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[連載小説] オオカミは もうそこまで来ている #2 南海トラフの足音 海辺の一家のサバイバル作戦 野菜畑は食糧庫

ばあちゃんの畑

清ばあちゃんは早起きして、まだ薄暗い中を裏の畑に出かけた。防災会議で野菜作りを任命されてから、ますますやる気になったようだ。

このあたりはみかんの産地で、野菜畑の向こうは、山に向かってみかんの段々畑が続いている。ばあちゃんの畑の隅っこにも、夏文旦( なつぶんたん) という柑橘類の樹がある。さっぱりと程よい酸味で、みずみずしく苦味がない。春先から夏の終わりまで、いつでも採って食べられるので大人気だ。

涼しい朝の畑はいい気持ちだ。とうもろこしも、みっしり実が入っているし、西瓜は大きくなって重そうだ。これはじいちゃんに運んでもらおう。ゴーヤもはち切れそうに太っている。息子の健治は、ビールにゴーヤがあるだけで喜んでくれる。

ばあちゃんは畑を見回って、食べごろのきゅうりやトマトを収穫した。最後にホースのじゃ口を全開にして勢いよく水やりすると、よく茂ったシソの葉が、さわさわとゆれる。

やがて、畑の向こうの木立ちでは、にぎやかなセミの合唱が始まった。(きょうも暑くなりそうだな) セミの声に送られて 畑から引き上げて来ると

「ばあちゃん おる〜?」
元気な声がして、近くに住む孫の夏美が顔をのぞかせた。

備蓄品の仕分け

「おはよう なっちゃん早いねぇ」
「涼しいうちにと思って… じいちゃんは?」
「夜中から釣りに出かけたよ」

「ああ 鮎の季節か〜」と なっちゃんは笑って
「注文しといた荷物 来てる?」
「向こうの四畳半に、いっぱい置いとるよ」

「じゃあ がんばって片付けるね」
なっちゃんは、台所で水を一杯飲むと、一番端っこにあるその部屋をのぞく。

あの防災会議から1ヶ月あまりたって、なっちゃんがネットで注文した食料品が、どさっとばあちゃんの家に届いていた。

定番の ペットボトルの飲料水、レトルトごはん、レトルト惣菜、缶詰、他にも ゼリー飲料、フリーズドライのみそ汁などである。

ゼリー飲料は、自衛隊の方から「避難生活ではビタミンが不足する」と聞いて、買い込んだものだ。緊急事態のプロの、貴重なアドバイスである。

近所のスーパーからは、カップ麺、ポタージュスープ、スキムミルク、クラッカー、他に乾燥わかめ、高野豆腐、切り干し大根、食べる煮干しなどの乾物もある。おまけに、豆乳パック、ドライフルーツ、ナッツ、ちらし寿司の素 なんて物も仕入れてきた。

リストを片手に、賞味期限をチェックしながら、仕分けしているなっちゃんを眺めて (なんだかコンビニの店員さんみたいだなあ)と ばあちゃんは目を細める。

買物リストは、なっちゃんと さちこ母さん二人で作ったが、ネットで安い品を探して注文するのは、全部なっちゃんが引き受けた。今日届いてるのは、まだほんの一部だ。

お金は、じいちゃんと父さんのポケットから出たものだ。かなりの出費だが、そんな事を言っていられない。なにしろ、これは生き残りをかけた一家のサバイバルなのだ。

二人の昼ごはん

「なっちゃ〜ん お昼食べていくかい?」

食料品の仕分けに忙しい四畳半に声をかけると
「うん、食べる。もうちょっとで終わりそう」

ばあちゃんは、よっこらしょと立ち上がり、今朝採ったトマトやきゅうりを切ってサラダを作り始めた。よく冷えたトマトを一切れつまみ食いしてから、そうめんをゆでる。ひと仕事終えたなっちゃんが台所にやって来た。

「お〜 そうめんかぁ おいしそう」

そうめんの横に、夏美が持ってきたサラダチキンと、ばあちゃんの真っ赤なトマトや きゅうり ゆで卵が並ぶ。

「おばあちゃん、そうめんでも こんだけお菜があったら栄養たっぷりだね」
「そうや、夏バテなんかしてられないよ」

扇風機の風だけで汗を拭きながらお昼を食べ終えると、なっちゃんは小さなパウチ袋をテーブルの上に乗せた。

「おばあちゃん、こんなの知ってる?」

「見た事あるような…」
「これはゼリー飲料と言って、しんどい時でも寝たままチュルッと飲めるし
 ビタミンたっぷりで非常食にいいと思うの」

「へえ〜 そんな物があるんだね」
「グレープフルーツや りんご 桃の味もあるから 試してみてね。けっこうおいしいよ」

「さっそく 味見してみようかいね」
ばあちゃんは、手にとってどの味にしようかと思案している。

「じゃ また来るよ。今日も暑なるから、クーラーつけてね」
そう言って、夏美は帰って行った。

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