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超短編|魔女のウーバー配達員キキ

「ひまだわー」
テーブルに頬杖をつきながら、キキはため息をつきました。
とおく魔女の町からほうきで空に飛び立ち、ここ板橋区に降りたって、はやくも1ヶ月が経とうとしていました。キキは、板橋区の、石神井川の桜を誇りに思う気さくな人たちと、これと言った観光地はないけれど花火大会だけはすごい、アットホームな雰囲気と、「暮らしやすいが、叶うまち。」という区のスローガンがとても気に入っていました。
魔女という、ハロウィンでもそんな格好をする人はいない、時代錯誤な存在をやさしく受け入れてくれた、古びた町中華の腰の曲がったおばあさんにとても恩を感じていて、ここ専門のウーバー配達員をはじめたものの、ぜんぜん出前の注文が入らないのです。

「キキちゃんごめんね、うち、食べログ2.8だからねえ」
「食べログがなによ、おばあさん、あたし、ここのレバニラが大好きよ」
「それはうれしいねえ、うちの孫娘も、レバニラが大好きでねえ」
おばあさんは、26歳になる港区在住の孫娘がかわいくてしかたない。
「あ、そうだ、孫娘が、きょうパーティをするみたいだから、そこにレバニラを届けていただける?魔女のウーバー配達員さん」
キキは目を輝かせました。
「あばあさん、よろこんで、おとどけするわ!おばあさん、ありがとう」

出来たてのレバニラ炒めにラップをかけ、手に持ち、ガラガラと店を出ました。ほうきにまたがるとともに上昇し、最近お気に入りのTBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」を聴きながら、みんな大変な思いをして生きているのね、あたしも頑張らなきゃと勇気をもらいつつ、港区方面に飛んでいると、雲行きが怪しくなってきました。このところ地球温暖化で大気が不安定になってきたこともあり、案の定ゲリラ豪雨が降りはじめました。ずぶ濡れになりながらも、レバニラは黒いスカートを覆いかぶせて守り、急いで港区の高級タワーマンションに向かいました。

ピンポーン。
「はい」
「魔女のウーバー配達員です。おとどけものでーす」
「え、たのんでないけど」
「きょうパーティということで、おばあさんがレバニラをつくってくださったのよ」
「え、まじ、わたし、それ嫌いなんだけど。困るんだよなー、レバニラ、ワインに合わないし、ダサいし」
キキは、驚きました。
なんて、育ちの悪い子なんでしょう。子育てに力を入れている板橋区育ちとは到底思えません。派手な楽しみはないけれど、桜と花火をこよなく愛するやさしい板橋区民からは、想像もつかないほど痛い女がそこにいました。
「おばあさんが、愛情込めてつくってくれた、あなたの大好物のレバニラですよ」
「は?おまえ、ダルいなー。さっさと帰れよ」
キキはカチンときました。こんな勘違い港区女子にはしつけが必要です。
「てめえ、ろくに働かずパパ活してタワマン住んでる顔面崩壊女のくせに、なに偉そうなこといってんだ!ネットにさらすぞ!」
港区女子は絶句しました。
キキは、レバニラを置き配して、泣きながら板橋区に戻りました。

それからキキは、ショックで体調を壊して寝込み、仕事を休業しました。
数日経って、ひさびさにスマホを手に取ると、GPSが機能しなくなっていることに気づきました。
「どうしましょう、あたしの魔法が弱まってるんだわ」
おばあさんのところに駆け込み、
「おばあさん、あたしの魔法の力が弱まって、GPSが効かなくなっちゃった、、、どうしましょう、あたし、魔女失格だわ」
おばあさんは、
「キキちゃん、この間の雨でスマホが故障しただけだよう」
「ちがうわ、あたしの魔法が、魔法が、、」
「キキちゃん、ドコモに行けばなおるよう」
「どうしよう、どうしよう」
「キキちゃん、勘違いしてるだけだよう。ドコモに行けばいいよう」
キキは頑固なところがあり、聞く耳を持ちません。
おばあさんはあれこれ言うのをやめました。そのかわり、キキが寝込んでいる間に、こっそりドコモで修理してもらって、キキの枕もとにそっと戻しておきました。

「おばあさん、GPSがなおったの!あたし、また魔法をとりもどしたのよ」
「キキちゃん、それはよかったねえ。お祝いに、レバニラつくってあげるねえ」
「おばあさん、ありがとう!おばあさんのレバニラだーい好き」
キキは、レバニラを食べながら、やっぱりこのレバニラちょっとしょっぱいし、下処理が弱いからレバーのくさみが残ってるんだよなーと思いつつ、それは内緒にしておくことにしました。





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