[連載小説] オオカミは もうそこまで来ている #10 南海トラフの足音 安全な家に住みたい
父さんのショック
「じいちゃんの家は地震で大丈夫なのか? 調べてくれないか」
健治父さんが、娘の夏美にそう頼んでから1ヶ月余りがたった。
日曜日の午後、2階から降りてきた夏実は
クリアファイルに入った資料をヒラヒラさせながら
「ちょっと、仕事の事で相談があるの。気晴らしに外に行きたいな〜」
と、片目をつぶって父さんを見た。
「じゃあ、コーヒーでも飲みに行こか」
察しのいい父さんは、奥にいる母さんにさりげなく声をかけると、自分の車になっちゃんを乗せた。
行きつけのお店に入ると、ショーウィンドウからケーキをひとつ選んで、奥まった席に落ち着く。
夏美は、数枚のレポートを差し出して言った。
「結論から言うと、おじいちゃんの家は安心できるレベルとは思えない。
まずは、耐震診断をした方がいい。とにかくこれを読んでみて」
黙って受け取った父さんは、運ばれてきたアイスコーヒーに目もくれず、レポートに読みふけった。
なっちゃんは、チーズケーキを食べ終えると、スマホのニュース記事で時間をつぶしている。
明るい店内のざわめきの中で、この席だけが無言だった。
夏美のレポートを読みながら、健治は愕然としていた。
今の耐震等級1レベルでは、命は守れても、住めなくなるかもしれない って!?
それじゃあ、運が悪ければ、住宅ローンだけを残して家も家財も失うというのか。
何という事だろう。
ずっと建築の仕事をしてきたのに オレは耐震基準というものを分かっていなかった。
何とかしないと… 高齢の両親が住む実家をこのままにはしておけない。
耐震改修工事をして、「耐震等級3」までレベルを上げるしか方法はない。
だが、それには相当な費用がかかる事は想像がつく。
親父にそれだけの余裕があるだろうか。
工事をするにしても、まず耐震診断をする必要がある。
1981年以前の建物なら、役場に申し込めば無料でやってくれる。
それだけ危ない建物だからだ。
だが、それより新しい建物は自己負担になる。
それだって、ちょっとやってみるかという安い金額ではない。
「耐震等級3」は希望の星ではあるけれど、それなりのお金が無ければ手のとどかない星だ。
ただ「安全な家に住みたい」という願いさえもかなわない。
健治は、深い息をついて 氷が溶けたアイスコーヒーに手を伸ばした。
ひときわ 苦い味がした。
< 作者 あとがき >
このシリーズを書き始めたきっかけは 「南海トラフ地震」への恐怖でした。
この言葉を目にするのを いつも避けていた。
それでも 備蓄は がんばっていたので
2024年夏の「南海トラフ地震 注意情報」が 出た時でも
水 食料 簡易トイレは 十分にあり、スーパーに走る事はなかった。
ですが、私が 2024/1の能登半島地震 以来、恐怖していたのは家屋の倒壊です。
それまでは、漠然とそんなに古い建物じゃないから大丈夫だろうと 思っていた。
だが、あの日以来考えが変わった。
住まいが壊れたら、備蓄などあまり意味がない。人生が変わる。
以来、住居の耐震改修工事について
情報の収集、問い合わせ、対策の検討を行なって来ました。
もはや 「南海トラフ地震」という言葉から逃げる事が出来なくて
( いっそ 記事にしよう 開き直った方が ラクになる… ) という訳で
この場をお借りする事にしたのです。
主人公とも言える 夏美は 私の 若いアバターのような存在でした。
そして、記事を書いている最中に 「南海トラフ地震 注意情報」が出ました。
( これが繰り返されると、オオカミ少年になってしまうかも… )
と思った時 この物語のタイトルを思いつきました。
オオカミは必ず来る もうそこまで来ている! というのが、私の認識です。
やがて、毎回 タイトル画像をながめているうちに
南海トラフ地震の象徴であったオオカミが
来るべき脅威に向かって、我が家を守ろうと 吠えているような気がしてきた。
最近では、この黒いオオカミを お守りとして玄関に貼っておきたい心境です。
その名は 「トラフ君!」
さて、都合により このシリーズは いったん終了させていただきます。
続きが書けるか その意味があるのか、まだわかりませんが
拙い物語にここまで お付き合い下さった皆様に、お礼申し上げます。