2.弟との別れ
F市で教師をしている時、上の弟、つまり次男が同じF市で大学生をしていました。3月末、引っ越しを先に済ませて次の職場に移るまでの間、一週間ほど一緒に住ませてもらうことにしました。久しぶりに寝食を共にし、なんとなくぎこちなさを感じましたが、しばらく一緒に暮らしていないので仕方ないでしょう。焼肉に行ったり、ラーメンを食べたり、カラオケに行ったり。本当に懐かしい時間で、少なくとも僕にとっては嬉しい時間でした。
しかしこのわずか三週間後、彼は自らその命を絶つのです。
あくる4月からU市に移り、新たな気持ちで勤務を始めた矢先のことです。父から電話がありました。先日まで一緒に暮らしていた弟と連絡が取れなくなったので、お前からも連絡して欲しいという連絡でした。弟の大学の友人たちも彼と連絡がとれなくなり、姿も見ないので心配しているということでした。父は平静を装いながらも最悪の状況を覚悟しておけ、と言いました。僕もなんとなくそれに倣って平静を装った記憶があります。冷たい態度でした。僕は自分のそういうところがたまらなく嫌いです。嬉しさも悲しさも辛さも、表に出すことに強い抵抗があります。そのくせ大抵いつもニコニコしていて愛想を振りまく。自分がどう感じているか素直に表現せずに、自分が他の人にどう見えているのかということが、自分にとって最も大切なのです。それが他の人をどんなに不愉快にさせるかは御構いなし。
この時僕は彼の携帯に電話をかけたあと、メールを送りました。内容は覚えていませんが、「皆心配しているから連絡が欲しい」、くらいのものだったと思います。簡単なメッセージで済ませてしまいました。もし彼が誰かの救いを待っていたとしたら。自分のメールだけは一生懸命に読んでくれるのでは。その可能性にも気付きませんでした。つい先日まで一緒に暮らしても、彼との心の距離はたいして縮まなかったのです。このときの僕の行動は、人生で最も愚かなものです。
弟は携帯を捨て、誰とも連絡が取れない状態にして突然姿を消しました。友人たちは、心当たりのある場所を探し回ってくれているらしい。でも僕は動きませんでした。一緒に暮らした数日のことを思い出して心当たりを探りましたが、全く思い浮かびませんでした。今思えば何か違和感があってもおかしくないはずですが、彼もまた平静を装っていたのでしょうか。彼を傷つけていなかったか、自分の行動も振り返ります。しかし誓って何も思い浮かびませんでした。
僕は普段通りに仕事に行き、自分の生活をしました。彼の行方にも心当たりは全くありませんでしたが、できることは本当になかったのでしょうか。どう行動するのが正解だったのでしょうか。
一週間ほどしてK県の警察から父に連絡がありました。彼は隣県の中心部を流れる大きな川のほとりで首をくくっていました。
すぐにK県に向かいました。父母と合流し彼と、警察署の遺体安置所で再会しました。倉庫のような場所の、腰の高さほどの台の上に横たわる彼を見て、母はすぐに泣き崩れました。この時の気持ちは、未だに言葉にできません。僕は彼の額に触れ、その冷たさに驚きました。命のこちら側と向こう側。しばらく額に手を置いて、彼の気持ちと自分の気持ちを必死に探りました。すまない、と念じながら、その冷たさを二度と忘れないよう、自分の体に刻み込もうとしました。
弟とともに葬儀屋の車で、実家の近くの葬儀屋に帰りました。車の中の約3時間、彼との思い出を振り返っていました。この時思い出したのは中学生の時の僕の彼への八つ当たり。そのころは、バレーと勉強漬けの毎日でした。へとへとの状態で家の手伝いをしている僕の横で、テレビに夢中な小学生の弟を思い切り蹴りました。それ以外にも思い出すのは、幼い頃の彼との小さな喧嘩の記憶、彼にしてしまった過ちばかり。楽しい思い出など少しも浮かんできません。わがままな兄でした。弟に辛い思いをさせて平気だった兄でした。
葬儀屋に着くとそのまま通夜、葬儀の準備が進みました。そのうち次々に祖父母をはじめ親戚が顔を出します。東京の大学に入学した直後の弟もすぐに帰ってきました。母が泣きながら皆に頭を下げたのに驚きました。僕はこの期に及んで平静を装っていました。父はしばらく一生懸命彼の自殺の動機を探そうとしていました。僕は父の行為を無駄だと感じました。もっと言えば自分にはその動機を探る資格すらないと思いました。もともと口数の多い兄弟ではなかったし、離れて暮らすようになってからは連絡もほとんどとった記憶がありません。今まで全く彼のことを気にかけなかった兄に何がわかるでしょう。諦めてただ悲しみに浸ることを選びました。
おそらく僕が、家族の中で、最期に言葉を交わす機会を与えられた者でした。一週間ほどのぎこちない共同生活は彼に何を感じさせ、何を考えさせたのでしょう。彼の目に僕の姿はどのように映ったのでしょう。なぜ彼の異変に気づかなかったのでしょう。仕事を始めて充実感で満たされて、自分のことしか頭になかったんじゃないのか。そんな人間が教師をする資格があるのか。二度と会えなくなってはじめて、自分の人生が彼を必要としている。それが現実でした。彼にもっと生きてほしいから彼を死から引き戻そうとするのではなく、彼がいないと自分を責める自分から逃れられない。だから彼に帰ってきてほしいと思う。そういう自分勝手な感情が頭の中で渦巻いていました。
葬儀の日には、訪れたほぼ全ての人が目に涙を浮かべていました。その中には当然、僕の代わりに一生懸命弟を探して、走り回ってくれた友人たちも。葬儀が終わり、棺に花を入れる。不意に別れを実感し、涙が溢れました。僕はそれを止めたいとは思いませんでした。この時は、最後に彼にしてやれることは涙を流すことだと思いました。上を向き、一生分の涙を彼に捧げようと泣きました。
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