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冬眠していた春の夢 第18話 祖父母と父の過去
私を育ててくれた祖母は、祖父の3人目の奥さんだという事は知っていた。
そして、父の本当のお母さんは、父の弟になる筈だった赤ちゃんを産む時に亡くなったこと、その赤ちゃんも生後1週間で亡くなった事も聞いていた。
でもそれは、そうだったという事実を聞かされていただけで、詳しい事も祖父や父の心情も聞いた事がなかった。
祖父方の親戚の方々の話しによると、祖父は父のお母さんである最初の奥さんを、とても大事に思っていたそうだ。
だからそれはそれはショックだったけれど、まだ3歳だった父を育てていくには、男手一つでは難しかった為、子育ての為にお見合いをして再婚をした。
相手の方も夫の死別による再婚だった。
それでも、最初の奥さんの事が忘れられないのと、出産で奥さんを亡くした為、もう子供は望まないという思いが、子供がほしいと願う2番目の奥さんの思いとすれ違い、2番目の奥さんの気持ちはどんどん沈んでいき、父が高校に上がった頃に、薬の飲み過ぎで死んでしまったという。
遺書もなかったし、薬の飲み間違えだとして事故死になっているが、どう考えても自殺だろうという噂だったそうだ。
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そして、我が子が欲しいのに、自分の子ではない子供を、しかも自分の夫が忘れられない女性の子供を育てなければならないという複雑な心境の母の元、父はとても苦労しただろうと話してくれた。
「芳彦が時々押入れにこもって泣いているのは知っていたけど、何もしてやれんかったって、吉次郎さんはよく言っていたよ」
芳彦ちゃんは大人しくて良い子で、自分の事を何も話さない子だったと、父の子供の頃の印象を話してくれた。
無口な印象しかない祖父と父の、その心に受けた傷を想った。
いつからか自分の気持ちを語らなくなった祖父と父は、無駄な言葉を発しないことで、自らを守ってきたのかもしれない。
そんな不運な結婚を2度もしたのにも関わらず、祖父が3度目の結婚に踏み切ったのは、年老いた時に、何もしてやれなかった息子の世話にはなりたくないという思いがあったからだそうだ。
そして3度目の相手を選ぶ上で、1番こだわったのが、心身共に健康な事、だったという。
たとえそれが、強い宗教心の支えがあったものだとしても、それで心と身体が強くいられるのであればそれで良いと思ったと言っていたそうだ。
「年とってだいぶ縮んだけど、初めて会った時は、縦にも横にも大きくて、関取みたいな女性だったよ」
私は祖母のことを特別に大きいと感じたことはなかったけど、若い時はその身体の大きさで、出身である小さな村の中では「ウドの大木」と呼ばれて、嫁のもらい手がなかったこと、そしてそのことが宗教にハマる原因だったそうだ。
「吉次郎さんは、『信じられるもんを持ってる人間は強い』そう言って藤代さんを選んだって言っていたよ」
だから自分は信心していなくても、祖母の信心は受け入れて見守っていた。
それでも、その後自ら入信したのは、どんどん狂信的になっていく祖母が、祖父が父に譲った自宅以外の貸家にしている土地家屋を、祖父に無断でその宗教団体に寄付をしてしまったからだそうだ。
それでも祖父は、何もしてやれなかった息子に遺してやる筈の土地を、無断で寄付してしまった事を、責めなかったという。
自分の老後の世話の為に結婚してしまった相手への、配慮の足りなさを恥じたからだと話していたそうだ。
その後、祖母があまりのめり込み過ぎないよう見守る為に、自分も入信したのだという事だった。
そして同じ団体に属することで行動を共にするようになって、共通の話題も増えて、夫婦仲が良くなり、祖母もそこまで狂信的ではなくなっていったのだと話してくれた。
私が祖父母の元へ預けられたのは、そんな風に色々が落ち着いた後の事だった。
第19話に続く。