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「ヒスパニックの町・LA」の巻

■ヒスパニック市長の誕生
 2005年5月に行われた、ロサンゼルス市長選挙の決選投票は、民主党同士の戦いとなったが、現職のジェームス・ハーン市長(白人)が、新人のアントニオ・ヴィラゴーサに敗れ、133年ぶりに、ヒスパニックの市長が誕生したとして、現地では大騒ぎになった。
 ロサンゼルスの歴史は、1771年にオルベラ街というこの町の一角に、メキシコからの移民が住み着いて始まった。それから230年余、明らかに今、ロサンゼルスはヒスパニックの町となりつつある。それとも戻りつつあるのか。ヴィラゴーサ市長の誕生は、もしかしたら遅すぎたくらいだったのかもしれない。彼らが、自らの市長を選んだ。多くの人はそう考えている。
 
■出鱈目な日本語メディアの報道
 "Villaraigosa" を「ヴィラゴーサ」と読むのは英語読みである。当地では当然、そう報道されている。勿論、彼の名前はスペイン語。正しいスペイン語(カスティーリャ語)読みでは「ビリャライゴーサ」、中南米訛りでは「ビヤライゴーサ」となる。だが、例によって日本語放送は、そのどちらでもない、「ビアライゴサ」と報じていた。英語の国の放送なのだから、英語で素直に読めばよいものを、何故か誰にも通じないように変えてしまう奇行ぶりは相変わらずだ。
 その日本語チャンネルのニュース(有体に言えば、その時間帯は、フジ産経グループの番組なのだが)、市長の名前だけではなく、ロサンゼルスの民族問題に関して、非常にいい加減な報道をしていた。 
 「ロサンゼルスは、アメリカでも有数の、バラエティ豊かな民族構成の都市であり、それを象徴するヒスパニック市長の誕生です。」とアナウンサー。ところがその直後に、「ロサンゼルスの民族構成は、ヒスパニックが48%で……」としれっと言ってのけた。確かに、ここには色んな民族がいるが、半分近くが同じエスニック・グループで、しかも毎日毎日、国境を越えて不法入国し続け、今も増殖しているという事実は何処に行ったのだ。誰も原稿のチェックをしていないのだろうか。
 英語の番組を見て全部理解できるほどの語学力などない。選択の余地がないので、事実上唯一の無料日本語放送であるこの局で、日本のニュースをチェックしていたのだが、海外にいるせいか、余計に日本語に敏感になっていて、不正確な日本語を毎日必ず発見しては、一人憤っている。しかも、現地採用と思しき女性アナウンサーは、まともに原稿も読めない体たらくだ。もっと酷いのは、現地日本語放送局のチープでお粗末な番組である。日本語情報が欲しいはずの私が、全く見る気を起こさない程である。最大の日系人人口を誇るLAに、活字を含めて、マトモな日本語メディアが存在しないのは、ある意味悲劇だ。

■移民法の抜け道としての語学学校
 私は渡米後10ヶ月程、LAにある語学学校に通った。留学生ビザを4年もらっていた。そこは学費が安く、学生ビザ申請用の書類も正規に発行するので、中南米からの「留学生」が籍を置いて、学業そっちのけで、仕送りのための金儲けに勤しむという、移民法の抜け道を与えてくれる場所でもあった。この手の学校はLA市内には結構多いらしい。韓国人経営(流石に講師陣は米国人だが)なので、生徒の多くは韓国人。お陰で、韓国語訛りの英語については、アメリカ人よりもよくわかるようになった程だ。
 笑い話をひとつ。実話である。
 ペーパーテストの結果で私がいきなり放り込まれた上級会話の授業は、先生が話題を作り、生徒が自由に話すという、とてもいい加減なものだった。受講生は10人ほどだ。ある日動物園(zoo)の話題が出た時、突然ひとりの韓国人女性が「アイ・ヘイト・ジュー」と言った、というか、そう言ったように聞こえた。韓国人以外の全員(といっても、私を入れて3人だった)が目を丸くした。明らかに "I hate Jew." (私はユダヤ人を嫌悪する)と、聞こえたからだ。勿論、彼女は、"I hate zoo." と言いたかった。しかし、韓国語には「ズ」という発音がないため、"z" の発音は "j" になってしまうのだ。この話には、彼女が(ユダヤ教を嫌う)キリスト教牧師の奥さんだったというオチまでついている。

■一枚岩でないヒスパニック
 ここまで中南米系のスペイン語を話す人々を、ヒスパニックと総称してきた。私もアメリカに行くまで、彼らは一枚岩だと思っていたが、決してそうではない。
 この学校に、夏休みを利用して、エル・サルバドルから、女子高生・ダニエラが短期留学でやってきた。この娘は私なんかよりもよっぽど上手に英語を操っていた。
 ある日、同級生のイタリア人刺青師のマルコが会話の授業中に、メキシコ人とヒスパニックをごっちゃにした発言をした。するとダニエラは、キッとした顔でマルコを睨み、「私たちはメキシコ人と違うわ。一緒にしないで頂戴!」と激怒したのだ。私には意味が分からなかった。一種のナショナリズム?
 何回か後、別の授業でマルコが「俺が嫌いな民族は、まずゴミを捨てまくるメキシコ人だろ……」と言い始めたとき、彼女は、"I told you!"(私、そう言ったでしょ!)と、勝ち誇ったように呟いたのだ。ここで漸く私も、文化的な相違があるのだと気づいた。これは日本人と韓国人という関係とそっくりだ。
 サルバドリアンがメキシコカンを嫌っていることなど、想像もつかなかった。「近隣諸国」であっても、歴史的な経緯等から、複雑な感情があるのは、中南米も同じらしい。因みにロサンゼルスのヒスパニック・ギャング団も、各国に分かれて抗争している。ただ、その中で、最も情け容赦がないのは、エル・サルバドルのギャングだという話だ。
 ヴィラゴーサが市長になって、ますますヒスパニックがのさばるだろうと、陰口も叩かれていた。アメリカ全体で黒人の人口を上回ったヒスパニック。多数派ではあるが実はひとつではないヒスパニックをどのようにまとめるかが、もしかしたら、今後のアメリカの内政にとって重要なカギになるのかも知れない。

『歴史と教育』2005年7月号掲載の「羅府スケッチ」に加筆修正した。

【カバー写真】メキシコ・ティファナから、アメリカのサンディエゴへ向けて、国境を越えようとする車列。徒歩でも超えられるため、不法移民が不正入国を試みることもある。実際この時も、何人もの人が連行されていく現場を目撃した。(撮影筆者)

【追記】
 合法移民のヒスパニックは、不法移民の手引きをする。入国してしまえば、何とでもなるのがアメリカだ。そして、当局も積極的にヒスパニックを取り締まろうとはしない。なぜなら、彼らは罰金を払えないし、不法移民を手厚くしなければ、有権者である合法移民の支持を得られなくなる。トランプ大統領が不法移民(移民ではない)を取り締まろうとした背景には、こういう事情があるのだ。そして、民主党はアメリカの国体を破壊するために、不法移民に身分証明書を出し、無料の医療を提供し、なし崩しに永住権を付与する。ちょうど、日本において在日コリアンに選挙権を与えることを、左翼や公明党が応援しているのと一緒である。

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