【R36:STORY】ライブペインティングパフォーマー・近藤康平
茨城県取手市在住の絵描きであり、ライブペインティングパフォーマーとして知られる近藤康平(こんどう・こうへい)。29歳の時に絵を描き始めた彼は、ミュージシャンとのコラボレーションや服飾ブランドへの提供、書籍装丁など、様々なジャンルで活躍している。彼のルーツと、今後の展望に迫った。
ごく普通の子どもが、絵描きとして生きる道を選ぶまで
近藤康平は、幼いころから画家を志していたわけではない。
「学校で美術の授業を受けて、『絵を描くのは楽しいな』と思う日があれば、まったく集中できない日もある、ごく普通の子どもでした。家でずっと絵を描いていたとか、美術学校に通いたかったとか、通っていたとか、そういうことはありません」
学生時代は体を動かすことが好きで、サッカー部に所属していた。
読書をすることも好きだった。
「小さなころは、毎日寝る前に、母が絵本を読んでくれました。父も読書家で、編集者として働いていた時期があります。その影響もあって『将来は物書きになれたらいいな』と考えたりしていました」
鳥取大学へ進学したのは、高校生時代に、乾燥地研究センターにまつわる本を読んだことがきっかけだった。
「最初は、砂漠の緑化の研究に興味を持っていました。でも入学した後、先生が『砂漠の緑化は魅力的だけど、雨が少ないところに頑張って生やす作業だ。目の前の森を見なさい、あれは勝手に生えてくる。この森が大切にされない方が私は問題だと思う』とお話してくださって、感動しました。その先生の下で学びたくて、専攻を変えたんです」
森林学を究めるべく大学院まで進み、鳥取大学農学研修士課程を卒業。
「一生懸命に論文だけを書いていたので、卒業した時点で、就職先が決まっていませんでした。とりあえず『東京を散歩したら何か見つかるかも』と、歩き回っていたところ、クレヨンハウスという店を見つけました」
絵本だけを扱う専門店の存在を知り、衝撃を受けた。
「家に帰って新聞を見たら、その店の求人広告が載っていました。『これは』と思って応募したら採用していただけて、書店員として働くことになりました」
一般的に、人は、あらかじめ買うものを決めてから店に足を運ぶ。しかしクレヨンハウスへ絵本を買いに来る人々は、「孫へのプレゼントを探したい」などの目的を持っていても、「どの本を買うか」までは決めていない場合が多かった。書店員である自分との会話によって、顧客の買い物が成立していくことに、近藤はやりがいを覚えた。
「接客業の面白さと、人とコミュニケーションをとることの楽しさを知りました。今の自分の活動にも通じる部分がありますね」
そんな彼が絵を描き始めたのは、29歳のころだ。
「後輩が、勝手に、僕をmixiに登録したんです。『日記でも書いてください』と言われたんですが、文章を書くのは面倒だし、恥ずかしかったので、絵を描くことにしました」
絵の心得はなかったが、画材屋に行って心惹かれた絵の具などを買って帰り、使ってみるということを繰り返した。
実際に絵を投稿すると、想定外の反応があった。
「会ったこともない人が、『好きな感じです』ってコメントを残してくれたりするんです。ギャラリーの人が『うちで展示しませんか』と声をかけてくださって、実際に展示をしたこともあります。そういうやりとりが楽しくて、投稿を続けました」
ミュージシャンからメッセージが届くこともあった。
「僕はもともと音楽を聴くことが大好きです。色んなミュージシャンが僕の作品を見てくれて、『フライヤーに使っていいですか』とか、仕事の依頼に繋がっていったのは嬉しかったですね」
絵の仕事が増えていく一方で、生活にも変化があった。
「ご縁があって転職して、とある出版社で編集者になりました。でも、あんまり向いていなかったです。僕は、先々の予定を決めたり、細かく数字を詰めていく作業が得意ではありません。作家さんと会って、一緒に絵本を作っていくのは楽しかったんですが」
気づけば、編集者の仕事と絵の仕事を両立させることが難しくなっていた。
「忙しくなって、どちらかを選ぶしかなくなったタイミングで、絵を描いて生きていくことを決めました」
出会いに導かれて、活動の輪を広げる
近藤がライブペインティングパフォーマンスを始めたのは、音楽好きが高じた結果だ。
「昔から音楽が大好きで、あちこちのライブハウスに足を運んでいました。絵を描くようになって、よりたくさんのミュージシャンと仲良くなって、フライヤーの制作を請け負ったりしているうちに、『ライブペインティングという形で関わってほしい』と言ってくれる人が現れたんです」
それは当時、下北沢を中心に活躍していたロックバンド・トレモロイドのベーシスト、高垣空斗氏だった。高垣氏が企画したライブで、トレモロイドのボーカルを務めていた小林陽介氏の歌に合わせてパフォーマンスをすることが決まった。
「打ち合わせの時、陽介君が言ってくれたんです。『僕が今まで見てきたライブペインティングは、ミュージシャンと画家の距離が離れていて、音楽とは関係ないスピードで絵を描くのがほとんどだった。ああいうのはあんまり好きじゃない。近藤君にもステージに上がってもらって、絵と音楽が相互作用するような形でないと、一緒にやる意味がないよ』と。その言葉をきっかけに、僕も『音楽に合わせて絵が生まれるようにしたいし、僕の絵が音楽に影響を与えられたらいいな』と考えるようになりました。一回目の相手が陽介君でよかったと、心から思っています」
2009年4月5日、下北沢Lagunaで開催された『タカガキソラト(トレモロイド)presents<thanks for today!! -vol.0->■小林陽介(トレモロイド)×近藤康平』は、成功を収めた。
「あのころは、大きいキャンバスを用意して、40分間のステージに合わせて一枚の絵を仕上げていました」
近藤が即興で描く絵は、音楽に寄り添って、ドラマや映画のように変化する。イントロに合わせてキャンバスに色を散らし、一番の歌詞に合わせて『雨の中で一人立ち尽くす人物』を描いたあと、二番の歌詞に合わせて『傘を差し掛ける誰か』を登場させる。座っていた人物が立ち上がったかと思えば、砂漠を旅してオアシスに立ち寄り、街へ辿り着くこともある。
「活動を続けるうちに、よりスピーディに歌詞に反応したくなって、一曲で一枚描いたり、キャンバスのサイズを小さくして、手元で描く様子をプロジェクターで投影したりすることも増えました。場数を踏みながら、自分のスタイルを確立してきました」
16年ごろには、年間150本ほどライブペインティングを行なった。
「ほぼ毎週末、東京はもちろん日本全国でライブしていました。特に、樽木栄一郎くんにはあちこち連れて行ってもらいましたね。『音楽を鳴らす場所』となるとライブハウスやコンサートホールを思い浮かべがちですが、彼はカフェでも、美容室でも、靴屋さんでも、どこへでも歌いに行くんです」
広島県出身の音楽家である樽木氏は、芸術性豊かなギター弾き語りとドラム演奏で知られ、近年はラジオ番組のテーマ曲や企業CMの楽曲なども手掛けている。
「最初に樽木君とツアーに出た時は、ふたりともまだ駆け出して、お金もないし、泊まるところもありませんでした。京都でライブして、友人の家に泊めてもらおうと思ったら当てが外れて、途方にくれた日があります。二人で『どうしよう』と言いながら、大きな荷物を抱えて二条から京都駅まで歩いて、公園でビールを飲んで休憩しつつ、始発の電車が動くまで語り合いました。遅れてきた青春でしたね。あのころ交わした会話とか、眺めた星空とか、出会った人たちとか、すべて絵に生かされている気がします」
彼の作品発表の場は、ライブペインティングだけではない。
「2009年に、代田橋のカフェ・CHUBBYで、初めて自分なりに納得いく形での個展を開催することができました。この会場では、コロナ禍で中止せざるをえなかった年を除いて、毎年のように個展をさせていただいています」
さらに11年、ラフォーレ原宿で個展『flower』を開催して以降、新宿伊勢丹や渋谷PARCOなどの商業施設でも個展を行っている。
「個展のために、毎年100点以上、新作を用意しています。自分の生活の中心ですね。ライブをやる月はライブ、個展に向けて集中する月は集中、とメリハリをつけています」
ファッションブランド『ACID GALLERY』への図案提供や、『柴咲コウ Ko Shibasaki Live Tour 2015 "こううたう"』のLive映像用絵素材の提供、コニカミノルタスカイツリープラネタリム『天空』のプログラム絵の提供など、企業やミュージシャンからの依頼も増えた。
「細かく注文をいただく時もあれば、『自由に描いて』と任されることもあります。様々な制約のなかで、どれだけ自分らしさを出せるか。先方の指定から逸脱しない範囲で遊び心を加えて、はみ出していく。自分の作品の制作とは違う面白さがありますね」
18年には、ももいろクローバーZテレ朝動画番組『Musee_du_ももクロ』でライブペインティングと対談を行った。その後も日本テレビやTBS、文化放送などの番組へ出演を重ねている。
「メディアに出るのは、やっぱり緊張しますね。これも色んな人と出会って、声をかけてもらえるようになったおかげです。ありがたいです」
近年は、海外にも活躍の場を広げている。
「2015年から、台湾で個展とツアーを行っています。19年9月にはアメリカのニューヨークで、23年2月にはタイのバンコクでもライブペインティングをしました。旅をすることも、色んな景色を見ることも好きなので、すごく幸せです」
20年春から始まったコロナ禍では、ライブイベントが大きく減った一方で、配信を活用したコラボレーションが増えた。
「配信にはメリットとデメリットがあります。でも、それまで僕のライブに来られなかった人たちにも知ってもらえたのは間違いないです。ミュージシャンの方々も、同じような配信を続けていると、画面がもたなくなってしまいます。僕のライブペインティングが、配信を盛り立てるエンターテインメントの一つになれたなら、よかったと思います」
20年11月30日には、画集 『ここは知らないけれど、 知っている場所』を発売。
「以前から、編集者の方が『画集を出しましょう』と言ってくれていたんですが、僕が忙しくて、手を付けられずにいました。災い転じて福となすと言いますか、コロナ禍のおかげで、画集を制作する時間ができました」。
目の前の物事と向き合いながら、まだ見ぬ明日を楽しむ
現在は多い月で10本、少ない時は月1、2本ほどライブを行なっている。ライブや個展の予定は、X(旧Twitter)、Instagram、HPなどで公開中だ。
今後やりたいことはありますか?と聞いてみた。
「最近、教育現場で絵を描く仕事が増えてきました。子どもたちと一緒に何かを作り上げるということに、やりがいを感じています。大好きな音楽を聴いたりしながら、『自由』や『楽しみ』を優先した絵の描き方を広めていきたいです」
空間全体を活用したアートにも興味を持っている。
「2022年に、Tokyo Guesthouse Ojiさんのサウナの室内壁画を描かせていただきました。あんな風に、環境に合わせた絵を、もっと描いてみたいですね。ホテルの内装とか、大きな空間全体で絵の中に入っていくみたいな体験を作り上げられたらなぁ」
さらに「いつかは絵本を描きたい」とも語ってくれた。
「僕は、『絵本』って本当にかっこいいものだと思っています。大好きすぎて、自分が作るとなるとハードルが高いんです。それに今の僕の絵は、1枚で完成してしまっています。絵本はページをめくって成立するものですから、根本的な絵の描き方や考え方を変えないといけません。大変なことですが、いつかは挑戦してみたいですね」
5年後、10年後はどんな自分になっていたいですか?と尋ねると、彼は首を傾げた。
「昔から、あんまり『目標を立てる』ということがありません。人によると思いますが、僕は自分にプレッシャーかけて、目標に向けてガンガン進んでいくっていうのは苦手なんです。ただ毎日を送ることだけを考えていたい。実際そうして生きてきたなかで、人との出会いや生活環境の変化があって、今のような活動スタイルになりました。これからも同じように、僕の力が及ばない物事も受け入れながら、目の前の日々を楽しんでいきたいです」
近藤は朗らかに笑った。
「10年前の僕に、今の僕は想像できませんでした。それどころか、子どものころは『画家になりたい』と考えたことさえなかったんです。大人になって、サラリーマンをやって、『編集者か画家か選ばなきゃ』って状況になってはじめて、この道が視野に入りました。もっとも、かつて物書きに憧れていたことを思えば、ジャンルは違うけれども『表現者』という意味で、なりたい自分になれたのかもしれません」
彼自身の人生経験から語られる言葉には、重みがあった。
REASNOTでは、絵や音楽など「芸術の道で生きていきたい」と志す若者を多く取材している。「彼らにアドバイスいただけませんか?」とお願いしてみた。
「あくまで僕に関して言えば、人との出会いがきっかけで、新しい道が開かれてきました。出会った人の数が幸運の量に繋がって、人生を左右すると思います。なるべく仕事のことは考えず、フランクに、一生懸命に目の前の人と向き合って、一人でも友人が増えたらいいんじゃないかな」
とはいえ、「他人とコミュニケーションをとるのは苦手だ」という人が、一人で自分の世界に潜っていくことで幸運を掴む場合もある。人の夢も成功も幸せも、そこに至るまでの方法も、十人十色だろう。
「僕は、絵というものを、『見た人が完成させるもの』だと考えています。見る人それぞれの経験とか、その時置かれている状況や感情が、その絵を定義づけてくれる。だから僕の絵も、見てくれた人ひとりひとりに完成させてほしいんです。それが絵を豊かにするし、僕も『この絵にはこんな可能性があったんだ』と知れる喜びがあります」
彼と彼の絵は、これからどんな人と出会い、どんな未来を紡いでいくのだろうか。
文:紅葉
INFORMATION
◎ライブドローイング
2024.07.05(金) open 18:30 / start 19:00
近藤康平個展「サイカイin岡山オープニングイベント」
[会場] 岡山 城下公会堂(岡山県岡山市北区天神町10-16 城下ビル1F)
[料金] 前売¥4,000 / 当日¥4,500 (+1drink)
[演奏] 波多野裕文(People In The Box)
[ライブドローイング] 近藤康平
2024.07.15(月祝) open 16:15 / start 17:00 -18:30 END
" 月に吠える "
[会場] 上野 YUKUIDO工房(東京都台東区東上野4-13-9 ROUTE89 BLDG. 1F)
[料金] 前売¥4,500 / 当日¥5,000 (+1drink)
[演奏] 猪狩翔一(tacica)
[ライブドローイング] 近藤康平
◎個展情報
近藤康平個展「サイカイin岡山」
[会場] 岡山 城下公会堂(岡山県岡山市北区天神町10-16 城下ビル1F)
[期間] 2024.07.05(金)~2024.07.21(日) 11~18時 ※火曜定休
[詳細] http://shiroshita.cafe/
※イベント等により、定休日以外もお休みになる場合があります。ご来場の際は、事前にお店のHPをご確認くださいませ。最新情報は、随時お店HPにてアップされていきます。