指紋押捺を含む厳格な登録制度がある。引越しに際しては、10日以内に移民局に書面で申告しなければならない。しかし、市民権を持つ者は、どこに住んでいるのかを登録する機関がそもそもない。逆に言うと、日本のような住民登録制度を持っている国の方が少ない。
ではアメリカではどうやって国民を把握しているのか。そのひとつが出生証明書である。出生証明書は、市民権を持つ個人の存在を示す重要な書類である。これは、ヨーロッパ諸国で、教会が発行する幼児洗礼の証明書が、出生証明として用いられてきたことの名残だと思う。
出生証明だけの制度には当然落とし穴がある。出生した州と死亡した州が違っていれば、生存確認をすることはできない。だから、A州で生まれB州で死亡したC氏の出生証明を偽造し、D州で身分証明書(運転免許証)を取得してC氏になりすます、という、映画のような犯罪も、理論的には可能なのである。
尤も、この犯罪が成立するために必要な情報がもう一つある。それは、戸籍のないアメリカ人にとって、事実上の戸籍代わりをしている、社会保障番号(ソーシャルセキュリティ・ナンバー)である。社会保障番号は生まれたときから一生ついて回る言わば「国民番号」である。身分証明には欠かせない番号で、銀行の口座開設、クレジットカードやローンの申し込みの際には必ず聞かれる。小生のような合法的居留民や移民も、社会保障事務所でこの番号を取得しなければ、給料をもらえない。何をするにもこの社会保障番号がついて回るので、はっきり言ってプライバシーはない。
プライバシーを重視するアメリカにおける、プライバシーの軽んじられ方については、今回の引越しを通じて、驚くべきことが色々わかったのだった。【この項続く】
『歴史と教育』2007年1号掲載の「羅府スケッチ」に加筆修正した。
【カバー写真】
実際に引越し(1回目)で使った17ftの「レンタトラック」。トラックと荷物の積み下ろしの為の人手以外に、家具を包むクッション、トラックの積荷を固定する紐などは別に購入。ダンボールは日本の引越し業者のようにサービスしてくれないので、そこら中からかき集めた。(撮影:筆者)
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