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サポーターズリンク新潟と私と繋がりの話

前回記事の終わりに少し書きましたが、繋がりつながりで今回はサポリン(サポーターズリンク新潟)と私について書いてみようと思います。15年以上アルビレックス新潟を追いかけてる人なら、少なくともサポリンの名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。サポリンSNSやサポリンブログは集合知の宝庫で、今後何かをやりたいと思う人の助けになったりしないかなと思ってもいます。サポーターズアーカイヴhttps://supporterslink.com/?page_id=74は今読んでも面白いですよ。

この記事も私視点で書きますので、他の人にとっては「そうじゃない」こともあると思います。まあご容赦ください。

サポリン(の半分)のおさらい

ここで軽くおさらい。サポーターズリンク新潟(https://supporterslink.com/?page_id=13)について。(すみません、無断転載します。知ってるって人もできれば読んでくださいな。個人的にはサポリンの半分に当たる部分です。)

サポーターズリンク新潟とは
誰かをリーダーとするピラミッド型の組織ではありません。

「無いものは自ら作る」

新潟交通のアウェイ・バスツアーの始まりは一人のサポーターの行動からでした。

ビッグ・フラッグの作成は一人のサポーターのアイディアからでした。

千羽鶴プロジェクトは一人のサポーターの選手に対する愛情からでした。

ゴミを減らす運動は一人のサポーターが経費減と環境を思う気持ちからでした。

カンファレンスはクラブとの距離感に危機感を感じた一人のサポーターから生まれたものでした。

一人のサポーターのアイディアや想いから、
有意義なものが過去にいくつも生まれてきました。
彼らは特別なサポーターなどではなく、普通の社会生活を送る方たちです。
ただ、少しだけ行動力があり、賛同してくれる仲間がいたから実現できたことでしょう。

逆に言えばその行動力と仲間を常に得ることが出来れば、
たった一人でも有意義なものを生み出すことが出来るのです。

その行動力と賛同する仲間を見つけるための道具、お手伝いをするのが

サポーターズリンク新潟です。

「無いものは自ら作る」

この精神は新潟サポーターが延々と引き継ぐ遺伝子なのです。

サポーターズリンク新潟ブログより

何かアイデアはあるけど実現する手段がない人や、人手を求めてる人など、巻き込み巻き込まれ型のスキームで実現していくプラットフォームのようなものだと私は考えていました。私も随分と巻き込まれ笑(半分巻き込まれに行ってる感もありましたが)あれこれお手伝いするようになっていました。私が関わったものだと主にコレオグラフィ関係ですかね。つまりサポリン(の半分)とは「アイデアを持った人とスキルを持った人と行動できる人をつなぐ仕組み」だと思っています。少なくとも私にとってはそうです。

残りの半分がサポーター同士の自由な交流ですかね。そう、サポリンSNS(http://sns.supporterslink.com/)を中心とした交流です。

サポーターズリンク新潟SNS

このサポリンSNSは、アルビサポ版mixiのようなもので、招待制のクローズドSNSです。私はmixiが苦手で、いつも会ってる知り合いとネット上でまで繋がらんでええわというタイプの人間でしたし、招待されるような知り合いもいないので関わることは無いと思っていました。当時サポ仲間と呼べるのは10人いないくらいで、ネット上で付き合いがあるわけでもなかったんですよね。ところがSNS開設初日に招待状が来てしまいまして、ちょっとビックリしました。巻き込まれサポーター人生の始まりです。招待してくださったOさん、ありがとうございました。

(今の若者にmixiなんて言って通じるのか?)

SNS内ではアイデア実現のための知恵の持ち寄り、真面目な応援議論、相乗りツアーバスの募集、各地域のコミュニティ、小グループの連絡コミュニティ、趣味の部屋など雑多なコミュニティが形成されていて、興味が尽きませんでしたね。私も各コミュニティを自由に泳いで遊んでいました(あの時のあいつか!と思う方もいらっしゃるかもしれませんね)。ただ閉じたSNSですので、何かやろうとなってもSNS外に波及させるのが難しいことや、SNS登録者でも常に情報を追いかけてないと話についていけないというような問題もあったと思います。また招待制ですので、リアル知り合いがいないと参加が難しいという側面もあったのかな(試合会場で希望者へのSNS招待も行われていたようです)。

SNSから現実世界の交流も発生して、大規模小規模たくさんの集まりが開催されていました。ここでも知らないサポ同士を繋げていたのではないでしょうか(ちなみに私は子供が小さかったこともあり、参加したのはフットサルイベントくらいであまり参加しませんでした。西区総会も行きたかったな笑)。リアルな繋がりの補強という意味ではSNSは大成功だったんじゃないかなと思ってます。知り合いが増えてサポーター寿命が延びたという人もいるのではないでしょうか。私もその一人かもしれません。

前記事の駅南オレンジバナーもサポリンでできた繋がりから生まれています。

実は

ここまで長々と書いておいてアレなんですが実はですね、私はサポリンの運営委員もやってたんですよね。とはいえ立ち上げには関わっていませんし、実質的な運営にもほぼノータッチでした。では何をやっていたかと言いますと、サポリンブログ※のライターの1人です。内容をリニューアルする際に声が掛かりまして。

※SNS開設から同時に立ち上がった、サポリン活動のポータルサイトのようなもの。SNS内の活動に関する紹介、サッカーに関する時事ネタ、真面目な考察、界隈のまとめなど、まさにポータル。

ライターは私の他に数名いらっしゃいました。私以外は名も腕もある方々です。それぞれ特徴の違う記事を書かれていたので、中の人の正体に気がついていた人もいるのではないかと思います。そんな中にどういうわけか私もいたのですが、なぜ呼ばれたのかいまだによく分かっていません。おそらく方々で断られたりしたんでしょうかね。あとは仕事柄、何か作ることができるというのもあったのかな。「無いものは自ら作る」ですしね。「俺に声が掛かるということは人材不足なのかな、これも頼まれ仕事、頼まれてるうちが花」かと思い、なぜか運営委員をやることに。本当に分からない。ああ巻き込まれサポーター人生よ。

主に【井戸端NEWS】を担当しておりまして、いろいろな情報を探すところから始めますので、楽しかったですね。好奇心が刺激されるのです。軽率な文章でお叱りを受けたり、コメント欄が賑わったり、書くべきか迷ったり、全部良い思い出ですね。拙い文章で申し訳ないとも思っていました。当時お読みいただいた皆様に感謝です。ありがとうございました。

また、最初に私に声をかけてくださったOさんや、運営委員に誘ってくださった皆さんにも感謝を申し上げます。色々と学ばせていただき、ありがとうございました。立ち上げや運営の苦労などを知らない私がこれを書いて良いのかなとも思いましたが、勢いで書きました笑

最後にまた書きますけど、なんで俺が呼ばれたんだろう?笑

とまあそんなこんなで巻き込まれ運営委員として活動していくうちに、繋がりも増えていき、繋がりが繋がりを呼ぶことに。

とりあえずこの辺で。
文章書くのは楽しいね。

おわり

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