[連載小説] オオカミは もうそこまで来ている #6 南海トラフの足音 何が明暗を分けたのか
お昼を食べて、デザートのアイスで生き返った夏美は、最新の2000年基準でも倒壊した建物の情報を追いかけた。
繰り返しになるが
1981年 耐震基準 震度6強で 建物が倒壊する事なく命を守れる。
2000年 耐震基準 1981年の基準を強化し
震度7でも倒壊しない耐震等級1を義務づけた。
ともかく、大きな地震被害に応じて、法律が改正されてきた事は分かった。
阪神淡路の後に2000年基準ができ、震度7でも倒壊しない… はずだったのだ。
ところが、2016年には九州の熊本地震で住宅に大きな被害が出た。
現地調査によると
2000年基準の住宅の半分以上は被害がなかったが、特定の地域では、そのほとんどが倒壊した。
通り一本はさんで、被害がまったく違うという状況だった。
いったいなぜ?
その明暗を分けたものは 何か?
頭を抱えた専門家達の詳しい調査でわかったのは、特定の地域では、地盤が揺れやすく、建物が共振しやすかったという事だ。地盤の揺れ方を計測する調査によると、地盤の周期が0.5秒前後の地域である。
最近のTV番組では、こんな例えをしていた。
テーブルの上に羊羹とプリンを置いて、テーブルを揺らすと、羊羹に比べてプリンは大きく揺れる。揺れやすい軟弱地盤とはプリンのようなものだと。
そして、熊本地震では「キラーパルス」という、地震の揺れの周期が1〜2秒の短い振動が発生していた。このガタガタッと揺れる短い周期の揺れが、木造住宅に共振を起こしやすく、大きな被害を及ぼすとの事だ。
地盤が揺れやすい特定の地域が、このキラーパルスの影響をもろに受けたという事だろう。
そこで、改めてキラーパルスが発生した大きな地震は? とAI秘書に問うと
木造住宅に大きな被害が出た 阪神淡路 九州熊本 能登半島 この三つにピタリと一致するのだ。
地盤が揺れやすく建物が共振すると、2000年基準でも建物は倒壊する
九州の熊本地震で明確になった、この事実は建築業界に大きな衝撃を与えたそうだ。だが、それを認識していたのは、建物の設計分野の専門家であって、工事現場の大工さんではないだろう。
現場は、設計図に従って工事をするのが仕事だ。「大将、この図面で大丈夫なんすか?」なんて言えるはずがない。知識もないし、立場でもない。もしそんな事を言ったら、張り倒されそうな気がする。
以前に、ある現場で
「奥さん、筋交を入れといたから地震が来ても大丈夫ですよ〜」なんて、大工さんが、のどかに言うのを聞いた事もあった。
父さんも同じ事を言ってるかもな〜と、失礼な疑いも出てきたが、なんたって彼女は大工の娘だ、父さんをかばいたくもなる。
ともかく、熊本地震では運の良かった多くの住宅には大きな被害がなかったので国は動かなかった。つまり法律の改正はなかったのだ。
( 耐震基準は自然との戦いだから、限界があるのは仕方がないかもしれない)
夏美は、それなりに納得した。
だが「倒壊せず生命を守れる」という言葉の裏に潜んでいる落とし穴に、夏実はまだ気付かない。その本当の意味を知ったら、果たして納得できるのだろうか?
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