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表舞台から消えてしまった人気者と、そのファンの話(ショートストーリー)


Twitterのタイムラインに流れてくる「診断メーカー」(面白いお題を自由に作成できるソーシャルサービス)。誰かが作成してくれた“診断”について、自分のアカウント名などの名前を入力すれば、診断結果が出てくる手軽さが人気。
気に入った結果をツイートすれば、仲間内で盛り上がりますね。

最近私のタイムラインに流れてきた“診断”が「こんなお話いかがですか」。
名前を入力すると、「お話」の始まりと結末がランダムで出てくるというもの。
これを使って出てきた、始まりと結末の文章を使ってショートストーリーを書きました。
表舞台から消えてしまった人気者と、そのファンの話。


拝啓、愛しい人。どうしていますか。
あなたがいなくなってから、私の世界は灯りが消えたかのように薄暗くなっています。
なにを大げさなことを、と思うかもしれませんね。でも、この短い間に、あなたはたくさんの人に希望という灯りをともしてくれました。
偏見にまみれ、ネガティブな言葉が横行する世界にフラっと降りたち、邪気のない笑顔で、しなやかな体で、溢れんばかりの愛情をもって、心のままに生きることの大切さを教えてくれたあなた。その姿はまた、私の心を明るく照らす道しるべとなってくれていたのだと実感しています。

あなたを知る人が、いい得て妙なことを言っていました。「彼には“私が何かしてあげなきゃ”、って思わせる魅力がある」と。
その言葉の通り、あなたの存在は多くの人の心をつかんだ。もって生まれた美しさとたおやかな仕草、どんなときでも凛とした品格でみんなを虜にして、あっという間に人気者になりましたね。

私は以前から気になることが1つありました。それは、あなたがお酒に酔うと刹那的な笑いかたをすること。まるで全てがどうでもいいような、哀しくなるような高い音を立てて笑うのです。私はそれを聞くたびに心の奥がきゅっと痛みました。

どうしてそんな笑いかたをするの?
あなたを愛している人はたくさんいるのに。

私は色々な想像をしました。
もしかしたら、みんなからの愛情に応えようとしてそれが出来ず、疲れはてているのではないか。だって“愛情”とひとくちに言っても、その中身は千差万別。愛情転じて憎悪となりうる場合だってなきにしもあらずです。
たくさんの人から色々な種類の愛を受け、どうしたらいいのか途方にくれているのではないか。
あるいは、あなたを嫉妬する人が発するねじ曲がった言葉に傷つき、心を痛めているのではないか。
それとも…。

あなたの心の内は、恐らく誰にも分からない。
でも、このままでいると、私の道しるべとなっているあなた自身が道に迷ってしまいそうな気がして、私は不安でした。
どうしたらいいんだろう。

私は勝手に心配して、でもそれを解消する手立ても思いつかなかった。
だから、あなたの笑顔を見て安心に変えていました。そう、それは私の勘違い。あなたはいつも穏やかで、明るく冗談を言って笑わせてくれる人なのだと。

けれど。
残念ながら私の悪い予感は当たり、あなたは表舞台から消えてしまった。今は人目につかない場所で、傷ついた羽をたたみ休んでいる。
心が癒えるまでゆっくりしてほしい。そう願っています。

とにかくあなたのいない今、私の世界は太陽を失った夜になってしまった。薄闇のなかで私はひっそりと息を殺して佇み、思うのです。私は一体、これからどこに進めばいいの?

いえ、言われなくても分かっている。私はあなたにたくさんのことを教えてもらいました。救われたこともたくさんあります。
今度は私が誰かに教える番なのでしょうね。あなたのように、愛と勇気をもって。

愛しい人。どうか、どうかあなたのこれからの生活が穏やかでありますように。   

                  敬具


投函するあてのない手紙を書き終えてため息をつく。いつもそうだ。失ってから気づき、苦しむのが私の悪い癖。

あの人を思いながら手紙を書く内に、何故か自分の過去の思い出が次々とよみがえってきた。言わなくてもいい言葉を放ち、大好きな人を傷つけてしまったこと。やるべきことから目をそらして逃げ出し、大切な人をかなしませたこと。その罪悪感に苛まれ、心のバランスを崩し「死んだら楽になれるかな」と思っていたこと。
私にとって苦い記憶しかない、消したくても消せない思い出たち。
そして、ファンとしてあの人を守ってあげられなかったことが、また悲しい思い出になり、降り積もっていく。
本当にごめんなさい。たくさんのものをもらっておきながら何もできなくて。本当に本当にごめんね
私は悲しみで埋もれた灰色の世界で、もがき続ける。
たくさんの悔恨が心から離れない。私は私を赦せない。だから、また痛みがやってくる。その痛みはきっと、私が昔、人に向けた刃。そして、あの人気者が身体中に受けた刃。刃がいつか思い出に変わっても、その鋭さは変わらない。そんな思い出が今でも心臓を刺すのだ。

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