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「水道橋博士のメルマ旬報」第六回

コロナの影響で久しく遠ざかっていた美術館や映画館が、ようやく再開された。娘と妻はすでに夏のヴァカンスに入っていたので僕のヴァカンスが始まってすぐのタイミングで、家族みんなでオルセー美術館に行くことにした。オルセー美術館には、遠い昔に一度妻と訪れたことがあったが、去年の5月から本格的に絵を描き始めたこともあって、絵画をはじめとした芸術作品がどのように自分の目に映るのか、以前と何か違う見え方や発見があるのか、そういったことにも興味があった。

オルセー美術館は主に印象派の画家の作品が多く収蔵されている。昔の僕は印象派には全く興味がなかったのだが、絵を描き始めて印象派にも興味が湧いてきた。右岸のルーブル美術館とセーヌ川を挟んで対岸にあるオルセー美術館は、元々は鉄道駅だった建物を美術館にしており、フランスの駅の特徴がそのまま残った大きな吹き抜けが、とても気持ちが良い。1900年のパリ万国博覧会に向けて建造されたらしいが、鉄道の長さに建物が合わなくなってしまい、駅としては2年間しか使われなかったそうだ。駅としてはあまり活躍できなかった建造物ではあるが、今となっては贅沢な作りに思える。

ただ美術館を見学しても良かったのだが、ヴァカンス中だし普段やらないことをしようと思い、見学と家族向け絵画ワークショップが一緒になったチケットを購入した。絵画ワークショップに参加するのは、僕にとって生まれて初めての経験である。フランスの美術館では、ガイド付き見学だけでなく、子ども向けアートワークショップなどが特別展にあわせて企画されていることが多いので、娘は他の美術館でも何度かワークショップに参加したことがあった。だから絵画ワークショップにおいて、娘は僕の先輩と言っていい。絵画ワークショップとは何かをきちんと分かっている彼女は堂々とした振る舞いだった。

参加したワークショップは「空」をテーマにしたものだ。講師によるガイド付き絵画鑑賞と製作の時間がある。ガイド付き見学では、実際に美術館に展示されている絵画について「空」というテーマに沿った視点から、解釈と説明を与えてくれる。自分自身の視点だけでなく、他者の視点も合わせて絵画を鑑賞することは興味深い。

家族向けのワークショップなので、講師の説明は子ども向けに語彙や表現が選ばれていて、フランス語に自信がない僕でもなんとかなったと思う。参加者の子ども達に質問したり、意見を求めてくれるので、インタラクションがあり、子どもたちも楽しそうだった。皆で、写実主義、印象派、新印象派の画家が描く、それぞれの「空」を鑑賞した。「空」に着目して絵画を鑑賞するという経験は初めてだったので、僕にとっては、それが新鮮だった。

絵画鑑賞の後は、別室に案内され、自分たちでオリジナルな空の絵を製作した。コラージュと水彩絵の具を使って、それぞれが絵画鑑賞で得られたインスピレーションや印象に残ったことを描いていく。親子で共同製作をしても良いし、一人で製作しても良い。娘は「ママと二人がいい!」ということだったので、僕は一人で自分の「空」を製作することにした。

今回の親子絵画ワークショップでは、自分の「空」の製作ももちろん楽しかったが、僕にとっては絵画鑑賞の面白さを再発見したことが楽しかった。去年の5月から本格的に絵を描くことを再開した後、僕自身の絵の見え方が大きく変わったことに驚いた。相変わらず絵の知識や技術はないものの、何がその画面の中で起きているか、再現されているかが以前よりもはっきりと感じ取れるようになった。それとともに、絵から出ている力に以前の何十倍も圧倒された。僕が描いた絵も、少なからずなんらかの力を発しているとは思うが、巨匠の絵画から出ている力と比べると、当たり前だが落胆せざるを得ない。僕は絵の力を改めて思い知らされた。絵は人の心を揺さぶる、掻き乱す、穏やかに優しい気持ちにしてくれる。

写真がない時代のずっとずっと昔のことを、現在の僕たちが目で見て感じることが出来るのは絵のおかげだ。画家によって表現は異なるけれど、その当時に生きていた画家が感じていたその当時の空気感が、絵に封じ込めてあるのではないかと僕は思う。絵の前に立つと、絵を介してその画家と対峙しているような感覚になる。僕らが見ている同じ絵を、描いた画家は何度も見て、「これでよし完成」と思い、筆を置いたのだろうし、そういうことを考え想像すると、ますます面白いし嬉しい。時を経て僕たちは同じ絵を見ている。

僕らは絵を介して、その画家に何度でも会えるのだと思う。だからこそ、実際に美術館に行き、その絵の前に立ち直接見たい。そして、その時の自分の心境や置かれている境遇によって、同じ絵でも見え方、感じ方が変わる。それもとても興味深いし、面白い体験だ。

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