見出し画像

アスリートと生理100人プロジェクト VOL.8 :アスリートの生理を「食事」から支えていく監督・マネージャーの関わり方

「ジェンダーのアタリマエを超えていく」をビジョンに掲げる株式会社Reboltが企画する「アスリートと生理100人プロジェクト」。日々挑戦し続けるアスリートは、生理とどのように向き合ってきたのか。そのリアルな声を、生理で悩む人たちへの解決策・周囲がサポートするきっかけへと繋げることを目的としています。

第8回目となるアスリートと生理100人プロジェクト、9.10人目のゲストはパナソニック女子陸上部監督の安養寺 俊隆さんとマネージャー兼管理栄養士の堤彩乃さんです。今回はアスリートを支える側のお二人を招きして、トップレベルの長距離選手を指導している監督とマネージャーの立場からお話をお聞きします。

安養寺プロフ写真

【安養寺俊隆(あんようじ としたか)】
1965年鳥取県出身
京都産業大学卒、順天堂大大学院修士課程修了
高校時代から陸上をはじめる。大学を卒業とともに一旦競技に終止符を打ったが、25歳から再び実業団選手として復帰。3000m障害を中心に活躍をし、日本選手権5位、国体4位。
2012年~2015資生堂ランニングクラブ監督。2016年にパナソニックエンジェルス監督に就任し、「食べて勝つ!」をモットーにクイーンズ駅伝において2年連続日本一に導いた。

堤彩乃プロフィール写真

【堤彩乃(つつみあやの)】
1987年東京都出身
昭和女子大学卒業後、管理栄養士を取得。
中学・高校では陸上、大学ではトライアスロンに励む。
給食委託会社に勤めた後、情報処理や論文作成アシスタント、調理業務など
フリーランスに活動。
石川三知さんの下、スポーツ栄養を学び、2012年からマネージャー兼管理栄養士として現職に就任。


「食べて勝つ」に込めた想い

スタッフと選手

ー今回のインタビューにあたりパナソニック女子陸上部さんのHPを拝見したのですが、「食事」がキーワードであると感じました。食事には力を入れて取り組まれているのでしょうか

安養寺監督:私の指導方針のひとつに「食べて勝つ」があるのですが、健全な食事が健全な身体と心を作ると考えており、食事にはとても力を入れています。

ーやはり、力を入れているのですね。チームの食事体制に関しては堤さんが管理されているのでしょうか

堤さん:はい、私がマネージャーと兼業しながら寮にいる管理栄養士さんと2人で食事の管理をしています。選手の状況を共有しながら寮の献立を考えてもらっています。

ー選手の皆さんは、寮生活をされているのですか

堤さん:基本的には寮で過ごし、合宿に行くこともあります。

ーそうなると、朝昼晩、チームで食事をとっているのですね。合宿中でも食事管理は意識されていますか

堤さん:合宿中はホテルの方に任せていますが、旬の物や地の物を使ったりバランス良く出してもらったりするようにお願いしています。

安養寺監督:コロナ禍で今年度は行けませんでしたが、パナソニックは海外高地トレーニングを取り入れています。アメリカのアルバカーキが拠点なのですが、少人数の合宿はスタッフの帯同が少ないこともあり、私もシェフとなって堤マネージャーや調理師さんと一緒に食事を作ります。

ー監督自らですか…!?

安養寺料理(夕食)

(安養寺監督が調理した実際の夕食)

はい。そのときに必要な栄養素を摂れるメニューを考えるのはもちろんですが、トレーニングで疲れている選手達が喜ぶように、まず目で美味しく、そして食べても美味しい料理を作るよう心掛けています。


パナソニックの食事で”生理がきた”

寮の食事風景

ー長距離選手はエネルギー不足による生理不順が起こりやすいと聞いています。食事体制を整えることで選手のコンディションにはどのような影響があるのでしょうか

安養寺監督:練習中に選手の体の中では血液や筋肉などの組織の破壊が起きていて、練習後は壊れた赤血球や筋肉を修復するために栄養を取り入れる必要があります。

練習後30分以内に食事ができると効率よく栄養が取り込めると言われているので、食事に力を入れることで選手のコンディションを整えています。

ー選手の一日あたりの消費カロリーはどれくらいになるのでしょう

堤さん:5000mなどのトラック練習なのか、マラソンに向けての練習をした日なのか、シーズン中やオフなのかによって日々の消費カロリーは大きく異なります。選手の平均値になってしまいますが、必要エネルギー量を2500kcalとして寮では献立をつくっています。そこを基準に増やしたり減らしたりしていますね。

ー栄養士さんの立場から選手に携わる中で、食事によるコンディションの変化は目で見て分かることがありますか

堤さん:変化としては、パナソニックにきてしっかり食事をしたら生理が来るようになったと言う選手もなかにはいます。

ーそれはプラスな変化ですね。個人で食事をとっている選手の中では、消費しているエネルギー量と摂取しているカロリー量が噛み合ってない選手は多いのでしょうか

堤さん:そうですね、必要量よりも摂取量が少ない、足りてないなと思うことは多いです。


怪我をしない、貧血にならない、風邪をひかない為に

練習風景

ー怪我や貧血と食事の関係はあるのでしょうか

安養寺監督:長距離選手は貧血になりやすいと言われます。理由としては、走る運動を繰り返すことで継続的、持続的に足底に衝撃を与え、足底の毛細血管を流れている赤血球が壊れて溶結性貧血になりやすくなるためです。

ほかにも「痩せないと」と食事を制限しすぎると鉄不足や鉄吸収の低下を引き起こしやすくなりますね。発汗することでも鉄分が奪われますし、それこそ生理による出血で女性は男性よりも鉄欠乏性貧血になりやすいです。貧血予防のためにも食事はとても大事で、堤マネージャーのお仕事でもあります。

ーなるほど

堤さん:鉄は吸収率が低い栄養素なので、レバーやあさりなど、鉄分を多く含む食品を十分に取ることが大切です。あとは魚、肉、大豆製品などのたんぱく質を十分に取ること。ほかには吸収率を良くするビタミンCの多い野菜、果物などと一緒に取って吸収を促進させるなど、基本を大切にしています。

ーお話を伺う中で、安養寺監督自身が女性アスリートの身体の作りに詳しいなと印象を受けたのですが、実際に勉強されたのですか

安養寺監督:スポーツ科学や栄養学は、40歳のときに順天堂大学の大学院でスポーツ健康科学として学びました。あとは、大学卒業後に一般の営業職として化粧品会社に勤めていたのですが、担当していた25店舗すべてスタッフが女性という環境でした。そこで生理痛や膀胱炎など女性ならではの職業病に接する機会が多くて。今も女子選手たちを指導しているのでより深く少しでも理解できるようにしています。


ーパナソニックの女子陸上部では、これまでに生理による身体的・心理的悩みを抱える選手はいましたか

試合写真

安養寺監督:試合が近づいてくると身体が絞れてくるので、体重や体脂肪率が下がるタイミングで生理が止まることはあります。

生理が止まる期間が3ヶ月以上と長く、続発性無月経や運動性無月経と言われるものが続くと、骨への影響も出てきます。故障のリスクが高くなるだけでなく、骨密度が低い選手は骨の怪我をすると治りにくい傾向にありますね。

ー骨に影響が出ることでさまざまなリスクに繋がるのですね

堤さん:練習量の増加やオリンピック・世界陸上などの大きい目標に向かう中でのストレスの影響もあると思います。しかし、中学・高校のときから無月経や生理不順があった選手も多くいます。そうすると、もともと骨密度が低い可能性があります。

そのほかにも「生理=太る」と認識していて生理が来ることが嫌だったと言う選手もいますね。体型に影響が出るかもしれませんが、それ以上に女性ホルモンは骨の新陳代謝に関係しているので、成長期の大切な時期の生理をないがしろにしないで相談して欲しいなと思います。

ー女子選手は男子選手と比べて選手生命が短いとも言われている中で、選手がより長くより良い状態で競技に打ち込んでいくために、特に意識されていることはありますか

安養寺監督:選手生命が長い短いと言われるのはひとつの社会の仕組みが関係しているかもしれませんが、監督指導者としては選手がどのような目標と夢を持って走っているのか、その目標に到達できるように導いていくのが役目だと思っています。

当たり前のことですが「怪我をしない、貧血にならない、風邪をひかない」を継続していくことがより長く、より良い状態で競技に打ち込める基本かと。その源はやはり食事で、「食べて勝つ!」に尽きると思っています。

ーやはり基本を大切にされているのですね

堤さん:中学・高校生の成長期の大切な時期に、体重・体脂肪ばかりを気にして、食事の偏りがあったり、糖質抜きなどの制限をしている子がまだ多くいるようです。それではケガをしやすい身体になってしまうので、しっかり栄養をとって怪我のしにくい身体を作らなければいけないと思います。自分が食べた物で自分が作られることを理解し、美味しく楽しく食べて充実した長い競技生活を送って欲しいなと。


チームでのサポート体制や選手との関わり方

安養寺と選手㈪

ー実際に生理が止まってしまう選手が出た場合のサポート体制はどのようなものなのでしょうか

堤さん:チームのサポートとしては、医療機関や大学の研究室と連携を取っています。生理の悩みがある場合や続発性無月経が3か月以上続いた場合には、いつも通っているスポーツ婦人科の先生に診察していただくようにしています。

あとはチームで大検診を年に1回行っており、血液状態や身体の状態を調べたり、DXA法で骨密度を調べたりしています。


ーチームによってはトラッキングアプリを使いながら体調管理をしているという事例もあったのですが使用していますか

安養寺監督:トラッキングアプリは今のところ使用していません。スマホ時代に逆行しているかもしれませんが、パナソニックでは日誌を取り入れています。文字を書く事で選手が自分と向き合うことができると思いますし、男性スタッフとのコミュニケーションツールのひとつにもなると思います。なので、自前の体調チェックシートを活用して体調管理をしています。

具体的には起床時の体温、脈拍数、排尿後の体重、体脂肪率、月経周期や食欲の有無、排便の状態などを記入してもらっており、そこから選手の体調や故障の状態、生理が来ているかなどを確認しています。

ーちなみに、日誌を見るタイミングは固定していますか

安養寺監督:朝練習の前に軽く見ることもありますが、じっくり見たいので朝練習のあとに確認して、なるべく一言コメントまで書くようにしています。「ちゃんと見ているんだよ」と意味も込めて。

ー監督にしっかり見てもらえるのは、選手からすると嬉しいのではないでしょうか

安養寺監督:そうなのですかね。「そろそろ生理きてもいいんだけどな〜」などと書いてある日誌を見ながら「3か月過ぎたし試合が終わったらスポーツ婦人科の先生のところに行ったほうがいいかな〜」と考えたり...。

ただ、行け!と命令調になるのも良くないので、そこで活躍してくれるのが堤マネージャーです。

堤仕事中

堤さん:選手からもわりと「あやのさん、生理きましたー!」と言ってくれたり、「お腹痛い?」と聞くと「いや、そんなに」とか「ちょっと痛いです」とかフランクに話してくれますね。

「生理もう終わっちゃいました!」とか「経血量少なかったね」などと日々コミュニケーションをとっています。

ーなるほど。マネージャーの存在がとても大きいのですね

安養寺監督:大きいですね。男性のスタッフから率先して話すことはないし、選手の方から率先して話すこともないです。だからこそ、日誌の体調チェック表をみてこちらからさらりと話しかけたりすることはあります。

あと、少し話が逸れてしまいますが、生理痛のときにロキソニンを飲んだなど薬の管理も行っています。うっかりドーピングにならないようチームとしても「こういうときはこれを飲みましょう」と。

ー先ほどマネージャーとして選手からカジュアルに話をしてくれるとの事でしたが、栄養士の立場から選手と生理の話をすることはありますか

堤さん:食事の話から自然と生理の話になる事はあります。体重・体脂肪の増減だけでなく、アスリートは一般の人に比べると日々激しい運動をしているので、それによるストレスやエネルギー不足から女性ホルモンのバランスが乱れる事で生理不順が起きやすいなどですね。


女性アスリートのアタリマエを理解・尊重する

安養寺と選手

ー最後の質問です。Reboltは「ジェンダーの当たり前を超えていく」をビジョンに掲げています。これは女子サッカー界や女性スポーツ界にいる中で、「女の子だから」「女性だから」という「ジェンダーのアタリマエ」で選択肢が制限されることが多いと感じてきた経験から生まれたビジョンです。

安養寺監督、堤さんが陸上界や女性スポーツ界で感じた「ジェンダーのアタリマエ」があれば教えてください


堤さん:女性アスリートは出産などどうしても競技を離れなければならないときがあります。復帰に時間がかかったり、復帰を諦めてしまったりと女性の負担が大きいのがアタリマエになっていると感じることはあります。

だんだんと良くなってきていると思うのですがまだまだ負担は大きいのかなと。陸上はママさんランナーとかもいらっしゃるので一概には言えないですが...。

ーありがとうございます。安養寺監督はいかがでしょうか

安養寺監督:私は35歳まで現役で、20代の頃は暴飲暴食をしても練習さえすれば太ることはなかったので食事に対してストレスが全くありませんでした。

しかし女性は基本的に約1か月ごとに生理があり、浮腫みやすかったり太りやすかったり、食事内容を考えたり、情緒不安定に陥ったり...。体の機能や感覚について、男性には分からないことが多くあります。

知識で分かっていても経験することはないから分からない。その中で女性特有の体調や反応はアタリマエのことと理解・尊重して女子選手と向き合うことが男性指導者の永遠のテーマであり、アタリマエだと思います。


----------編集後記----------

お二方のお話からは、食べて勝つこと、基本を忘れないこと、そして何より食を楽しむことを大切にしていることが伝わりました。

また、間違った食事指導や個人での食事制限が多い中、本当の意味での選手ファーストを心がけている印象を受けました。

「食べて勝つ」を掲げ、常勝軍団として常に走り続けるパナソニック女子陸上部。

陸上選手を始め、他競技のチームにとっても選手ファーストのモデルとして、注目してほしいチームです。

(編集:仮谷真歩)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?