世界の美しい瞬間 6
6 サプライズプレゼント
少しだけ残業をした。
既に外は暗く、それでも木の形の方がもっと暗く見える陰影を、空に描いていた。
ふと見上げると、きれいな形をした三日月が浮かんでいた。
ちょっとだけ、自転車で遠回りしたくなった。
わたしは今は某大学の事務をしている。
そんなわけで、広々としたキャンパス内を自転車を走らせるのは気持ちいい。
思い思いに過ごす学生や大学関係者らしき人たちを見るのも好きだ。
と、正門に近付くと、どこからか篠笛(日本の横笛)の音が聞こえた来た。
なんだろう、と音の発信源を探す。
三日月の夜空の下、うっすらと街灯に浮かび上がる松の木の下で、Tシャツを着た学生さんらしき男性が、楽譜を覗き込みながら、篠笛の練習をしていた。
とてもとても、抜けるような、美しい音だった。
三日月に松、少し涼しくなった秋の清々しい夜の空気を彩る、とてもすてきな一節だった。
正門を出ても、しばらくその音は後を追っかけて来てくれた。
三日月と篠笛が、意図せず、きょうもよくがんばったね、となんだかご褒美をくれたみたいだった。
そして、ああ、わたしはここに来て良かったなぁと思ったのだ。
実は、とっても忙しい日々で、ちょっぴりくたびれていた。
傷付いた出来事をリマインドした後でもあったし、ほんの少し弱っていたのだ。
ペダルがとても軽くなった。
三日月だけは、帰宅までずっと、一緒にいてくれた。